接触しました
「こちら、キリ宇宙船修理屋です。応答願います」
「・・・聞こえいる。今、ハッチを開く。接舷してくれ」
電源は生きている。
エンジン部以外、正常に作動しているようだった。
「ダイーク、接舷して」
ユイの声にダイーク号が動く。
真空の宇宙区間では光が言葉を運ぶ。
光の振動だけが人を繋ぐ。
こうして宇宙空間で言葉が届く。
それは、本当は特別なことだ。
「ユイ、OK?」
「うん、ダイークは接舷完了と言っている。相手の宇宙船へ渡ることができるよ」
「了解。行こう」
いつも、二人で行動する。
宇宙船修理屋業を営み始める前も、始めた後も変わらない。
こうして二人で言葉を交わすと、上手くいく気がする。
根拠はない。
気休めに過ぎない。
けれど、大切なことだと思う。
依頼相手への接触は、何が起こるかわからない。
良い人だと、ラッキーだ。
悪い人だと、パンチを見舞いたくなる。
宇宙空間では信頼が大事だ。
けれど、相手を選べるわけでない。
だから、ユイの目を見る、意志を確認する。
「ダイーク、接続口を開けてくれ」
キリの声に接続口が開く。
接続口は空気で満たされている。
ただ、圧力に微妙な違いがある。
その違いに、耳奥がギュッとなる。
キリは、相手の宇宙船へ乗る前に、一言掛けた。
「こちら、キリ宇宙船修理屋だ。これから、そちらの船に乗る」
「・・・了解した。ドアは開けている。ドア側のスイッチを押してくれ」
こうした、ちょっとしたやりとりが大事だ。
キリ達も、相手も、了解の上だ。
面倒くさいことだ。
けれども言葉を交わすと、心が軽くなる。
きっと、相手の事がほんの少し知れるからだろう。
そのほんの少し、一ミリの接近が宇宙空間では重要だ。
ドアを開けると、相手の宇宙船員が出迎えていた。
「ありがとう。待っていた。この船のオーナーだ」
「初めまして。宇宙船修理屋のキリです。こちらはユイ」
キリとユイは、握手を交わした。
「遅くなりました。緊急依頼信号を受信してから24時間以上が経過しています。ご無事でしょうか?」
「ああ。この船には私しか乗船していない。船もエンジン部以外は正常だ」
「お一人、ですか?」
この船は中型に分類される。
一人乗りとしては大きすぎる。
「これから、仲間の場所へ行く所だった。地球から出発したが、いきなり制御不能になって困っていた」
船内は物で散乱していた。
強制停止クッションの衝撃で散らかったのだろう。
後で、謝らなければいけない。
「早速ですが、修理に取り掛かりたいと思います。残りの料金の支払いは、修理完了ごにお支払いをお願いします」
「分かっている。頼む」
キリ達は、修理代金としてその半分を事前に受け取った。
残り分は、仕事が完了してから受け取る事になっている。
緊急依頼の仕事は、請負側が有利だ。
キリはダイーク号に戻ると、修理作業に取り掛かった。
「ダイーク、この宇宙船のシステムとコンタクトしてくれ。故障箇所を洗い出してくれ」
「了解。コンタクトします」
キリとユイは宇宙服に着替えた。
エンジン部の修理は宇宙船の外部からしか行えない。
つまり、宇宙空間内での作業だ。
キリ達は安全帯を装着し、宇宙空間へ出た。
「いい人そうで良かったね」
「そうだな。話が早くて助かる」
「いつも、この船のオーナーみたいな人だと助かるね」
「商売だから、人は選べないさ。不満ばかり言っても仕方ないさ」
「私、パニックになってるかも、って思っちゃった。宇宙空間での宇宙船の故障はすごい怖いもの。それに、エンジン部の故障で身動きが取れないって、私たちのような専門業者以外にどうしようものないものね」
「分からないさ。あのオーナーは、俺たちと連絡が取れたからホッとでしているだけなのかもしれない。今は、仕事を終わらせる事だけを考えよう」
「そうだね」
ユイの気持ちは分かる。
宇宙船の故障は滅多に起こらない。
しかも、死に直結するような故障も珍しくない。
だから、依頼人は不安にイライラする人は多い。
冷静でいることは、宇宙船修理屋としてとても大切だ。