修理をします
「キリ、どう?」
「うん。ダイークは故障はエンジン部だけと言っている。何とかなりそうだ」
「OK。私も作業を開始する。早く終わらせようね」
汗が腕に滲む。
宇宙船の修理にミスは許されない。
万が一不具合があれば、それは修理屋の責任だ。
どんな理由があろうとも、引き受けた依頼を完璧にこなしてこそプロだ。
難しい宇宙空間での作業であっても、言い訳は許されない。
その緊張がキリを集中させる。
「ダイーク、異常があれば直ぐに知らせてくれ。どんな些細なことでもだ」
「了解です」
AIのダイークは間違えない。
ダイークに見つけられない故障は、キリ達に発見することはほぼ不可能だ。宇宙船のように複雑で繊細なモノであれば、全てを透視見ることはAIにしか出来ない。
キリの役割は判断を下すことだ。そして、実際に手を動かすこと。と言っても、判断を下すことは難しい。
ダイークは情報を与えてくれる。
けれども、命令はしない。
それは、ダイークは正しさを知らないからだ。
正しいか、間違っているか。
宇宙船の修理に正解はない。
数学の数式のように、綺麗な答えは期待できない。
ダイークに理由も動機もない。
ダイークは分析結果だけを示す。
だからこそ、完璧なダイークの情報は、キリの思考ベクトルを決めるためだけにある。
情報と判断は別物だ。
「キリ、休憩しようよ」
「そうだな」
宇宙服に取り付けられたタイマーは、キリ達の作業時間が2時間を超えていることを示していた。
キリ達は一旦ダイーク号に戻った。
「結構大変な修理だね。エンジン部だけに問題があると考えていたけど、他に故障している箇所がありそうだね」
「古い宇宙船だからな」
ダイークのアクセス情報によれば、故障した宇宙船は100年前に製造されたABCロケット会社の船だ。製造中止により、部品販売はもうない。
きっと、ABCロケット社に尋ねても、梨の礫だろう。
もうリアルでは誰も知らない、図鑑にしか存在しない、そういう類の船だ。
ブートの言葉を借りると、骨董品だ。
「修理が終えたら、廃棄したほうがいいかもな」
「修理相手の宇宙船のこと?」
「そう」
「エンジン部以外にもガタついているよね。でも、何とかなりそうじゃない?」
「今は何とかなっても、そう遠くない時にダメになるさ。修理部品は販売されてないし、エンジン部は偶然ブートから購入出来ただけ。次故障した場合、また修理したほうがいい、何て考えないほうがいいさ」
「“次”が来ないかもしれないから?」
「うん」
宇宙空間で、古びた技術が最新のそれに勝ることはあり得ない。
古いことがダメ、と言う訳ではない。
新しいことが正しい、という訳でもない。
新しいことに対応出来ない、そのことがダメだのだ。
常に技術がアップグレードされる宇宙空間で、遅れた技術の宇宙船が航行することは自殺行為に等しい。
「理由があるのかもしれないね」
「理由?」
「100年前の宇宙船自体珍しい船だもの。普通、アーカイブに残されているだけか、デブリ帯に沈んでいるよ。そんな宇宙船を使う訳があるのかもしれないよ」
「だからと言って、何時までも使い続けることは出来ないさ」
そう、寿命がある。
どんなに優れた宇宙船であっても、いつかは廃棄されなければならない。
それは、技術面で古くなった時の場合もあれば、ガタが来た時の場合もある。
100年は宇宙船の寿命として十分すぎる。
キリはそう感じられずにいられない。
「キリ。修理に戻ろうよう。あと一息で終わるはずだよ」
「そうだな」
キリはユイに手を引っ張られると、もう一度、宇宙服に着替えた。