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僕らの秘密は匣の中  作者: 湊歌淚夜
1/1

1.箱の内容物その1

『新人種、登場か』

政府の発表によると、人類総研から特殊人類という人種が発見されたとの報告を受けた。

資料によると「人間を主食とするスライム様の生物」という情報が開示されている。

発見した場合は人類総研や最寄りの警察に通報を義務とする旨の会見が昨日行われた。

(××新聞 3月25日 一面より抜粋)


そんな記事を見ながら美咲は胸を駆け抜ける不安を覚えた。

思えば夫の海良が未だ帰宅していない。

新人種は人を主食とする、そんな文言。

怖くて怖くてたまらなかった。


僕らの秘密は匣の中。

比翼連理という関係性に閉じ込められた現実味のない話だが。

浮ついた想いなんて言うのは様々な記述から見出すことができるだろうから、

僕は色恋沙汰に関して記述することを控えておきたい。


境江海良は夢心地のまま、ふらふらした様子で歩く。

足取りはまさに「千鳥足」といった具合で、通りを進んだ。

最近床屋にも行かず伸ばし切った蓬髪に目元のクマ、

まさに放蕩生活の産物とも呼べるであろうそれが海良の印象を奇妙に見せていた。

昨日はかなり妻の美咲と飲み明かしてしまったものだから、

二日酔いのせいか妙に頭が重い。

商店街は賑やかしくて頭に鈍い痛みが響く。

活気はどこからともなく湧き出してどこへともなく溶けていった。

街はいつまでもそこに賑やかしさを保つことに長けている。

そこに溶け込めない酔いどれの自分がふと硝子に投影された。

最も嫌っていたであろう父の面影を見出して

内蔵から何か熱いものがこみ上げられた。

酒で癇癪をおこして、家族を滅茶苦茶にしたあの男。

彼に結局逆らえないのかと思考を巡らせようとするも、

酔いのせいかうまく考えることができず単なる絵空事に感じられてしまった。

海良の妙な動きを見て、町行く人はぼそぼそと話し始める。


「あの人、かなり酔ってるわ」

「全く、若い子は元気でいいね」


そんな声が聞こえて、海良はじろりと二人組を見つめた。

どうやら買い物帰りなのか、小さい袋を持っていた。

主婦の奇異な目線がいたく気味の悪いものに感じられる。

二日酔いになるほど飲んだわけだから、そう眠れたような気はしなかったのだが

やはり目つきも相当悪くなっているのだろう。

見つめられた二人はそそくさと去っていった。


街を行く人々が何だか街の風景として表面的に馴染んでいるように感じて、

海良は自分すらここに「在る」のか分からないという

妄執に囚われてしまいそうだった。

狂気という網に絡めとられ、必死に足掻きながら世を憂う、

魚の乾いた眼で街を見る。

死人の目は大いに光を嫌い、景色を灰色に映した。

夢に憧憬を抱いている子供の様な輝かしいものなんて本でしか見たことはなくて、

空想の産物だと思い込んで少年時代を擦り減らしたから

輝いたものに今も嫉妬心を抱いている。


夜が街に溢れようと徐々に蝕んで行こうとしている。

逢魔が時の空はこの世を支配する、まさに

ノストラダムスの言う「恐怖の大王」の存在を匂わせた。

海良はそんな空を睨んで、軽くルサンチマンを呑み込んでから唾を吐き捨てる。

夜の街を逍遥するのは彼の日課であり、夜には薄れている恐怖と不安が雲のように滲んで見えていた。

                                              

だけどその日は何だかその雲はいつにも増して黒みを帯びていたような気がした。

海良はただ酔っているせいか、と鼻で笑い、通りをまるで踊っているかのように、

おぼつかない足並みで街へ消えていく。


夢心地なままに夜は明けていった。


目を覚ました太陽は、街を陽の世界へと誘った。

陰の世界は鳴りを潜めて、静かに陰に成り下がっていく。

朝が訪れ、夜までの虚しさとは似つかない静けさ。


その中、海良は眠っていた。

否、眠りについていたのだ。


青空に晒されても、目覚めることがない。


ぐったりとしている彼を通り過ぎて

何事かと通りかかる人が、彼を揺すり起こそうとした、その刹那のことである。

彼の身体はふとスライムのように粘液性のある液体に変容し、通りすがりの人を飲み込んだ。

まるで大蛇のように人を丸呑みにしてしまった。

その体の外形をなぞり、海良の姿へと変わっていく。


彼の居たところには人の形をしたミイラが転がっていた。

生きていればどんな人生を送っていたのか、想像するほど海良は感傷的ではない。

何かに対して執着が大いにあるわけでもなく、今の人生(というべきなのか、海良には皆目見当がつかない)もいつのまにやら忘れ去られることを知っていた。


「海良、こんなとこにいたんだな」

唐突にかけられた声に眉をひそめて、訝しがりながらその声の主を見つめた。

「どうせ、察してたくせに」

「そうだな、海良は単純だしな」

今しがた笑ったのは、海良の友人の花川涼香だ。

海良の生態に関して研究をしており、実際海良自身より彼をよく知っている。

スーツや制服を極度に嫌い、いつも私服に身を包んでいた。

彼女の日の透けた白髪は曰く「研究の副産物」と言う謂いをしてはいるけど、海良には妙に疑問であった。色素がない「アルビノ」というわけではないだろうし、と毎回そういったところに海良は思考を割いてしまう。

「何だよ……考えごとか?」

涼香は海良を軽く睨んでから、そっぽを向いた。

その横顔に、とある少女を重ね、雨に晒されたように虚無感を覚えてしまう。

「いや……」

上の空で答える海良を横目に涼香は呟いた。

「考え事……?ふふっ」


涼香はそれだけ告げると歩き出していった。

彼女の去り行くさまはまるで花びらの散り行くさまに似ている。

そんな気がして海良は溜息を吐いた。

                                            

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