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第十一話 葉




 その数日後の夜、おっさんに憑依した強力な妖魔に苦戦していたシイノとカエデを助けた。


 そして五月の連休中のある日、俺と希理は家から歩いて三十分ほどの比斉須ひさいす神社に来ていた。

 由緒ある神社に相応しい風格のある鳥居と重厚な社殿が迎えてくれる。名物だった杉の古木は前世紀の落雷で折れていたが、残った巨幹だけでも十分に歴史を感じさせる。

 静かな境内を見回す。休日とはいえほとんど人気がない。


「一見、なんでもない感じだな」

「そうだね。でもやっぱり、ちょっと緊張するね。感覚がすごく変わってたらどうしよう」


 異世界に行く前から、希理には霊感というか第六感のようなものがあった。

 色々あって結局それは〈精霊〉を感知する力だと判明した。

 異世界の精霊と深く関わるどころか、精霊そのものと共生することになって、希理の感覚は大きく変化しているはずだ。以前より強化されているのは間違いない。もしかしたらこの世界でもそうした存在の興味を過剰に引いてしまうかもしれない。

 今日はそれを確かめに来たのだ。不意に巻き込まれる前に、あえて馴染みのある場所で実地検証しようというわけだ。

 薮蛇にならないことを祈る。


「精霊の気配はこの神社が一番強いんだよな」

「うん。ここの社殿裏の森はいつも何かいる気がしてた。静かで動かない、すごく大きなものが」

「山みたいだな」

「でも、確かに、そんな感じなんだよね」

「危険な様子はないのか」

「ゆったりとして穏やかだね。たぶんここの祭神様とは違うんだろうけど、守り神って感じで安心できるよ」


 こういう市街地と接した神社にふさわしいかもな。荒神や邪神を祀ってるとかだと怖いし。もしそんなのがいたら俺たちの異世界謎パワーが何かのトリガーになって異変が起きないとも限らない。


「どう? 感じる?」

「うん。しっかりいらっしゃるね。同じ場所だよ。精霊さんの力が溢れて流れてる。前よりずっとハッキリ感じる。輪郭も、全体の重さまで分かるくらい」


 異世界での経験のせいか、俺にも空気の違いが分かる。


「ロアムはどうしてる?」


 ロアムというのは異世界で仲間(?)にした土の精霊だ。希理の中に潜んでいる。無邪気で土遊び好きの変わり者だ。


「ずっと眠ってるよ。こっちの世界は眠いみたい。起こす?」

「いや、そのままで。そっとしとこう」


 土の精霊ロアムも結構なトラブルメーカーなのだ。無自覚にやらかすことが多い。この世界の精霊との邂逅はちゃんと場を整えてからにして欲しい。


 静かに参道を進み拝礼を済ませる。

 俺も〈精霊視〉してみる。

 これは異世界の精霊を視認するために得た能力だ。俺も希理と同じく〈精霊の祝福〉というのを持っている。異世界の精霊とは成り立ちが違うだろうけど共通するところはあるはずだ。


「精霊視するとまた違って見えるな」


 森を包む霧のような微細な光の粒子として魔力の流れが見えてくる。

 希理がゆっくりと境内を見回す。


「こんなだったなんて驚きだね」

「ここの精霊も眠ってるような気がするけど」

「ふふ。ロアムちゃんと気が合うかもね」

「お互い寝てたら知り合えないんじゃないか?」


 とはいえそこに存在するだけで精霊の力は周辺に及ぶらしいから、むしろぐっすり寝ていてくれてたほうが人間にとっては都合がいい。


 社殿の裏の森に入る。

 ここはもう精霊の力場の中、精霊の中に入ったのと同じだ。

 微かな光の靄に包まれる不思議。凄く静かだ。

 この時間は陽光が差すので足元も明るい。気持ちのいい小径が続く。

 ふと、隣を歩く希理に手の甲が触れる。ちょっと照れた様子の希理。これはなんか手を繋ぐ流れかな。

 柔らかな手をそっと握ろうとすると、小さな声が聞こえてきた。


 上から。


「あ――たす――けて――」


「希理さんや、空から女の子が」

「空じゃなくて木の上だね。枝の股に座ってるね」

「――あの、どな――」

「見事な枝ぶりだ。けやきかな」

「木の種類はどうでもよくないかな、この場合」

「完璧な擬態だよな。まるで怯えた女の子だ」

「困ってる女の子なんだから当たり前でしょ。まさかシン君は魔物や精霊さんが成りすましてると疑ってるのかな?」

「ふつう疑うだろ。あんな可愛い子が空から落ちてくるなんて不自然ファンタジーだろ、そんな美味しい話」

「もう手に入れたつもりかよっ。それにまだ落ちてないしっ」

「ひっ――」

「怖がらせてどうする」


 などと軽口を叩きつつ、すでに感知の〈魔力糸〉を樹上の女の子に貼り付けまくっている。擬態ミミック系の罠ではもちろんない。怪我もない。

 小学生高学年くらいかな。前髪ぱっつん三つ編みお下げの色白な子だ。大人しそうで活動的なタイプには見えない。明るい色のスニーカーとグレーのタイツ、プリーツスカート。ノースリーブのブラウスは肌寒いんじゃなかろうか。魔力量は多めだが身体的には平凡な少女だ。見た目通りで間違いない。この森の精霊とは関係なさそうだ。


 だとするとなぜ木の上にいるのかが謎だ。

 まさか子猫が下りられなくなったのを助けに登ったら自分が下りられなくなったというベタな話だろうか。子猫なんて姿もないから流石にそれはないか。


「どうしたの? 下りられなくなっちゃった?」


 希理が優しく話し掛けると、不安げな顔のままコクリと頷く。


「おまたせ、シン君出番だよ」

「お、おう」

「ただし、最低限の接触のみを許可する」

「それだとかえって危ないって」


 とにかく急ごう。

 一気に垂直ジャンプするのは普通の男子高校生としてはナシなので、地道に木登りする。四肢の馬鹿力にものを言わせてスルスルと登る。


「シン君虫みたいでキモイ」

「ひどすぎるっ」


 四メートルもない高さだけど手掛かり足掛かりは少ない。この子よく登れたな。


「やあ」

「――おにい――さん――は」

「俺、あらた。助けに来たよ」

「やっぱり――ほんとに――来てくれたんです――ね」


 泣きそうに微笑む。そういう笑顔は反則だよ。

 初対面のはずだけど。小学生女子の知り合いはいないし。気が動転して誰かと間違えてるのかな。


「期待に応えてあげたいけど、ただの通りすがりのお兄さんだよ」

「そんなこと――な――い――」

「おっと」


 女の子の上体が揺らぐ。

 緊張が解けて脱力したのか、目を閉じたままくうに向かって倒れ込む。

 両手ですくい上げてしっかり抱きかかえ、幹を軽く蹴って飛び出す。バック転しながらクルリと着地。音もない。姿勢の美しさを意識した。衝撃を逃がす柔らかい膝の動きが絶妙。小さい子は大事にしないとな。


「密着禁止! シン君、お姫様抱っこはダメだよ」

「んな無茶な」


 ここはパーフェクトな着地に演技点を付けるところだろ。まさか反則を取られるとは。

 希理が俺から離れてスマホを向ける。


「やめて、撮らないでっ」

「動かぬ証拠じゃなくて動く証拠ね。ついにロリコン疑惑が確定に。意識不明のJSをホクホク顔でお持ち帰りするDK。衝撃の動画キター」

「許してー。つか、そんな顔してねー」

「だいじょうぶ。UPするとき顔は匿名処理するから」

「余計炎上するわっ」


 少女の敵と認定されたら討伐依頼が出ちゃうよ。

 冒険者ギルドもないのにな。


 女の子を休ませる場所を探すうちに神楽殿まで来ていた。

 幸い誰もいないので脇の階段を使って小さな舞台に乗せる。社務所なら誰かに頼めるだろうけどちょっと遠い。


「土足厳禁だよ」

「はいはい」


 ちゃんと靴脱いだし。

 朦朧としたままの女の子を寝かせる。古びた木の床で悪いけど。〈収納〉から出したタオルを枕にする。


「しっかりして、聞こえる?」

「――はい」


 希理の呼び掛けに仰向けの女の子が目を開ける。

 すでに魔力で診察してるから無事なのは確認済みだ。


「気分はどう? 痛いとこないかな」

「はい。平気です」

「お名前は分かるかな?」

おんさよです。西丘小学校六年二組です」

「えと、葉ちゃんはどうして木に登ってたの?」

「子猫が鳴いてたから。下りられないんだと思って。わたしがやっと登ったら、もういなかったです」


 うそ。マジで猫のせいかよ。リアルでもあるとは。

 神社に来る途中で買っておいたお茶のミニボトルを開けて葉ちゃんに手渡す。


「それは大変だったね」

「でもおにいさんが来てくれました。やっぱり本当になったです。おにいさんならきっと来てくれるから」


 希理が俺を見る。笑顔が硬い。


「シン君お話があります。葉ちゃんに何かしたのでしょうか? もしかして知り合いだったの?」

「誤解だ。今日が初めて――だよね?」


 葉ちゃんが頷く。

 けれどおんという苗字、退魔士の御会長と関係あるかな。


「おにいさんが助けてくれることは分かってました。でも不安だったです。なかなか来てくれないから」

「俺がここに来るのを知ってたってこと?」

「わたしを抱っこしてくれるところが見えました。見えたのは下りられなくなってからですけど。時々そんなことがあります」


 何か凄いこと言ってないか。

 まさか予知したってこと? ただの妄想じゃないのかな。王子様が来てくれる的な。

 さすがに希理も戸惑っている。


「もしかして葉ちゃんは、おんはな会長の親戚とか?」

「わたしは華の妹です。姉がいつもお世話になっております」

「いえ、こちらこそ」


 なるほどな。変わってるのも納得だ。

 今も探知の〈魔力糸〉が知った気配を捉えている。御華会長もこの神社に来ているのだ。社殿の辺りをうろうろしている。きっと妹の葉ちゃんを探しているんだろう。


「お姉ちゃんを呼んでこようか? たぶん近くに来てるよ」

「えと、待ってください。それはちょっと――」


 おや。姉妹仲が微妙なのかな。とはいえ身内をスルーはできない。


「そうじゃなくて、まずはお礼を」


 葉ちゃんは床板の上で居住まいを正し、きちんと正座すると両手をついて綺麗に頭を下げる。


「助けていただき、ありがとうございました」

「ど、どういたしまして」


 俺と希理もつられて正座でお辞儀。


「あの、おにいさんとおねえさんは、どうして今日この神社にいらしたんですか?」


 ややうつむき加減のまま葉ちゃんが訊いてくる。


「このお兄ちゃんはあらただよ。私は希理きり。――ここにきたのはね、この森にいらっしゃる方の、ご機嫌伺い――かな」

「そうでしたか。ではキリおねえさんも感じるんですね、〈おやもりさま〉のお力を」

「おやもりさま?」

「おやんもりさまとも言いますけど、ほんとうは御山守様おやまもりさまだそうです」

「へえ、やっぱり守り神なんだね。――私にとっては精霊さんだけど。ずっと前からここにいるお馴染みさんだよ。こっちのお兄ちゃんもそれを感じてるんだよ」

「お二人はいったい――」

「俺たちは、こういうのにちょっとだけ縁があるみたいなんだ。似たようなのに時々出会したり」


 異世界でだけど。


「やはり見える方たちなのですね」


 その言い方はちょっと。

 けれどこれも霊感ってことには違いない。心霊ツアーとかが趣味の人たちとひとまとめにされたくないけど。


 葉ちゃんの言う〈おやもりさま〉は鎮守の神だそうだ。

 神仏も精霊も悪霊もとりあえず祀ってしまう国柄だし、神様ってことでいいんだろう。名目上の祭神とは別物だけど、この地を鎮め見守るってことなら同じだし。


 葉ちゃんも大丈夫そうなので、神楽殿を下りて本社殿の方へ向かう。


「それで、葉ちゃんも〈おやもりさま〉の様子を見に?」

「はい。ちょっと気になることがありますので、それを確かめに」

「気になることって?」


 希理が聞いちゃってるし。

 ここはスルーしたほうが良くないか。俺だけじゃなく希理も結構迂闊だよな。


「霊力が凪いでいるんです。不思議なくらい静かです。今日はとくに」


 俺たちは顔を見合わせる。精霊は感じられるけど以前との比較はできない。普段との違いは分からない。俺たち自身の感じ方が変化しちゃってるんだから。


「そこまでですよ、さよ!」


 横から声が飛ぶ。


「お姉さまっ」


 お姉様か。


 おんはな郷土史研究同好会会長が現れた。

 近くにいることは感知していた。

 でも、なんか出待ちしてたんだよな、この人。




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