魔物
街をしばらく探し回ったがペスの姿はどこにもなかった。街はしんっと静まり返っており、僕ら以外は誰もいない。胸の底でザワザワと恐怖心がわいてくる。
「おい、もう帰ろう。親父さんも心配するだろうし、こんだけ探しても居ないんだもうこの近くにはいないのかもしれないよ」
「うん、分かった…」
真っ暗な街中、そこに1件だけあかりが灯った場所があった。それを見つけたカミラはさっと走り出した。僕はその瞬間何故だか分からないがカミラがいなくなってしまうそう感じた。
「おい、カミラ!!」
「ジョージおじさん!」
そこは昼間に来た肉屋だった。遅れて中を覗くとジョージおじさんは肉切り台の前でなにかしている。
「おじさん!!」
カミラはもう一度そう叫んだが、何故だろうか反応がなくひたすらにブツブツと呟きながら右手に持った包丁を振り下ろしているのだ。
「ブツブツブツブツ……」
ダンッダン!!ゴリゴリゴリゴリ
その音はとても不快で、僕はゾッとした。
僕が止める間もなくカミラはそのまま店の中へ入るとジョージおじさんのもとまで駆け寄る。
「ジョージおじさん、ペスを知らない?いなくなっちゃったの」
真後ろからカミラが話しかけるがやはりこちらへ振り向こうとはしなかった。僕も後を追い中に入るとおじさんが呟いていた言葉が聞き取れた。
「あいつめ、噛みつきやがって…なんなんだよ、せっかく餌をやろうと思ったのに、ヒヒヒ、まぁもう痛くも痒くもないケド、ヒヒヒ、でも俺に噛みつきやがったんだ何されてももんくないやなヒヒヒ」
僕は瞬時に目の前にいるのはジョージおじさんじゃないと確信した。何かがおかしい、僕はおじさんが肉切り台の上で切っているものを目にした途端絶句した。
「うわっ!!」
「キャーーーー!!」
つい2人とも叫び声をあげてしまう。その上で切られていたのは行方不明になった、ペスだったのだ。2人が叫び声をあげた瞬間今までどんなに呼びかけても反応しなかったおじさんの手元がピタリと止まった。
2人は腰を抜かして動くことができない。おじさんはそのままこちらに顔だけぐぐぐっと向けると白目をむきヨダレを垂らしながらこう言った。
「ややや、やぁ2人とも、どどどうしたんだいこんな夜中に」
「ぺ、ペスが…おじさん」
「あ、ああああこれ、俺に噛み付いたからさ、殺しちゃったヒヒヒ」
「おい、逃げるぞ!!」
僕は我に返り、カミラの裾を掴んだ瞬間、おじさんがカミラの肩を掴みかかる。
「痛い!!」
「どこにいくのさぁ、もうすすこしゆっくりしていきなよヒヒヒ」
僕は近くにあった棒を咄嗟に拾い上げるとそれをおじさんの顔を思い切り叩きつけた。おじさんが一瞬怯んだ隙にカミラを手元に引き寄せる。肩からは爪がくい込んだのだろうか血が出ている。
「大丈夫かカミラ!!逃げるぞ」
僕が振り返ろうとした瞬間、おじさんがいきなり飛びかかってくる。
ガシャーンという何かにぶつかる様な音が辺りに響く。おじさんは僕の上に覆いかぶさり、右手にはさっきの包丁が握られている。右手の包帯は取れ、ペスに噛まれたであろう傷跡は、黒く変色し、何やらウジのようなものが沸いていた。頭からはさっき思い切り殴ったからだろうか、血が出ていたが気にする様子は全くなかった。
「ももも、もう帰るの?まだゆっくりしていけよヒヒヒヒヒヒ」
「くっそ!!」
押しのけようとするがものすごい力で身動きが取れない、カミラだけでも逃がそうと辺りを見回すがどうやらさっき突き飛ばされた衝撃でどこか打ったのか、店の隅で気を失っていた。
僕はもう一度棒を振りかざすと顔面目掛けて叩きつける。
バギっと鈍い音がする。
「痛い…いやぁ痛くないぞ、ヒヒヒ、ぜんぜんいたくなぁいー」
おかしい、明らかに常軌を逸している。すると、今度は右手にもった包丁を僕目掛けて振り下ろしてきた。
それを紙一重でかわしたが、掠めたのか耳が少し切れ鈍い痛みが走る。
「お、おおまえもペスみたいになりなよ」
再び振り下ろされた包丁を棒で受け止めるがもの凄い力で押し負ける。僕は死ぬのか…、カミラせめてお前だけでも逃げてくれ。
「しししし、しねぇぇ」
諦めかけた時、店のドアが開く音がきこえた次の瞬間、おじさんの首が床へと転がり落ちた。生暖かい血が僕の体に降り注いだ。
「おい、大丈夫かしっかりしろ!!」
見るとじいちゃんが立っていた。手には大きな刀を持っている。じいちゃんは僕とカミラを抱えると店を出て家に戻った。
「じいちゃん、俺、俺…、おじさんが急におかしくなって、2人とも殺されそうになって」
「分かっておる、あやつは既に感染していた。もはや人ではなくなっていた」
「おじさんどうしちゃったんだよ!!昼間はあんなに優しかったのに」
「魔物の仕業じゃよ」
「魔物…」
魔物なんておとぎ話かなんかだと思っていた。しかし、未だに震える手足が夢ではないことを語っていた。
「それより、お前怪我はしていないか?あやつに噛まれたり引っかかれたりしてないか?」
「ううん、包丁で少し耳が切れたけど特には…」
「そうか、なら良かった。あれは魔物、ブラックダストの仕業じゃ。何らかの原因で人や動物に感染し、次々とその数を増やしていく、1番厄介なやつじゃ、恐らく1番初めにペスに感染し、あの店主に感染したのだろう。しかし、広がる前に対処できた。あの店主の事は後でワシから説明しておく」
僕は安心したのと同時に何か忘れているような気がした。
「そうだ…カミラは!?」
「あの娘ならベットで寝かせておる」
「カミラ、あいつに引っかかれたんだ」
「なんじゃと!!」
急いでカミラの様子を確認する。カミラはうなされるようにもがいていた。
じいちゃんが右肩を確認する。傷跡が黒く滲み普通の傷跡ではないとすぐに分かった。おじさんの傷跡と同じだったのだ。
「これはいかん、感染しておる」
「そんな、どうするの?」
「残念じゃがここで感染を食い止めねば被害がさらに増える」
そう言うと刀を構える。
「待ってよ!!まだ間に合うかもしれない、なにか方法は!!」
「ううむ、間に合うかは分からんが、やってみるかの、感染が完全に進む前に腕を切り落とす」
切り落とす?腕を?カミラの腕を?僕は理解が全く追いつかなかったが考える暇はなかった。
「ベリルしっかりと抑えとくんじゃ」
僕はカミラを抑える、カミラはうなされるように暴れるが必死に押さえ込んだ。
次の瞬間、じいちゃんの刀が振り下ろされ、カミラの腕が床に落ちた。僕の顔にはカミラの血が飛び散る。
「痛い!!痛い痛い!!」
「ごめん、ごめん」
泣きながら叫ぶカミラに僕はそれしか言えなかった。
「すぐに止血じゃ」
暴れるカミラを抑えながらなんとか止血する事が出来た。
じいちゃんはカミラの腕を拾い上げると、「少し出てくる、外には出るなよ」と言い残し出ていった。