第一章06 大神庄太郎VS姫川一輝
一輝は左打席でバットを構えた。それだけで分かる。一輝は噂通りかなりの強打者だと。
庄太郎は臆することなく振りかぶった。右足を上げ、力を指先に集中しながら腰を捻る。力強く踏み込んだ後、左腕を高々と上げてそのまま振り下ろした。
強いバックスピンのかかった白球はうねりをあげて風を貫く。
ーー速い!?
一輝はこれを見送った。
キャッチャーはこれを捕ることが出来ずにミットで弾いてしまい、球は監督の面へとぶつかった。
「あたっ! ちゃんととりなさいよ。面がなかったらおっさん死んでるよ」
「すみません。でも速すぎまして……」
キャッチャーが自信喪失していた。高校生のキャッチャーが中学生の球を獲れなかったことがショックなだけではない。正面からくる球に目で追うことさえできなかったのだ。
「最高だよ……お前……!」
一輝は今の一球だけで庄太郎は本物だと確信。強者との勝負を楽しもうとバットを構え直した。
「ターイム! キャッチャー交代! おっさん死んじゃう!」
堪らず監督はキャッチャーに交代を命じた。気の毒なことをしたかと庄太郎は一瞬思ったが、そんなことは今はどうでもよかった。
「いた、鳴海! ちょいとキャッチャーやってくんない?」
「はい」
鳴海と呼ばれた男は顔色変えずに返事をし、すぐにプロテクターをつけて交代した。
「悪いね、でも鳴海じゃないとダメそうでさ」
「構いませんよ。俺もあのピッチャーに興味でましたから」
鳴海は落ち着いた口調で丁寧に話す。しかし眼が鋭いため庄太郎には少し怖い印象を受けた。
「おっさん、ちなみにさっきのカウントは?」
「ストライクだね。そんなの一輝もわかってるっしょ?」
「確認しただけさ。ちゃんと見えていたかをな」
「なっ……!? おっさん元高校球児よ! バカにしちゃいけないよ!」
「わかってるって。だからこいつとの勝負の立会いを頼んでんじゃねぇか……」
一輝は庄太郎を睨んだ。その視線の先にいる庄太郎は鳴海とサインの確認をしている。
「お前変化球は?」
「今のところ自信があるのはスライダーだけです」
「分かった。本当に俺の要求通りのピッチングでいいんだな」
「はい。よろしくお願いします」
庄太郎は深々と頭を下げた。その姿を見た鳴海は目を丸くする。
「俺とあいつの勝負だから投げた球をとってくれればいいとか言うと思ったんだが……」
「いえ、マウンドでは一人でも、野球は一人で戦っている訳ではないですから」
鳴海は庄太郎の姿勢に感心している。その表情からきっと一輝が無礼なために中学生への印象が悪かったのだろうと感じた。
「俺は鳴海蒼都。ここの正捕手だ」
「大神庄太郎です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな。あのクソ生意気なガキを一緒に倒すぞ」
鳴海は目つきは怖いが優しい人だと思った。人は見かけによらないってこのことなんだと庄太郎は実感した。先程のキャッチャーとは違い、丁寧な打ち合わせをしてくれて嬉しかった。
「そんじゃ……プレイ!」
勝負再開。姫川は真剣にバットを構える。鳴海が要求したのはインコース高めで外した球。ぶつけても構わないと言いたげなサインであった。
庄太郎はコクリと頷くと全力で投げる。うねりをあげた球はボールとなるが鳴海はこれをしっかり捕球。監督は自分に球がぶつからないことで思わずホッとし、一輝は少し仰け反っていた。
「鳴海先輩は俺に恨みでもあるんですかね」
「別に……」
この球はあきらかに鳴海の要求だと一輝は分かった。顔面近くへ投させることで速球への恐怖と動揺を誘おうとした。
「ま、四球は勘弁してくださいよ」
一輝は気を取り直してバットを構える。先ほどより空気が変わった。まったく動揺などしていない。
庄太郎は呼吸を整えて再び集中。鳴海の要求に頷いて全力で投げた。
その刹那、金属バットの音が響き渡る。
一輝はバットを豪快に振り抜いて白球を捕らえていた。そのスイングはマウンドへ届きそうなほどの風圧。打球は左に逸れてファールになったが、もう少しでホームランであった。
「クソっ……ちっとばかし振り遅れたな。よし、次!」
「やらせるかよ……!」
庄太郎は再び速球を投げる。外側ギリギリのコース。一輝はこれをバットで弾いてファールにする。
「チッ……重いな……」
「こいつ……やっぱり強い……」
ここの野球部はみんな一輝の実力を認め、怪物と呼んでいたが、それを追い込んでいる庄太郎にもこう呼ばずにはいられなかった。
「こいつもまた怪物か……」
二人の怪物の戦いに、ギャラリーは生唾を飲んで見守っている。
「二人ともがんばれー」
マネージャーの詩織だけは声援を送った。
二人に緊張が走る中、庄太郎は振りかぶり、一輝はバットを少し引いた。
庄太郎は足を踏み込み、全身の力を集中させた球を放つ。
「なっ……!?」
初めて投げた変化球。これで三振してくれればと投げたが、ギリギリのところでカットされた。
「あっぶねー。なかなかのスライダー投げるじゃねえか」
「しぶとい奴だな……!」
庄太郎の気迫がより強くなった。あの最後の試合以来のマウンドと対峙する強者が気持ちを高ぶらせる。
一輝もよりいっそう集中力を増した。
次で打つ。
次で三振にする。
『ーー次で勝つ』
お互いの意思がぶつかり合う中、庄太郎は大きく振りかぶった。
右足を踏み込み、体をひねり、左腕を振り下ろす。
放たれた白球がうねりをあげて走る。
一輝は力強くバットを振り抜いた。
軽快な金属音が響いたその瞬間、打球は庄太郎のグローブを弾いてマウンドの横に転がっていた。
「俺の……勝ちだ!」
一輝は勝利宣言をした。
「いや、あれはピッチャーゴロだろ。俺の勝ちだ」
庄太郎も自分の勝ちだと主張する。
「俺の足なら内野安打になる」
「いや、俺の肩ならアウトにできるって」
「いやいや、そもそも打った俺の勝ちだろ」
「いやいやいや、アウトになったら打者の負けだろ」
「まぐれでグローブに当たっただけで何言ってんだ」
「は? まぐれじゃないからね。俺の動体視力が成した結果だからね」
マウンド上で口論する二人に監督が止めに入った。
「まあまあお二人さん、ここは引き分けってことにしようじゃないか」
監督はすでにアンパイア面等を脱いでいた。重かったのかだるかったのか、地面に放置してある。
「おっさん、高校野球に引き分けはねーよ。勝つか負けるかだ」
「そうっすよ 」
「いやお前さんたちまだ中学生だから」
監督は頭をぽりぽり掻いて困り顔をしている。
「えっと、大神だっけ? 君は何処から声かかってるの?」
「いえ、俺は何処からも声はかかってないです」
監督は驚いた。これほどの選手を放置しておくのかと。
「おっさんこんなことを言うのはまれなんだけど、よかったらウチにこない?」
「えっ?」
「スポーツ推薦枠が残り一つ空きがあるのよ。おっさんスカウトかめんどくさいし……ほら、来るもの拒まず去るもの追わず主義って言ったじゃん? もちろん貴重な推薦枠は考えるけどね。君が良かったらでいいんだけど」
庄太郎は驚愕した。まさか自分を認めてスカウトしてくれる学校が現れるなど思っていなかった。
「俺なんかでいいんですか?」
「なーに遠慮してんだ!」
陸斗が横から現れ庄太郎に肩を組んだ。
「お前なら大歓迎だよ。なっ、鳴海」
「ああ。姫川よりずっといい」
「やっぱ俺、なにか恨まれてます?」
「別に。ただ後輩らしからぬクソ生意気な態度が鼻につくだけだ」
「入学したら謙虚になりますよ」
「どうだか……」
庄太郎はこの野球部の雰囲気が心地よかった。
ここなら、ここでならきっと自分はもっと強くなれる。楽しい野球ができる。そう思うとワクワクが止まらなかった。
「俺、ここの野球部に入りたいです」
庄太郎は自分の道をここに決めた。自分を必要としてくれることが何より嬉しい。
「そんじゃロッカーとか用意するから適当に練習参加していいよ」
「あの、今は静岡に住んでまして、来年の三月末くらいにこっちに引っ越してきますから、それまでここにはこれないです」
「そうなの? おっさん残念」
「すみません。四月からよろしくお願いします」
庄太郎は礼儀正しく頭を下げた。
「ショウ、四月からよろしくな」
一輝は庄太郎のことを呼んだ。
「ショウ?」
「しょうたろうは呼ぶのに長ぇ」
「確かにな」
二人はハイタッチしてこの学校での再開を約束した。
怪物と呼ばれた同級生の打者。めんどくさがりだけど生徒を思いやる監督。努力を惜しまない優しい先輩たち。美人なマネージャー。
たった一日だけの東京視察で沢山の出会いがあり、これからの未来に希望を持った。