昔話し
昔、宇宙旅行中、宇宙船が故障した事があった。
宇宙船修理屋業を営む前だ。
エンジンが止まり、完全に宇宙空間に漂う状態になった。
船内用発電機は故障し、船内を制御するあらゆる機器が反応しなくなった。
空気は冷え、音もない。
食料はいずれ尽きる。
かろうじて、緊急連絡用通信機のバッテリーだけが生きていた。
キリ達は、緊急連絡信号を発すると、信号が受信される事を祈った。
キリ達が乗る宇宙船は二人乗りの小型船。
何千にも収容可能な大型船と違い、小型船に修理機能は無い。余分な食料も無い。宇宙航行のための機能だけしかない。
宇宙空間は寂しい。
バッテリーの残り時間は、地球単位で24時間。
バッテリーが尽きるのが先か、信号が受信されるのが先か。
身動き出来ないキリ達は、待つ事しかできない。
(私たち、このまま宇宙空間を彷徨うのかな?)
(分からない。緊急連絡信号は10光年先まで届く)
(10光年って、どれくらいの距離?)
(最新型の宇宙船だと、一週間ぐらいかな)
(最新の宇宙船でもそんなにかかるんだ。10光年ってすごい距離だね)
(誰か見つけてくれるよ。とにかく助けを待とう)
(うん、そうだね)
助けを待つ間、キリとユイは当てのない会話を続けた。
宇宙船が停止する。
こんな経験は滅多にない。
全ての宇宙船は自己修復AIを備えている。
宇宙船用自己修復AIは優秀だ。
あらゆる宇宙船の故障に対応する。だから、宇宙船に詳しくない素人が、宇宙旅行ができる。
人の手が必要な場面はイレギュラー。
想像外の出来事だ。だからこそ、深刻な状況に陥る。
キリとユイは助けを待つ間、ずっと言葉をかわし続けた。
他に、やる事がない。
時間を潰す。不安をまぎわらす。
理由はいくらでも思い浮かぶ。
真空の宇宙空間は不気味だ。
宇宙船の外は、死を待ち受ける世界。
美しさは心模様で変わる。
・・・1時間、・・・5時間、・・・10時間。
時間が経過する。
一秒、一分が早い。
緊張に身が強張る。
バッテリー残量は10分。
このまま誰にも気づかれない、キリはそう思った。
その時、緊急連絡用通信機が点滅している事に気づいた。
“ソチラニムカウ。マタレタシ”
一バイトのテキストメッセージが届いていた。
何光年先から送られてきた小さなメッセージ。
キリとユイは目を合わせた。
ホッとした。
ユイも同じ気持ちだったのかもしれない。
二人手をつないで、ぐったり倒れこんだ。
心臓が鳴っていた。
突然の宇宙船の故障に命が打った。
それに気づかないほど、緊張していた。
普段は遠くに感じる“死”が側に来た。
宇宙に生きると、日常的に死を耳にする。
けれども、自分が死ぬ、という事を考える事はない。
どうしてだろうと思う。
他人は他人、自分は自分、という事なのだろうか。
死は他人事。
けれど、ユイと手をつないで思う。
ユイの死は、耐えらない。
こうして、手をつなぐと強く思う。