鼻歌
パラパラと小雨が振り、少し肌寒い中ユリア達は林檎の木のもとに集まっていた。ポポラ先生は加護の力を発動したら直ぐに学舎に戻ろうと寒そうに縮こまる。
ユリアはぶるりと震え、黒い傘の柄をぎゅっと握った。はやく終わらせて戻ろう…ユリアは目を閉じて加護の力を使う。ポポラ先生はそれぞれの加護の力を発動させたのを確認すると、戻るぞいと急かした。
(ふむふむ…。あの子の今日の加護は少し弱かったのぉ。これは気になるのぉ…ありゃ?雲があの様子じゃと、もうそろそろ強く降りそうじゃのぉ)
ポポラ先生は小柄にも関わらず、足が速くユリア達は置いていかれそうになっていた。ユリアは必死に着いていこうとしたが、身長差の問題によりどんどん引き離されていく。パトリックとマックスはポポラ先生について行き、遠く離れてしまった。テトはというとユリアの必死な顔を見てペースを落として並んだ。
「ユリア殿、わたくし達はゆっくり行きましょうぞ!ポポラ先生はお優しいので少々遅れても気にはしないでしょう」
ユリアはテトの笑顔を見て温かくなった。テトは細めのため、笑うと完全に目が無くなるのだが、そこが可愛いなと密かに思っている。テトは傘の上で歌を奏でる雨音に合わせて、鼻歌を歌う。
「テトさん、その歌面白いですね」
ユリアはテトの歌が独特で少し吹き出してしまった。テトは得意げに凄いでしょうと胸を張った。マックスがいたら、変な歌だと言いそうだったが、中々味があって良いとユリアは思った。
「最近の実習は林檎の木の育成と石の加工に当たる座学ばかりでしたなぁ。今日も座学でしょうか?」
テトはまた採掘場に行きたいなぁと呟いた。ユリアもそうですねと強く同意する。魔物事件があって以来、ユリア達は採掘場に向かうことは出来なかった。テトは正直あの時は怖かったが、あの場で採掘を生業としている方々も同じリスクを抱えているのだが、自分達も受け入れるべきだと主張した。
「そうですよね。確かに恐ろしい体験でしたが、私たちは魔法士を目指す以上避けられないことなのかもしれません。だったら、学びを深めるためにも採掘場に行きたいですよね」
ユリアはうんうんと頷き、水溜りをひょいと飛び越えた。テトも飛び越えようとしたが、テトの方の水溜りは思ったより大きかったようで、ばしゃりと足を突っ込んでしまった。2人は顔を見合わせて、くすくすと笑い学舎に向かっていった。
「ありゃぁ。すまなかったのぉ」
ポポラ先生とパトリック、マックスは2人が遅れてきたのを見ると謝った。マックスはテトの足元がぐっしょりと濡れているのを見て、訝しげな顔をしていたがテトは気づかないフリをした。説明したらマックスから怒られると思っているようで、ユリアはクスクスと笑った。
「この2人には聞いたがのぉ、おぬしら採掘場にもう一度行く気はあるかのぉ?」
マックスとパトリックは自分たちは行きたいと説明する。ユリアとテトは顔を見合わせて、勿論行きたいですと叫んだ。マックスは煩い…と耳を塞ぎ、呆れたように2人を見た。
「おぬしら、あんな体験をしたのに中々強いのぉ。まぁ、よいよい。おぬしらが良いのなら、来月採掘場に行くからのぉ。勿論護衛も着いてくるから、ある程度の危険は回避されると思ってよいのじゃぞ」
ポポラ先生はそういうと図鑑を背中に背負った籠から取り出し、机に置いた。図鑑の重みに机が少し軋む。ユリアはポポラ先生が意外と力持ちなことに不思議でならない。あんなに小柄なのに…とユリアは先生を観察した。
「今日はじゃのぉ。練習場で採れる石をざっくりと説明しておこうかのぉ。前回説明し忘れていたからのぉ、おぬしら知っておいた方がやる気も出るじゃろ」
ポポラ先生はそういうと東部第一採掘場というページをドンと開いた。どうやら練習場のある鉱山は東部第一採掘場と呼ばれるらしい。
「あの場で採れるのは、まぁ鉄鉱石やマグネタイトじゃのぉ。マグネタイトは鉄鉱石の種類の一部で強い磁気を含むものじゃな。後は何処でも採れるようなかんらん石や輝石、石英とかじゃのぉ」
ポポラ先生は石を採る練習じゃから、なんでもええと言った。ユリアは自分が採った鉱物を思い出し、ふと疑問に思う。
「先生、私あの時この図鑑に載っていない赤や青の石を採りました」
先生ははて?と首を傾げ詳しく説明するよう促した。ユリアは赤い石は表面がつるりとしていて、色は原色に近い赤だったことを述べた。ポポラ先生は、まさか!という顔をすると、青の石の説明も聞きたがる。
「青い石は確か…表面はザラザラしていて爪の大きさほどです。そして色は…少し緑色が混じっていました」
ポポラ先生は暫くうむうむと考えていたが、ぽんと手を打った。
「もしかすると何かの宝石かもしれぬのぉ。通常の採掘場ならともかく、練習場には希少な石は無いはずじゃが…まぁ見てみないとわからぬ!楽しみにしておく良いのじゃな」
ポポラ先生は自分も楽しみじゃと言って上機嫌だった。テトはユリア殿は引き当てる力があるのかも!と興奮気味に石の特徴をまた聞きたがった。
ユリアは自分が採った石が貴重なものかもしれないと聞いて、練習場に行くのがより待ち遠しくなったのであった。