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第十二話 恋人シールド




「真霜さん、架画井さん、こんにちは。先日はお疲れ様でした。今度は妹がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」


 会長が頭を下げる。


「それで、大丈夫なのね?」

「はいお姉さま。大事ありません。ご心配おかけしました」

「よかった」


 他人行儀じゃなくて、こういう家風らしいな。

 御会長の家は名家なのかな。


「ところで、今日の会長は、いつもとずいぶん違う印象ですね」


 ガチガチの三つ編みではなく、ややウエーブのあるナチュラルロングヘアー。わざとらしい黒ぶち眼鏡もなし。素顔がよく分かる。

 上品な和風の顔立ちだ。学校での会長しか知らないと同一人物と分からないだろう。チェック柄のスカートと薄手のジャケット、ローファーだけど、会長が着ていると私服なのにどこかの制服に見える不思議。


「見詰められるとちょっと恥ずかしいですね」


 掌で顔を扇ぎ大袈裟に照れてみせる会長。


「学校のは変装ですか? キャラ作りとか」

「バレましたか。会長と言えば伊達眼鏡ですしね」


 いや、聞いたことないけど。副会長じゃないかな。


「正直に言うとモテ過ぎないようにです」

「それほどですか」

「下々に言い寄られるとか、マジ勘弁ですしね。ほっほっほ」


 口元に手を添えてワザとらしく笑う御会長。

 誤摩化したいようだから追求は止めよう。


「お二人はこちらでの御用はお済みですか?」

「はい――」


 俺は希理を見る。希理が頷く。


「――おおむね」

「でしたら少々お付き合いくださいな」


 社務所に続く狭いスペースに簡易ベンチとテープルが置かれ休憩所になっている。

 御会長は、奥にいた若い権禰宜ごんねぎさんと言葉を交わしてから、盆に急須と茶碗を載せて戻ってきた。神社の人と知り合いらしい。さよちゃんも手伝い俺たち人数分の茶が並ぶ。


「地域の寺社の皆さんとは多少の繋がりがありますから」

「あの――お仕事の関係ですね」


 俺は葉ちゃんをチラ見する。


「葉も承知しておりますから、お気遣いなく」


 会長がにっこり頷き、そのまま希理を見る。


「架画井さんのお家も御和足みわたり神社の関係でしたよね。かつてはこちらの比斉須ひさいす神社よりも格式が高く、平安の時代には大荘園を寄進されるほどだったとか」

「え、よくご存知ですね。今は氏子の一つに過ぎないそうですけど」


 希理が驚く。

 一応は郷土史研究同好会会長だしな。


 架画井かげいの家はその御和足神社の宮司の分家筋だ。

 家は御和足神社のすぐ北側にあり、かつてはぼうがあった場所だという。房というのは僧房でもあり旅人や行者などの滞在施設でもあった。昔は神仏習合で神社の中に寺があった。というかむしろ神社が寺の一部だったのだ。長く地域のコミュニティーセンター兼簡易宿泊所みたいな役割を担っていたが、明治期の神仏分離、廃仏毀釈はいぶつきしゃくで御和足神社だけが残された。


 その架画井の一人娘が伯母さんで、そこに婿入りしたのが伯父さん。

 希理は養女で、中一のとき両親を亡くして引取られた俺は伯父さんの甥に当たる。伯父さん夫婦に実子はない。

 何かにつけて世間的な説明が必要になる寄せ集め家族ではある。


「そして、架画井さんの〈〉のことも存じています」

「どうして!?」

「有名でしたよ、一部では」


〈失セ観〉とは希理が持つ探知能力のことだ。

 所謂〈うせものさがし〉で、所在不明の人や物の行方を辿ることができる。それほど有効範囲は広くないが、とても偶然とは思えない的中率で驚かされたものだ。異世界に飛ばされる以前からの異能であり、おそらく希理に〈加護〉を与えたこの世界の精霊の力によるものだ。

 小学四年生のとき、望まれないものまで見つけ出し、クラスでイジメに遭いかけてから人前で使わなくなったそうだけど。


「霊力感知に長けた架画井さんも異変を感じて、〈おやもりさま〉の様子を見にいらしたんですね」

「えと。まあ、そんな感じです」


 本当は希理の能力確認のためだけど。

 俺たちは異世界で感知能力を伸ばしたので、この神社にいる存在の変化具合なんて分かるはずもない。


「それで、いかがでしたか? おかしなところがありましたか」

「それが。前とは私の感じ方も変わっちゃったみたいで、比べようが――」


 会長が何かを見定めるような目で希理を見る。

 この視線はちょっと苦手だ。


「そうですか。おそらく〈おやもりさま〉はお変わりないと思います。ただしその周辺、この一帯を流れる霊力に乱れがあるというか、なにやらいているようで、どうにも落ち着きがないのです。でも今日はどうしたんでしょうか、静かに息を潜めてる感じがしますね」


 考え込んだ様子の会長。


「〈おやもりさま〉は大切な存在なんですね」

「この地最大の霊的存在にして鎮守ですからね。土をこなし水を清め風をならす。豊穣をもたらすとされています。――なんらかの変化があれば影響が広範囲に及びます。実のところ、安定した膨大な霊力の塊なんですけどね。周辺の霊力の流れを水の流れに例えるなら、大岩や島のようなものです。それ自身は動きませんが、周囲の動きには影響するような」


 霊的な存在に畏怖の気持ちがあっても、ぶっちゃけて説明できるところが会長も現代人だ。


「盤石みたいですね」

「それでも時に大きく動くことはあるそうです。数百年に一度くらい。そうなるとこの地の霊的分布も様変わりします」

「でも目には見えないですよね。普通の人は気付かないんじゃ?」

「土地が痩せたり悪水が湧いたりと、影響無しという訳にはいかないそうです。そして、それと気付かず鎮守様を刺激することのないように、新たに神社を置いて人除けをします」

「たいへんですねー」

「真霜さんもそれだけの霊力をお持ちなんですから、なんらかの影響があるかもしれませんよ。ふふふ」


 それを期待するような顔をしないで欲しい。

 俺の魔力は隠蔽できているはずだから、いつものカマ掛けだろうけど。


「どうしたの、葉。何か見えたの?」


 会長が真顔になる。

 葉ちゃんが一点を見つめていた。社務所の窓から森の木々を見通すように。


「あの、お姉さま、狐火おとかびが、現れます――」




「これは――不思議な光ですね」


 下生えの陰から漂い出た発光体が陽光に紛れて消えていく。

 一つずつ、あるいはいくつかが連れ立つように、それが繰り返される。意識して見ないと気付けない輪郭の曖昧な弱い光だ。小さいものはホタルくらい、大きいのはシリカ電球くらいか。夜に見たら幻想的じゃないかな。


 俺と希理、会長と葉ちゃんは、狐火をよく見ようと神社の森の端まで来ていた。

 周囲に人影はない。


「狐火は、人魂あるいは地中のリンや可燃ガスの燃焼などとされていましたが、その実体は余剰霊力の排出らしいのです。土壌が保持し切れない霊力を、ああして逃がしていると」

「そういう現象ってことですか。霊とか魂ではないと」

「はい。神秘的なので、そうしたものと結びつけたくなるのも分かりますね。万霊よろずさまとも呼ばれますし」


 足下から狐火が一つ飛び立つ。

 低空を飛んでから、ふわりと上昇して消える。


「ねえシン君、なんか私たちから逃げてるみたいじゃない?」

「そうかなあ。たまたまだろ」


 薮蛇になることは言わないように。

 俺もちょっとそう思ったけど。気のせいだよ。

 穏便にな。俺たちは普通の高校生なんだから。


「〈おやもりさま〉のこれほど近くで狐火が見られるのは珍しいことです」

「お姉さま、今夜にはこちらの万霊さまはおさまりそうです」


 葉ちゃんが会長に歩み寄り小声で伝える。


「見えたのですか?」

「はい。その、かなり、はっきりと」

「そうですか」


 また葉ちゃんが予知したようだ。

 極端なトランス状態になったりはしないみたいだ。


「葉ちゃんには何でも見えるんですか?」

「話してしまったのね、葉。良かったの?」

「お兄さんには知っていて欲しいです。そのほうが――」

「そう、なのね」


 姉の問いに葉ちゃんが頷く。


「確率の一つが確信として像をなす、といったところでしょうか。けれど葉自身にかかわる事柄とそれ以外とでは、かなり結果に差が出ます。場合によってはいくつかの選択肢を示されることもあります」


 森の小径を戻りながら会長が話してくれる。


「おかげで振り回されることもありますが、私たちにとっては数少ない道しるべですから。ふふ」


 秘密をお教えしましたよな顔だ。


「葉ちゃんは、その、ユーデルフとかじゃないんですか」

「この子はまだ小六ですから」


 まさか、真名は中二になってからとか?


 外鳥居をくぐり一礼して神域を出る。


「今日はありがとうございました、あらたお兄さま。あの、その、優しく抱っこしていただいて、とても安心できました」


 頬を赤らめ、もじもじする葉ちゃん。

 可愛い。なぜかお兄さまになってるけど。

 口でもじもじとか言っちゃう希理は見習うべき。


「このお兄ちゃん、幼い女の子が大好きだからね。抱っこも上手だし。優しい顔して危険人物じょうしゅうはんだよー」


「――!?」


 御姉妹から表情が消えた。

 俺からも消えた。

 ハッとした姉が後ろから妹を引き寄せ、常習犯から距離を取る。


「希理さん。頼むから黙ってろや」

「シン君、幼女は三人までだよ」

「濡れ衣だし、三人って誰だよ。人数の根拠が分からんわっ」


 心当たりがないよ、そんなには。

 それに、小六は幼女じゃなくないか?

 しかしなぜ俺の可愛い幼馴染みは、この場からの自然なフェードアウトを邪魔するのだろう。


 ちょっとだけよそよそしくなった空気のままおん姉妹と別れ、神社を後にした。


「ごめんねシン君。ああすべきだって、精霊さんが囁いたの」

「どっかのエルフの賢者かっ」

「葉ちゃんには見えてるみたいなんだよ」

「何が?」

「私たちの精霊の祝福が。とくにロアムちゃんが」

「ロアムが見えてるってことか?」


 ロアムは異世界でキリに宿った土の精霊だ。

 契約したとかじゃなく勝手に入り込んで居座っているだけなのだが、希理も警戒心薄くそれを受け入れている。今ではすっかり守護精霊いそうろう的ポジションだ。ほとんどの時間を眠って過ごしている。寝る子は育つのかな。

 精霊は実体のない存在なので、葉ちゃんはロアムが発する〈精霊光〉を感じていることになる。


「なんか狐火を見てたら、ずっと眠ってたロアムちゃんが目覚めたの」


 精霊的現象と考えれば感応してもおかしくはない。


「はじめは葉ちゃんも、あれっ、て感じでよく分かってないみたいだったけど、だんだん焦点が合うように視線がしっかりしてきて。なんかロアムちゃんのことがバレそうな気がしたから離れたの」


 連中の監視対象である〈おやもりさま〉に匹敵する存在が、キリの中で眠ってることを知られたら面倒なことになるよな。葉ちゃんの感受性は侮れないようだ。予知っぽい力も底が知れないし。


「けど、もう別れるところだったんだから、無理に俺を変態紳士に仕立てる必要なかったろ」

「心の警報が鳴ったんだよ。葉ちゃんは危険だって。これ以上シン君に深淵ようじょを覗かせるなって。ここできっちり因果いもうとを断てって」

「えー?!」

「なんかいい雰囲気出てたし。ブレイク一択かなって」

「あ、あんまりな誤解だ――」

「シン君にそのつもりがなくても、こればかりはね、お兄さま」


 希理が生温かい目で俺を見る。

 さすがに考え過ぎだと思うよ。




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