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青色に誓った約束の光 〜高校野球青春物語〜  作者: 神山ギン
第一章 大神庄太郎 中学編
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第一章04 不敵な男

 8月下旬。図書館で勉強した帰りに玄関をあけ、リビングに向かうと両親が食卓についていた。父親がこの時間にいることは珍しいため不思議に思った。


「庄太郎、ちょっと座りなさい」


母親が呼んだ。なにやら空気が不穏に感じる。


「何?」


見に覚えはないが悪いことをして見つかったのかと不安になっている。しかし父の発言がそれを一蹴した。


「転勤になった」

「……は? どこに?」

「…………東京」


衝撃だった。突然すぎて言葉がでない。


「三月に引越しをするからそれまでに荷物を整理しなさい」

「いやちょっと待って、もう確定なのか?」

「すまんな、でも左遷じゃない。出世だからな」


 負けず嫌いの父は自分に非はないと中学生の息子にはまだよくわかってない見栄をはる。そんなことはどうでもいいのだ。


「……それじゃ、志望校検討し直さなくちゃな」

「いいのか?」

「いいも悪いも仕方ないだろ。家族なんだから。それに俺一人じゃ生きていけねえよ」

「すまんな」

「あやまんなよ。出世なんだろ」


 庄太郎は自室に戻ろうと立ち上がった。まだ心の中はモヤモヤする。いろいろなことを整理するにはまだ時間がかかりそうだ。

 部屋に入ると鞄を無造作に置いた。ふと壁に目をやるとコルクボードにチームメイトのみんなと写っている写真が何枚も貼ってある。辛いこともあったがいい思い出ばかりだ。できることならまた彼らと野球がやりたいと思っていた。


「仕方ない……か……」


先ほどの自分の発言を振り返った。あれは自分を言いきかせる言葉だったと。


 庄太郎は志望校の検討をし直した。親が新築のマンションを買うことを決めてからそこから無理なく通えそうな所をインターネットで探した。とりあえず一番近いところをクリック。紀柳学院きりゅうがくいんという学校であった。


「聞いたことない学校だな……」


 甲子園への出場記録はない。しかし夏の予選結果を見ると弱小でもないようだ。ベスト8に入っているいわゆる中堅校。

 名門や強豪校へ進学を考えてたが、有名なところは引っ越し先から遠くて通いづらい。それに有名なところは推薦枠だけで埋まっていて、一般からは入部できない決まりもあると聞いたことがある。そう考えるとこの学校はちょうどいいのかもしれない。


「東京の学校ならここで決定かな……」


 そうと決めてから庄太郎の行動は早かった。次の日に新幹線で東京へ向かい、スマートフォンからの情報を頼りに紀柳学院へたどり着いた。

 敷地が広く外観が綺麗。中に入るのはなんとなく忍びないのでグラウンドの見える裏へ回ってみた。

 近づいてみると野球の硬球が金属バットに弾かれる音が聞こえてくる。庄太郎はそっと近づいて練習風景をながめた。全体的ではなく、各々が自由にやっているようだ。

マシンを使った打撃練習。グランドでのノック。走り込み。

 その練習姿に身震いするほどの気迫が伝わってくる。


「すげぇ……!」


 高校野球の練習を見るのは初めてだったのだが、それでも中学とは比べものにならないことは分かる。

 庄太郎は食い入るように見ていた。


「おもしれぇだろ、ここの野球部」


 庄太郎のすぐ後ろから声がした。振り向くと黒い髪を肩まで伸ばした背の高い男が不敵に笑っている。まるで自分のとっておきを自慢するかのように見えた。


「進学校なんだけどよ、設備も揃って練習も充実してる。今の二年からかなり強くなったんだぜ」


 不敵な男は大神の隣にくると顔立ちが整っているのがよく分かる。初対面にもかかわらず気さくに話しかけてきたこの男は、直感であるがモテるやつだろうと庄太郎は思った。


「そいつはすげえな」


 本当は知らない土地で人と関わりたくなかったが、あきらかに庄太郎に向かって話していることがわかり、言葉を交わしてみた。


「だろ? 選手もみんなのびのびやってるようだし、ここで野球やったら楽しいと思わねえか?」

「そうだな。甲子園行けるかわかんねえけど楽しく野球ができて強くなれそうだな」

「は? 甲子園に行けるかわかんねぇ……何言ってんだ?」


 鳩が豆鉄砲くらったような顔とはまさにこのことと言わんばかりの驚いた顔を見せたあと、口元を閉めて、大胆不敵に笑った。


「来年俺がこの野球部入るから、甲子園にいけねぇわけねぇだろ」


 さも当然かのように言い放った。いや、きっと彼は自分が野球をやる上で甲子園の地に行くということが当たり前のことだと思っているのだろう。だとすると、よっぽどの実力者か虚言癖があるのだと庄太郎は考えた。


「お前も野球やってんだろ。ピッチャーか?」

「ああ、ピッチャーだ」

「やっぱりな。身体つきがあいつにそっくりだ」

「あいつ?」

「気にすんな、元チームメイトだ」


 元という言葉に少し引っかかった。その人とは親しい間柄に感じだが、今後共に同じチームでやるつもりはないのだろうかと。


「そういや名乗ってなかったな。俺は姫川一輝ヒメカワイッキ。来年この野球部の即レギュラーで5番サードになる男だ」

 姫川一輝はやはり相当な自信家だ。初対面の男に人が聞いたら笑いそうなことを平然と言ってのける。その姿に庄太郎は少し痺れていた。


「俺は大神庄太郎。エースピッチャーになる男だ」


姫川一輝に負けじと言い放ってみた。


「いいねぇ、もう少し謙虚なやつに見えたけどよ」

「あいにく俺にも譲れないものはあるからな」


 野球だけはもう誰にも負けたくなかった。だからこそ毎日力をつけてている。もうあんな思いをするのは嫌だった。


「なあ、ちょっと付き合ってくんね?」

「どこに?」

「この中」


一輝は野球部の練習場を指差した。その動作に一瞬であるが虚を衝かれた。


「……はっ?」

「よし、入るぞ」


 庄太郎が静止する間も無く、扉を開けた。


「なにやってんだ、早く来いよ」


 一輝に手招きされて庄太郎は後をついていった。


ーーなんとかなるだろ。


 本当はただ遠くから眺めて様子を見るだけのつもりだった。より 近くで見れてラッキーと思いながら着いていく。

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