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前編 奇蹟のありか

「なんだ。意外と優しい神様でしたね」


 私は呟く。互いの寿命を共有し、9等分されたそれを分けろと言われ、4.5ずつというグレーゾーンな答えを出したのだが……


 あっけなく。私と彼とは外に居た。ひとつを分け合ったことは、ルール違反とはならなかったようだ。


「そうですねぇ。薬を追加オーダーしようとした神様は、さすがにウチの神様が止めたようですが」


 彼はそんな、面白くも無い冗談を言う。


 ――冗談……ですよね? さすがにいくら彼でも神様に知り合いはいないだろうと思う。


「というか、もし出られなかったらどうするつもりだったんですか?」


 続く言葉に私は、謝るつもりでしたよ、と返す。


 謝る? オウム返しに再度問う彼に、

「ごめんなさい、此処で一緒に死んでください。そう貴方に謝るつもりでした。貴方は自分の命はいらない、ということでしたから、文句なんて言いませんよね?」


「……怒ってます?」

「――怒ってると思います?」


 双方笑顔でこんなやりとりをしているのだから、彼だけでなく私もたいがいアレである。うん、アレな感じ。


「――それで、出られはしましたけど、これから先の約4年半、なにかやりたいことはありますか?」

 彼の問いに、私は即答した。


「その4年半を伸ばす方法を探します」


 ――ルール違反だなんて、神様にだって言わせない。あの部屋の外にまで、神様のルールは及ばない。


 まず手始めに、私たちふたりの身体を調べてもらうところから、だろうか。あの薬そのものを持ち出せれば、最良の足掛かりになったのだが、ないものねだりをしても仕方がない。ここは薬を飲んだふたりから何か痕跡が見つかることを祈ろう。

 ……と、そんなことを私がつらつらと語る間、彼は無言だった。


 相変わらず、何を考えているのか推し量ることのできない、いつも通りの綺麗な微笑みを浮かべたそのままで。


 ――ふむ。見つからない可能性を考えているのかな?


 なるほど。とは心の内だけで呟いて。


「では旅をしましょう」弾むような口調で私が言えば、

「旅……ですか?」彼は話題の転換についてこれない様子だ。


「はい。旅です。手がかりを探しながら、北へ、南へ、西へ、東へ。ふたりで、世界を見て回りましょう。四年越しの新婚旅行ハニームーン、なんて素敵じゃありません?」


 それはきっと、素晴らしい蜜月になる。


「単位が月じゃなくて年になってますけどね」

 そう、苦笑するように呟いて。彼は「貴女がそれを望むなら」と頷いてくれた。


「でも家族や友人にはなんと伝えるんですか?」彼が言い、

「――旅に出ます。探さないでください。とか?」私が答える。


「失踪してるじゃないですか」

 呆れ声のツッコミが入る。勿論冗談だ。ちゃんと考えてある。


 ではこういうのはどうでしょう、と前置いて、それを告げる。

「世界を見てきます。奇蹟を見つけたら戻ります」


 彼も私も、何故か行動が突飛だと認識されている節があるので、『アイツら、また……』くらいに思ってもらえるのではないだろうか。

 やっとくっついたか、とは思ってもらえないだろうか。もらえない、かなぁ……


 奇蹟とは無論、寿命を延ばす方法である。




 最初の一歩はあえなく躓いたのだが。


 検査結果はどちらも良好。4年やそこらで命が失われる予兆などどこにもなかった。けれど超常的とも言えるあの部屋での記憶が、私の楽観視を阻む。

 それが良いことなのか、悪いことなのかはわからないが。とにかく、彼と私は旅に出た。半分とまでは言わない、せめて私の1割程度でも、彼がこのハニームーンに心を躍らせていることを願いつつ。


 ふたり旅が、始まる。




 北の果てで極光オーロラを見た。


 彼と同じくらい綺麗だ、などと思う私はきっとどうかしているのだろうなぁ、いや、ずっと前からどうかしているな、と妙に納得などしつつ。


 見ごたえはあったが、もう一度は良いかな、というのが正直な感想だ。自分では寒さには強いつもりだったのだが、寒いを通り越して痛いのは勘弁願いたい。




 逆に南の島でのバカンスは、居心地が良過ぎて思いがけず長居してしまった。


 のんびりしていただけで特筆すべきことは無い。彼も、私も、身体を動かすのを好む方ではないし。スポーツ、というガラではないのだ。


 残量が限られていると言っても、こういう時間があっても良い。追い立てられるような生き方は、彼にも私にも似合わないだろう。




 西へ、東へ。


 遺跡を見た。史跡を見た。古墳を、城を、大聖堂を見た。その土地ならでは食事を摂り、その土地ならではの文化に触れる。


 ……食事に関しては、彼は相変わらずの偏食ぶりだったが。


 祭りの類には、話を聞きつける度に参加して、その由来、意味を学んだ。

 何処に手がかりが転がっているかわからない。あの部屋、あの薬、あんなものは神か悪魔の領分だろうから、アプローチとしては間違っていないはずだ。


 何事も経験、と砂漠へ足を運んだこともある。


 暑さは寒さよりも苦手だ。以上。


 行く先々で、手紙を書いた。


 彼と私、共通の友へと宛てた、長い長い手紙を書いた。『今、私たちは』から始まる近況報告の手紙を、何か特筆すべきものを見つける度に、最低でも国が替わる毎に、何枚も、何枚も書き連ねて、其処で出会ったひとに投函を託す。




 4年間。そうやって、私たちは蜜月の時を楽しんだ。


 全力で、というほど肩ひじを張るわけではなく。漫然と、と呼ぶには慌ただしい日々を過ごした。愉快で、愛おしく、得難い日々だった。


 結局、奇蹟は見つけられなかったけれど。


 まぁ、それは仕方ない。起こらないから奇蹟と云うのだ。


 そしてあの日からちょうど4年目の夜。

 私は、彼の部屋に居た。


「夜更かしなんて珍しいですね。どうしました?」

 笑顔も、態度も。彼はいつもと何も変わらない。


「……今日が最期、かもしれないわけじゃないですか」


 いろいろな可能性を考えた。


 半分ずつに分けた薬、それひとつが無効となる可能性。これが正解なら、今夜がふたりにとって最期の夜となる。


 ほぼ半分の、少しでも量が多かった方が5として扱われる可能性。こちらであれば、今夜はふたりで過ごす最後の夜となる。


 分け合うことが規定に反するとみなされて、部屋を出られなかったり、出た瞬間に命を落とす可能性……は、幸いにも無かったわけでが。


「あぁ、なるほど。そういう考え方もあるんですね」


 ――呑気というか、なんというか。まぁ、貴方らしいですけど。


「今日は語りあかそう、とか、そういう話ですか?」

「そう、ですね……その、ベ、ベッドの中でっ……! とか……」

 声が裏返った。若干……若干? 挙動不審でもあったかもしれない。


「――? あぁ、横になって話すんですか?」


 そうだけどそうじゃない、などと言えるはずもなく。あっさり横になる彼の隣に、私は距離を取ってもぐりこんだ。

 包み込むような彼の匂いにくらくらする。


「……そんな隅っこだと転げ落ちますよ?」


 あくまで自然体の彼が憎らしい。好きだけど。大好きだけどっ!


 彼と褥を共にするのはこれが初めてだ。そこ、4年もあって何やってたんだお前、とか言わない。4年という制限時間があると、いろいろと思うところもあるのだ。その……子どものこと、とか。いや彼から求められるのであれば吝かではなかったのだけど自分からねだるのは違うというかなんというか乙女は複雑なのだ。


『ハニームーンとか豪語しといて……』


 友人の呆れたため息が聞こえた気がした。


「枕が無いですね」

 言った彼がこちらに腕を伸ばしてきた。


 ……えっと…………


 おずおずと頭を持ち上げると、その下に彼の腕が差し込まれる。

 私はそっと、ゆっくりと、頭を下ろした。


「ちから、抜かないと疲れません?」

「いや、でも、頭って結構重いですしその……」

 しどろもどろになっていると彼の空いている方の腕が私の腰に……って、ちょっ、ウソ!? 待ってまだ心の準備が!


 ぐっ、と引き寄せられる。


 吐息がかかるほどの距離に、彼の端整な顔があって、思わず目を閉じた。

 それがまるで口づけを求めているようだと気づけなかったのは、幸か不幸か。


 けれど彼が私に唇を重ねることなどはなく。


「落ちて怪我でもしたら大変ですからね」

 なんでもない口調で、そんなことを言った。


 ……心配してもらえるのは素直に嬉しいのだが、ドキドキしているのは自分だけなのか、と思うと、良くも悪くも力が抜けてしまう。


 どうやら緊張で眠れない、ということはなさそうだ。


 期待……じゃない、思っていたのとは少し違うが、私たちはこれで良いのだろうと納得する。ヘタレたわけではないし、ひよったわけでも断じてない。


 ……違うもん。


 聞かせる相手もいない言い訳をしていると、知らぬ間に眠っていたようで、外が明るくなっていた。


 結局、たいして話もしないままに……


 と、そこではっとする。4年が過ぎた。私は生きている。


 ――では、彼は?


 こわごわと、その白皙の頬に触れる。


「……温かい…………」


 穏やかな寝息も感じ取れ、ほぅ、と安堵の息が漏れる。とりあえず、あと半年ほどは一緒に居られるようだ。

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