その11
最終の眼科受診の日がやってきた。二人に見送られて、僕は病室を後にした。
眼科の先生は、優しく僕に声をかけてくれた。包帯が僕の顔からなくなった。
「はい、いいよ。静かに目を開けて」
僕は、なかなか目が開けられなかった。もう一度先生に促されて一大決心のもと、怖々と目を開けた。また絶望的な闇が広がっていないことを願いながら。
「初めまして、先生」
先生の不安そうな顔に、笑みがこぼれている。
「いや、良かったよ。正直言うとね、見えるようになるとは思わなかったんだ。以前の視力を取り戻すのは無理かも知れないけれど、今よりは見えやすくなるはずだよ」
それだけで充分だった。嬉しかった。あの二人のことを考えると贅沢だもんな。そう思えるほどに僕はなっていた。
病室のドアを開けたとき、誰かとぶつかりそうになった。
「ごめんなさい。あっ、隼人だろう。隼人ってそんな顔してたんだ。もう少しいい男だと思ったんだけどな」
「な、なんだよ瀬名。人がせっかく心配してやってんのに、そんな言い方しやがって」
「見えるようになったんだ。よかったな」
僕は勝弥の方に歩いていった。
「勝弥は思っていたとおりだ。大人に見える」
「それってさ、老けてるって言う意味か」
「そうとも言うかもね」
「あっ、そう」
拗ねて自分のベッドの方へ行ってしまった。隼人は、それをみて笑っている。
その夜は、僕の開眼記念だと言って、消灯後ジュースとお菓子を集めてささやかなお祝いをしてくれた。
「ほんとに良かったな。俺ずっと慰めの言葉用意してたのに」
隼人は、相変わらず軽口を叩く。
「俺はさ、瀬名のことだからそのままいなくなるんじゃないかと思ってた」
勝弥が自分のことは遠くの棚に上げて、すました顔をしてジュースを飲みながらそんなことを言っている。
「入院前の僕だったらそうかもね。だけど僕、二人のお陰で鍛えられたみたいだよ。色々考えることもあったし、変な言い方だけど入院して二人に会えて良かったと思ってる」 二人もそう思っているのかな。嬉しそうに微笑んでいる。
その後に隼人と二人でトイレに行ったのだけど、それが間違いの元みたいだった。
「だからいつも言ってたじゃないの。牛乳をきちんと飲みなさいって」
僕は次の日、母親にお小言をもらっている。
あの後、まだ目が少し見えにくかった僕は、トイレで滑って転んでしまった。こともあろうにその時に右腕を骨折してしまったのである。
何故か両端の二人は嬉しそうである。どうして?
「トイレで転んで腕折るなんて、瀬名らしいよな」
「そうそう、ドジなんだから」
骨折したので、当然退院は延期である。
「煩いな、二人とも」
「しかも、利き腕だもんな。大変だよ」
「まぁ、まだ夏休みももう少し残っているし、もうちょいいろよ」
勝弥がそう言って楽しそうに笑っている。まったく他人事だと思ってんだから。
だけどそうだよね。帰っても夏休みの宿題が山と残っているしいいかな。もう少し入院生活を楽しんでみるかな。両脇に出来た新しい友達と一緒にね。
長々とお付き合いいただいてありがとうございました。
感想など頂けたら、ありがたく思います。




