桜の木の下の5秒
「ジリリリ…」
薄暗い朝に鳴り響く音。
「ん~、はっ、やべぇっ!!」
私は目を開ける。
時計の針をみると、6時丁度を指していた。
「まじかよっ、まだ朝早いじゃん。」
そう私は、タイマーを1時間早く設定していたのである。
いつもならここで、2度寝という、遅刻パターンを繰り返すのだが、やけに目が冴えている。
「飯でも食べようかな。」
私は眠たい目をこすりながら、起き上った。
カーテンを開けると外は、薄明るく、鳥の鳴き声は心地よい。
重い扉を開け、階段を下りる。
台所では、母親が味噌汁と玉子焼を作っていた。
「おはよう。」
いつもは挨拶をしないのだが、久々に早く起きたのでしてみた。
「今日は珍しく早起きね。」
平凡な返事が返ってきた。
内心では、俺だって早起きすることくらいあるぞっと思いながら席に着く。
「 …チッ」
早起きは三文の徳とかいうことわざがあるらしいが、なんの徳だってないじゃないか!!
ぼそぼそ呟いていると、味噌汁とご飯、玉子焼きを運んできてくれた。
私はイライラしながら口に運ぶ。
「今日の味噌汁は味が濃いね。」
と嫌味を言ってやる。
「味噌をちょっと入れ過ぎたかしら」
ととぼける母親を横目に、私はクスクス笑うのである。
…
朝食を食べ終えた私は、歯を磨き顔を洗う。
春という訳の分からない季節のせいで、蛇口から出る水はやけに冷たい。
「よし、顔を洗うぞ!」
と、意気込み顔を洗う。
この拷問は毎朝辛い。
顔を洗い終えた私は、パジャマを脱ぎ棄て、制服を着る。
そして弁当と水筒を鞄に入れ、学校へ向かう。
本来なら、30分後に家を出でるのだが、今日は違う。
学校へ行く途中、腕時計をみるとまだ時間に余裕があった。
私は、いつもと違う道から行こうと、川沿いの道を走ることにした。
川沿いの道の遠くに、一本の桜が咲いていた。
「きれいだな~。」
私はたまには早起きもいいかなと思いながら、その桜の木に近づく。
近づくと、桜の木の下に一人の女性が立ち止っている。
遠目ながら、「どこかのJKだろう」と考えていてると、段々近づいていった。
あれ?
背中まで伸びた長い髪の毛。
細長い手と足は、なんだか可愛く見える。
ちょっとタイプかもって思っていると、女性のすぐそばまで来た。
長い髪に隠れいてた顔がうっすら見える。
髪の毛には桜の花びらが一枚、ひらり。
朝の陽ざしに照らされて反射する、薄ピンクが女性を包む。
私の心の中も、ピンク色に染まる。
「時間よ止まれ」
何度も私は心の中でつぶやく。
しかし、自転車は止まらない。
無情にも私は、女性から離れていく…。
よし明日、同じ時間に、同じ場所にもう一度行って、今度は話しかけるぞ。
(時は流れ・・・・・・・)
あれから、私は何度も何度も女性と出会った時間に、川沿いに咲いた一本の桜の木の下に来てみた。
お陰で、早起きが習慣になってしまった。
だが、何年、何十年と…、一度も彼女に会うことはなかった。
桜の木を見上げるたびに、私は思うことがある。
ひょっとして私は、女性に恋をしたのではなく、このきれいな桜に惚れてしまったのではないだろうか。
おしまい。