ジャンク屋ブート
宇宙開発は2世紀前から本格的に始まった。
人は大昔から宇宙に憧れていた。
地球の空を見上げると、そこに宇宙が広がっている。
真空の空間。危険な場所だ。
けれども、誰にも支配されない空間でもある。
人々はそんな宇宙空間に夢を見てきた。
自由とか、永遠とか、無限とか。
人の憧れの全てが宇宙にある。
宇宙に見える恒星の光に惹かれる気持ちは抑えられない。
人々は、時には争いながら、宇宙領域を広げてきた。
地球圏の宇宙域は沢山のデブリ帯が漂っている。
デブリ帯は、廃棄された宇宙構造物が集まる場所だ。
長い宇宙開発の結果、膨大な量の廃棄物が宇宙空間に漂っている。
最新機械があれば、人の遺体もある。
デブリ帯は廃棄物が集積する場所であり、究極廃棄場と呼ばれる。
誰もデブリ帯を管理しない。
だからだろう、デブリ帯に価値あるモノが漂っている場合がある。
いわゆるお宝だ。
宇宙ジャンク屋は、デブリ帯からお宝を探索、収集、加工するこで商売している。
そんな彼らをゴミ屋と卑下する連中もいる。けれども、キリ達宇宙船修理屋にとっては、無くてはならない連中だ。
「相対距離、8m、5m、3m・・・接地完了」
自立AIダイークがジャンク屋に接地したことを告げた。
ダイーク号は自立AIによる自動操縦だ。
キリ達は行き場所を指示するだけで、操縦することは滅多にない。
「ありがとう、ダイーク。いつも時間通りで助かるよ」
「どういたしまして」
首の皮膚に埋め込んだ通信機から、キリはダイークの言葉を受け取った。
キリは、ダイーク号のAIを船の名前で呼ぶ。
AIを名前で呼ぶ人は珍しい。
AIは管理者を声、姿、態度などで判別する。間違えることはない。だから、管理者はAIを自ら区別する必要がない。
AIはシステムの一つ過ぎない。システムに名前は必要ない。
ただ、キリはダイークを名前で呼ぶことが好きだった。
理由はない。
キリ自身がダイーク号を修理する中で、自然と名前で呼ぶようになった。そんなキリを可笑しく思ったユイが言語機能をダイーク号に取り付けた。いまでは、ユイもダイークに話しかけるようになった。
「空気充填完了。気圧調整終了。ジャンク屋の入り口を開けます」
「了解」
ブート鋼材屋、今回世話になるジャンク屋だ。
キリ達が宇宙船修理屋業を営み始めてから、何度も世話になっている。
ブート鋼材屋はデブリ帯に店を構えている。
店自体がジャンク品を掻き集めて作られている。だから、知らない人からするとゴミ屋敷同然のような構えだ。
「お久しぶり、ブート」
「おう、久しぶりだな、キリ、ユイ」
棟梁のブートが玄関で待っていた。
キリは挨拶を交わすと、拳を軽く合わせた。
ユイも同じように拳を見せた。
宇宙で生きる者同士、信頼は大切だ。
ブートは、まだキリ達が右も左も分からない頃、初めて取引を行ってくれたジャンク屋だ。
宇宙空間では、一歩間違えば死が待ち受ける。だから、信頼も信用も無い者に人は厳しい。キリ達は腕に自信があった。けれども、宇宙船修理屋を開業をした頃は、名も無き自分達を誰も相手にしなかった。
ブート鋼材屋は最初に“対等”に扱ってくれたジャンク屋だ。
「早速だが倉庫に来てくれ。依頼品を用意しておいたぜ」
「さすがブート、仕事が早いな」
「がははは、ジャンク屋は暇だからな」
ブートの口癖だ。
“自由に生きたい、だからジャンク屋を営んでいる。“
キリ達が始めて出会った時、ブートが口にしたセリフだ。
”ジャンク屋なんて汚い仕事かもしれん、誰も尊敬しないかもしれん。でも、結構楽しいぜ。俺は暇が好きなんだよ。“
こんなセリフをブートは自慢げに言う。
初めて出会ったとき、キリは胡散臭い印象を受けた。ただ、その仕事を見ればブートが腕利のエンジニアであること一目瞭然だった。キリからしても、ブートが用意した修理部品は見事な出来だった。
そんなブートが、対等に扱ってくれる。
その事実が、キリにとって初めの頃は嬉しかった。