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プロローグ「 if 」

悪魔の様なオーラを纏って、天使の様な笑みでその女は訊いた。

「もしほぼ全ての事象に理論がある上に魔法も少なからず存在する、研究者向きの世界があるとしたら行きたいですか?」





────2021年4月、異世界「Astraia」星宙魔術研究所。


「ほしくずが酒と相性がいい事は分かったけど何故だ……?」


薄暗い研究施設の中、微かに光る瓶をにらみつけてそう呟いた。

宇宙より採取できる星型多面体の魔力結晶──通称“ほしくず”──は、魔力を扱える者が摂取すると体内の魔力量が増えるので普通は薬として砕いて飲まれているものだ。

ただ、そのメカニズムは解明されていない…というより、できないと言った方が正しいだろうか。


研究者の間で時折噂になっている話がいくつかある。

『この世界ではありとあらゆる事象のみを探すことができ、その理由までは解明できない』

『限りなく正解に近い仮説を立てた奴は完全に魔法でしか現象を起こせなくなった』

『Earthという別の惑星からの転生者や転移者にカガク理論を教わった奴も同じように魔法でしか現象を起こせなくなった』


そして、全ての研究者は皆同じ結論に至る。


『Earthに行けば更なる研究ができるのではないか?』


俺は、つい昨日までそんな噂は都市伝説の一種だと思いこんでいた。

だがこの研究を始めてからいくつも不可解な点が出てきた。


──なぜ、酒と相性がいいのか

──そもそも酒とは何なのか、なぜ酔うのか

──なぜ、魔力適正のない者が摂取すると猛毒になるのか


メカニズムの解明がタブーとされているこの世界では、研究というと相性の良いものを探すだとか、作業効率をよくする為の道具作りをするだとかそういう程度だ。


俺も魔力結晶から効率よく魔力を引き出す方法を研究している。

Astraia原産のものは火属性だから火で温めると効率が良くなる炎結晶とか、水属性だから水に溶かすといい雫結晶とか至極単純なものばかりで理屈に興味が沸く事もなかった。


だが、宇宙原産である星型多面体の魔力結晶はそう簡単には相性のいいものは見つからなかった。

最初は星の見える夜に接種するなど、宇宙に関係する事から調べていた。



──遡ること数時間前。

そもそも宇宙という属性が存在するのかどうかに疑問を持った俺は、魔法に詳しい酒場の婆さんに聞くことにした。


「うーん、これは無属性だね。それかこの星には存在しない属性なんじゃないかい?」


「無属性? それでは効率のいいものを探すのは難しそうですね……」


もう半分諦めかけてやけ酒気味で飲んでいた時、近くに座っていた自称美食家の男が結晶の粉末を調味料替わりに使っていて酒に入れると美味しいのは雷結晶だと語っていたので試すことにした。


確か手持ちのものがあったはずだとポケットを漁って取り出した粉を少し混ぜてみた。

そして、一口のんで驚いた。


「いつも飲んでいる安酒がこんなにコクがある深い味わいになるとは……」


原産地によっても変わるかもしれないと、どこで買った魔力結晶だったか確認するためにラベルを見てさらに驚いた。

既にかなり酒を飲んでいて酔っていたからか間違えてほしくずの粉を入れてしまっていた。

間違いで酔いが少し醒めた俺は魔力吸収量もいつもより多いことに気が付いた。


そうしてほしくずと酒の相性の良さに気づいた俺は疑問を持った。

──なぜ酒なんだ? 飲み物ならなんでもよかったりしないか?


俺はすぐに研究所に戻って水やお茶、果実水などいろんなもので試した。

どれを試しても結局酒以外では特に変わらずで良い成果は得られなかった。

そして今に至る。


「そもそも酒ってなんなんだ……?」


樽に果実水を詰めて放置したらできるもの、それが酒。

当たり前の様にメカニズムは分かっていない。


その時だった。


「随分変わった事を研究していらっしゃるんですね?」


物音もなく、まるで最初からここに居ましたとでも言うような顔で知らない女が研究データを読みあさっていた。


「あー……この世界の認識限界はこの程度なんですね……」


「勝手に読まないでくれませんか。というより、貴女は誰ですか」


書類を奪い返して不審な女を睨む。

にしても鍵はかけていたはずなのに、どうやって入ってきたというのだろうか。


「私はただの宇宙旅行者です。今日はAstraiaにある精霊の庭の観光に来てたんです」


「宇宙旅行って……。自分は高位の魔術師だ、とでも言うんですか?」


宇宙旅行は移動に膨大な魔力を使うため、高位の魔術師しかできない。

といってもここ数年はそんな魔術師はこの星には居ない。


「まあ似たようなものでしょうね」


こちらの質問にあまり興味がなさそうにペールライラックの髪をいじりながら適当に答えた女は突然こちらに近付いてきた。


「面白い事を思いついちゃいました! 貴方の認識限界を無理やり上げてみましょう。ついでにいくつか知識も与えてあげますね」


どういう意味か訊く前に女は近くにあったほしくずを砕き、この世の言葉と思えない言語で呪文を唱える。

ほしくずの破片が発光したかと思うと、目の前の女に吸収された。

呪文が終わると、突然激しい頭痛と嫌悪感に襲われて俺は倒れた。


────…


気が付くと、目の前であの女が優雅に紅茶を飲んでいた。


「随分長く寝てましたね、意外と脆いんですか?」


俺に何をした、と聞こうとして止めた。

元素とは、お酒とは、などという知らないはずの理論を理解している事に気付いたからだ。


「それが宇宙上では割と常識的な真実です。この世界では女神による厳しい限度規制のせいで普通は理解できないんですけどね」


飲み終わった紅茶のカップを置き、こちらに歩み寄って来る。

そして悪魔の様なオーラを纏って、天使の様な笑みでその女は訊いた。


「もしほぼ全ての事象に理論がある上に魔法も少なからず存在する、研究者向きの世界があるとしたら行きたいですか?」


地球、この世界の言語に近い発音ならEarthというんですが、と付け加えて顔を覗き込んでくる。

以前はこういう事が起きても「高位の魔術師だからこんなことができるんだろう」で済ませられたが、俺は理解してしまっていた。

この女が論理的に考えて常識の範囲では考えられない、魔法や魔術とも違う事をしたと。


「貴女は何者なんですか……」


「私は何かを偏愛している生き物が好きな、……しばらくは“偏愛ちゃん”とでも名乗っておきましょうか。種族は、あなたを地球に連れて行くこともできちゃう、少なくともこの銀河より外から来た神みたいなものです」


実に胡散臭い笑顔で、しかし先ほどの体験から妙な説得力のある自己紹介をされた。


「本当に……行くことができるんですか?」


「はい、ただし条件があります。私のとある計画に協力してください」


「計画……?」



「簡単ですよ?私の夢を叶える為にあなたはただ研究してくれればいいのです」


デメリットがなさすぎて簡単に了承すると後悔をする様な気がした。

考えるフリをして口元を隠し、静かに攻撃系の呪文詠唱を始めた。


が。


「嫌ですね。私、戦うのは嫌いなんですよ。体力の無駄じゃないですか」


見えないものに手を押さえつけられた。

まるで触手の様な、気持ちの悪い感触に背筋が凍り付く。

一瞬、その触手が目の前にいる人物から伸びているように見えた。

本当の意味でこの女、偏愛ちゃんは普通の種族じゃない。


「そこまで信用ならないなら実験体もこちらで用意しましょう」


「条件に不満があるわけじゃ……! 貴女のメリットが分からないんです」


「単純に、私もそれが必要なんですよ」


机に散らばったほしくずを指さして簡潔にそう答えた。


「……わかりました。実験体が不足しているのは事実なので、行きましょう」


「ありがとうございます! それでは早速行きましょう、バーチャル地球へ!」


偏愛ちゃんがそういって手を上げると、虹色に輝く魔法式が壁中を這いずり回る。


「……!? 待って待って待って!! 準備とか何もできてな……ッ」


「いいんです、この研究所ごといくので。“転移陣起動”!」


見たことないほど美しい青い光に包まれたかと思うと、俺はまた倒れた。







────────。


「ほんと脆弱ですね、私が回復魔法使えなかったら貴方そのまま死んでますよ」


異常に湿気のある場所で目を覚ました俺は、さっき渡されたペットボトルとかいう薄い透明の容器に入った水を飲みながら偏愛ちゃんを睨む。


「普通の生き物は転移時に使用する原子力には耐えられないんですね、知りませんでした」


少し申し訳なさそうに軽く頭を下げたあと、俺の手を引いて転移に耐えきれずボロボロになった研究所を出る。


「ここは御岳山です。目的地は秋葉原という所なんですが……。どうやら座標がズレてしまいました」


外は、見たことない植物や木々に覆われた森だった。

水分を含んだ土の匂いも、じめっとした風も知らないものだった。


「13時間ほど歩けばつくみたいですし、行きましょうか」


偏愛ちゃんがまたサラッと常人には厳しい事を言ったが、ツッコむ暇なく歩きはじめた。


「そういえば。あなたの種族は人間にどう思われるか分からないので、とりあえずはエルフとでも名乗っておけばいいかと思います。真名も隠しておいていいかもしれませんね」


「なるほど、わかりました。研究所はどうしたらいいですか? 酒と相性がいいことはわかってるのでできれば酒場と併設して研究資金も集めたいのですが……」


「良い案ですね! 実験体もキャストとして募集しましょう。ではこれからは“オーナー”と呼びますね。あらためてよろしくお願いします」


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