緊急修理依頼が来ました
“遥か未来がすぐ側にある!夢を掴め!前へ進め!生き方を選ぶ権利はあなたにある!・・・いつまで地面の上で暮らす気だ?空の上で生きるのが最新の暮らし方!フロンティアがあなたを待っている!宇宙生活を目指すあなら、是非ABCロケット旅行会社へご相談を!”
消し忘れたラジオが小さな船内部屋に聞こえる。
もう何年も同じ内容のCMがラジヲから流れている。
聞き飽きるほどだ。
ユイはボリュームを落とすと、寝袋に包まるキリの肩を揺らした。
「起きなさい!」
ユイの声に、キリは薄っすら瞼を開いた。
月明かりが足元に光っている。
地球圏に近づいているようだ。
「ユイ・・・もう少し、もう少しだけ寝かせて・・・」
「何言ってるのよ。キリが寝始めてから3公転過ぎている。そんな長い時間寝ていたら死んじゃうよ」
そう言うと、ユイは寝袋を引っ剥がした。
「ほら、起きて。窓に月が覗いてる」
キリは窓を見た。
月が間近に迫っていた。
宇宙生活、なんて言葉が流行ったのは100年以上前のこと。
その頃は、インターネットやテレビが人類の新しい生き方だ!と騒がしくしていた。人類が何千年もの間夢見た宇宙進出が可能になった。そのインパクトがあらゆる人を舞い踊らせ、夢見させた。
宇宙生活が身近になって一世紀。
今も、宇宙で生きる、という夢は続いている。
地球より未知に溢れる宇宙は魅力的。
繋がりすぎた地上は楽しくない。
そう思う人達が我先と地球を離れた。
それが宇宙時代の始まり。
電子ペディアで「宇宙時代」と検索すると最初に出る文章だ。
キリはラジヲCMを聞くと、この内容をよく思い出す。
自分の知らない時代の話。
自分が生まれる前の世界の話。
宇宙で生活するキリからすると、御伽話のようだ。
“今からでも遅くない!宇宙は昔も、今も、そしてこれからも人類のフロンティアだ!永遠の未開拓値が宇宙彼方に広がっている!宇宙を目指すなら今、今しかない!”
ラジヲのボリュームをを戻すと、またABCロケット旅行会社のCMが流れた。
地球圏だからこそ、聞く内容だ。
地球で生活する人へ向けたCMだ。
まだ、人類は宇宙に焦がれている。
宇宙育ちのキリには陳腐な内容だ。
もし、宇宙へ一歩を踏み切れない人が側にいれば、キリはこう言いたい。
宇宙は最高だぜ。
キリは、顔を洗うと食事部屋のドアを開いた。
世話ロボのミナが食事を用意してくれていた。
テーブルでは、ユイが食事を一緒に摂ろうと待ってくれていた。
「やっと来た。良く寝れた?」
「はわわ。ぐっすり寝た。地球では寝起きに何て言うんだっけ?」
「おはよう」
「おはようって、朝のセリフだっけ?。朝も夜もない宇宙だと言わないよな」
「昔は、宇宙でも使っていたらしいよ。“おやすみ”ってセリフも眠る前に言われていたらしいよ。でも、いつの間にか言わなくなっちゃったね。宇宙は地球と時間軸が異なるものね」
キリは鼻をクンクンさせた。
「この匂いは?」
「パンと卵だよ。さっき月から届いたんだよ。ほら、座って食べて。お腹すいてるでしょ」
「やった、遠慮なく頂きます」
「あんなに寝ていたんだもの。いつものことでしょ。寝起きのキリがお腹を透かすのは」
幸せそうに食事を摂るキリに、ユイは笑いながら言った。
ダイーク号は宇宙船修理専用船だ。
キリ達は、宇宙船の修理を商売にしている。
最近は、地球圏で仕事の依頼が増えている。
キリ達は二日前にSOS信号を受信した。
受信信号の色は緑、緊急修理依頼を示していた。
「部品の注文はどうだった?」
「馴染みのジャンク屋が新古品を回してくれたよ。さっき、受け渡しの連絡を受けたよ」
キリはパンの飲み込むと、頷いた。
宇宙ジャンク屋。宇宙のあらゆる資源を集める何でも屋だ。
危険を顧みず宇宙探索を行うことから、宇宙に生きる人間には頼りにされる。
彼らが集める物は、たいていガラクタ同様であるから、影では宇宙のゴミ屋と呼ぶ者もいる。
「最近多いよな、地球圏での修理依頼」
「地球から宇宙に出る人が増えているらしいよ。最近は宇宙船も安く手に入るし、手軽に宇宙旅行も出来るようになったからね。宇宙を知らない人が沢山来るようになったからじゃない?」
「増えている?」
「うん。私、宇宙船がすごく安い値段で売られているのを見たよ。初期型の中古宇宙船。そういう船に乗って宇宙に来る人達が多くなっているって、ニュースで話題になっていたよ」
「ボロ宇宙船かぁ。命知らずの連中だよな。宇宙の怖さを分かってない。宇宙は人に優しくないのに」
「そんなことを言っても仕方がないよ。ほら食事が済んだのなら、出かける準備をして。修理部品を受け取りに行かないと」
「了解」
キリは仕事モードに切り替えた。