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  作者: 多摩川
滅魂編 第一章ヤマト、イズモの女
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一章 第九話揺れる定め

―この日より二日後、美和山。


ウェイ人の信仰では、大地に転がる無数の巨石の幾つかには神が宿る。

特に霊山の山頂にある大岩は、多くの人の信仰の対象として特に大事にされていた。

この神の宿る岩を“岩座(いわくら)”と言う。

特にヤマトの人々の信仰を集めていたのが、大市近郊の、美和山にある岩座だ。

イズモの国主(きみ)が、広大なアキツ島を治めていた時代に、英主ヤチホコノミコトがイズモからお招きした、オオヌシの神の岩座(いわくら)が此処にある。

イズモが覇権を失った今も、美和山はヤマトの守り神として、変わらず(あつ)く人々に敬われていた。



この日イサゼリは、供をするというコムクリの申し出を断り、一人この美和山を訪れた。

元々イズモと縁の深い聖域故(ゆえ)、突然の訪問でも邪険にされず、イサゼリは(ふもと)にある一軒の高床式の宮殿に通される。

案内された先には、一人の斎服(神官が着る服)を(まと)った老婆がおり、やってきたイサゼリに声をかけた。

老婆は美和山の大巫女、名はミワノクラトメと言う。


「イサゼリヒコ様、よくぞ参られました」

「ははぁっ、大巫女様におかれましても、お変わりが無く……」

「おほほほ、イサゼリ様も口が上手いの。

さて、イサゼリ様……本日はどのようなご用件で参られましたか?」

「大巫女様、実は面白き男をヤマトの(うみ)()で拾いました。

そ奴はムクリとヤマトの合いの子でございまして、18年前美和山の占いで死を免れたと申しております。

……ムクリとの合いの子なぞ、世の中に(いく)人も居無い物。もしやご存じであるかと思いまして話を伺いに来た次第」

「ムクリの合いの子かえ……ああ覚えて居るとも。

あの時の赤ん坊は生きていたのか……

随分と運命が強い、生口となった後、話をとんと聞かなかった物で、あの子供はもう死んだのかと思っていたが……」

「やはり大巫女様はその者をご存知でしたか?」


イサゼリは18年前の事が知りたかった。

なので(賢明な大巫女様なら覚えているのではないか?)と考えた末、今日訪問したのだが、どうやらそれは正しかった。

願った通り、どうやら当時の事情を知っている人間に出会え、イサゼリの表情が明るくなる。

ソレを見る老婆は、静かにイサゼリに微笑み「なかなか面白き運命(さだめ)の赤子だったゆえに、忘れられぬのですよ」と言った。


「やはりあの赤子が生きていたのですね。

……神々がソレをお望みなのでしょう」


大巫女はそう言うと、慈愛に満ちた目をイサゼリに向け、こう尋ねた。


「あの赤子は、どのような人間に育ちましたか?

そしてイサゼリ様から見て、その者はどんな人間に見えますか?」


尋ねられたイサゼリは、僅かに塊の様な唾を飲みながら答えた。


「知恵はある様に見えます、それと同時に禍々(まがまが)しき力を秘めております。

ですが性根がそれほど悪いとは思えませぬ。

……何やら複雑な性分です。

貴人を敬う事を知りながら、鬼と化したオオワニヒコを倒すのに、何も躊躇(ためらい)を見せず討ち取って見せました

小心者でありながら、非常に勇敢な男に思えます」

「ほほほほ……ヤマトの(うやうや)しさとムクリの残虐(ざんぎゃく)を共に持ち合わせる……

合いの子であるなら、それも当然でありましょうかな」

「そう言うモノですか……」

「ウム……その者の名は?」

「コムクリと申します、今は私に仕えております」

「そうですか、判りました。

ところで今日は何を我に尋ねに参られましたかな?」

「はっ!私の未来についてです。

彼は私に何をもたらしましょう?

そして……アワジにおわす大王(おおきみ)にとって、彼はどう言う存在でありましょうか?」

「大王?なぜそのような事を……」

「ハイ、どうやらあの男は大王の傍に仕える者を良くは思っていない様子です。

もちろん私は大王に仕える者、あの男が大王に危害を加えると言うなら彼を殺さねばなりませんが、どうしても気になるのです。

そもそもなぜ大巫女様は、18年前赤子をお助けしたのでしょう?

それにどうやら男は我らイズモ衆と縁が在る者の様です。

何か神の意志に手繰(たぐ)られた運命がそこにあるのではないかと、私には思えてしかたが在りません。

知りたいのです、どうしても……

そこで是非ともオオヌシの神様の御意志を確認したく、此処に伺いました」


言葉と共に頭を下げるイサゼリ、それに応えて大巫女のミワノクラトメは「顔をお上げ下さりませイサゼリ様。良いでしょう占いをしてみましょう」と答えた。


是非(ぜひ)とも教えて頂きたく」

「ええ、まずはであなた様の事を占って差し上げます」


やがてこの老婆は幾つもの木々の枝を服の袂から出すと、空にそれらを放り投げ、床に散らばる木々の様子や配置を見て、首をかしげてこう言った。


「コレはどう言う事でございましょうか。

先祖があなたに災厄を下げ渡したが、その災厄があなたを助けるとあります。

コレは試練と、訳すべきでしょうな……

そう言えば人づてに聞きましたが、貴方様はこの前、スワの(うみ)で倒れました、タケミノ方様の縁者を家臣に迎えたと聞きました。

もしかするとこのコムクリが?」

「そうです、それがコムクリです」

「なるほど、それなら彼はあなた様にとって悪い存在ではございませぬな」


大巫女はソレを言うと自分の背後に座っている、まだ若い巫女に「結び目で18を示す籠を持っておいで。(ふと)(まに)をしたものだよ」と命じた。

鹿の骨を焼き、その時にできる(ひび)町形(まちがた)と言う)の形を読み解いて、対象者の事を占いをする事を“(ふと)(まに)”と言う。

古来より続く由緒ある占いの方法だ。

大巫女の言葉と共に動き出した若い巫女は、時をおかずして焼かれた鹿の骨の詰まった籠を、大巫女に差し出し、受け取った大巫女は一つの鹿の骨をイサゼリの前に(さら)した。


「おそらくこちらですな、あまりにも特殊な子供だった故、普段は使わぬ大きな骨で、町形(まちがた)を読み解きました故」

「こちらですか……」

「この町形によればこの子供は、死に愛される、人の縁は薄い、されど待ち人は在り。禍々しき心根はあれど、待ち人に逢えば、凶事より人を守る。

……そのように私は見ました。

そしてこの子供が死ねば、災厄は栄えると」

「災厄ですか……それはどのような」

「そこまでは見えません、ただこの子はオオカミの様な存在と思われました」

「大巫女様、コムクリは災厄から人々を守るのでしょうか?」

「そこまでは判りませぬ、ただオオカミは家族を愛します。

その猛々しさも家族を愛する故とも言えます、また山を支配する神です。

イサゼリ様がなさりたい事に、そのコムクリと言う者が必要ならば、是非とも冷たくはなされませぬよう……

愛が狭く、また深い物はひどく人を怨む事がございます故……」


イサゼリは黙って、頭を下げた。

イサゼリには彼がオカミと言われた事に少し戸惑った。

犬と言うよりヤマネコの(たぐ)いだと思っていたからだ。

頭を下げた事で表情を隠した、イサゼリに大巫女は「次はあのコムクリとか言う者じゃ……」と、言い。再び大巫女は木の棒を投げた。

すると、大巫女は何故か首をかしげ、再び棒を手元に集めると、今度は幾度も投げた。

やがて老婆は何回も棒を投げた後「なんじゃこれは……」と呟く。


「大巫女様いかがされましたか?」


占いの結果を読み切れない様子の大巫女にイサゼリが心配そうな表情で尋ねる。

やがて大巫女ミワノクラトメは。首をかしげながら恐るべきことを言った。


「コムクリと言う者は……大王(おおきみ)に災厄をもたらす、しかしアキツ島を助けるとある……」

「まさか、あの者が大王を……」

「しかし大王を助けるとも読める。

一体どう言う事じゃ?見当もつかぬ」

「大巫女様、もっとはっきりと判らぬのですか?」

「判らぬ……このような事は初めてじゃ。

移ろいやすい運命を抱いているのかもしれぬ。

幼子の時より、私をひどく(まど)わせていたが、やはり長じてからも私を悩ませる」

「大巫女様、私はどうすればよいでしょう……

その言葉を聞き、私はさらに悩みました。

あの男を私はどう扱えばよろしいのでしょう?」

「……様子を見た方が良いでしょう」

理由(わけ)をお聞かせ願いますか?」

「オオカミは犬と違い、くびきを嫌います。

その為くびきに(とら)われた家族を取り返す為ならば、人を襲う事が在りまする」


大巫女の口から“くびき”と言われた時、イサゼリは思わず心臓に衝撃が走った。

思わず黙るイサゼリ。

その様子を見ながら、大巫女は静かに言った。


「何かに“捕われる者”にとっては、彼は頼りにもなりましょうな……」


イサゼリは言葉を発せない、心を見透かされている様な気がして思わず黙りこくる。

そんなイサゼリに、大巫女ミワノクラトメは、優しく微笑みながら言った。


「イサゼリ様、貴方をこのヤマトに押しとどめていたくびきは間もなく、消えて無くなります」

「え?」

「イサゼリ様……あなたの本心は、此処にはありませぬ。

お父上に逢いたいのでしょう?

イズモにおわす、実の父親に……」

「そのような事は母が許しませぬ。

それに私を育ててくれたオオシバヒコにも申し訳が無く……」

「イサゼリ様、オオシバヒコもキヌカワノ巫女もあなた様の本心には気が付いています。

いずれその話もありましょう、もしかしたらその時、コムクリとやらが役に立つやも知れませぬ。

イサゼリ様、後少しの辛抱です」


イサゼリはソレを聞くと、抑え込んでいた感情を涙に変えて頬に流した。


「父も、母も全ておわかりでしたか……

申し訳が無い、本当に申し訳が無い」

「ええ……」

「15年前、イズモがヤマトの国主では無くなった時。

私は重い病にかかり、置いて行かれました。

不憫に思ったオオシバヒコと、キヌカワノ巫女が私を子供として引き取り、明日死ぬかもしれない私を看病してくれたおかげで、今私はこうして生きております。

その後も面倒事ばかり起こす私に、二人は愛を(そそ)いでくれました……

ですが、私はどうしても、一目父にお会いしとうございます」

「分かって居ます、判って居ますとも」

「私は恩知らずではないでしょうか?」

「大丈夫。あなた様はイズモ大国主(きみ)ホズミノミコトのお子様、ヤチホコノミコトの末でございます。

何時までもこの様な所にいて良い筈はございませぬ。

あなたは被官の娘では無く、国主(きみ)の娘。

神の子孫なのです。

オオシバヒコもそれは判っております。

ふさわしき場所に行かれませ……」


イサゼリはソレを聞くと頭を下げ、涙でこもる声で言った。


「かしこみ申す、かしこみ申します!

有難うございます、悩みが晴れました」


イサゼリはソレを言うと謝意を述べ、そしてこの場を立ち去った。

残った大巫女ミワノクラトメは近くにいた、若い巫女に言った。


「この事は他言してはなりませぬよ」

「かしこまりました」

「しかし、タマキには伝えておく必要があります」

「兄にですか?しかし……」

「嫌かえ?」

「いえ、そのような……

(しか)し兄はイサゼリ様や、イズモの方を嫌っております」

「ふむ、困ったことよの」

「イズモの人間にそこまで肩入れするのに、兄は決していい顔は致しませぬ」

「あの男ならそう言うであろう。

しかし話だけは通しておくれ、いずれはあの男に助けてもらわねばならぬのでな」

「かしこまりました、間もなく冬になり道は閉ざされます。

春になってからでもよろしいでしょうか?」

「ああ、もう秋も終わりでしたね。

時が足りぬやもしれぬ、どうも太市はひと波乱が起きそうな気配。

今回はタマキをモモカヒメに引き合わせるのは無理かもしれぬな」

そう言って、大巫女ミワノクラトメは長い溜息を吐いた。



――同日夕刻、オオアマミノミコトの宮殿


夕方の赤い光が柱の影を長くのばし、板の間に彩りを加えた、そしてその空にカラスが帰宅を告げる様に泣き喚く。

その声を聞きながら二人の男女が絡み合い、そして吐息を高ぶらせては、愛を言葉少なに語り合っていた。

男の方は、オオアマミノミコトである。


「知らなかった、この様な……まさかこのような」

「ふふ、アヤの国ではこのようにして男女は(むつ)みあうのです。

気に入りましたか?」


アヤの国では房術という、色事にも技術を駆使した技が在る。

体の姿勢、掛ける言葉の種類、その他も含め、その奥義は深い。

まるで野獣の様に貪ることしか知らなかったオオアマミノミコトは、腕の中に居る女の巧みな手練(てだれ)に翻弄され。味わった事が無い(たか)ぶりと、体から力の全てを抜きとる様な、激しい快楽に放心した。

オオアマミノミコトは思わず「ああ、何も知らなかった……」と呻いて意識までも、快楽に白濁させる。

……その姿は警戒心も無く、そしてうかつにも無防備であった。

組伏せられた女は力を抜き、覆いかぶさるような姿勢の、オオアマミノミコトの耳元で「かわいいお人……」と甘い声で囁く。

やがて彼女は優しくオオアマミノミコトの髪をかき分けながら彼のうなじに爪を立てた。


「ミコト様……

セキオン様は大変ミコト様を敬っております、おわかりですね」


次の瞬間、うなじに立っていた女の爪が、深々と血も流さずにオオアマミノミコトの中に沈んでいく。

オオアマミノミコトはその様子にまるで気付く事も無く、まるでうなされる様に。


「ウム、判っておる。セキオンは私に良き事を教えてくれる。

彼は頼りになる男、信用もできる」と呟いた。

女は言う「そうですオオアマミノミコト様、そうおっしゃっていただかなければ。キビから此処まで来た意味がございませぬもの……」

その声を聞くオオアマミノミコトは、まるで人形の様な表情を浮かべそして静かに頷いた。

女はかつてオオワニヒコと居る時に面会したあの、キビの使者である。

彼女はニタッと邪な笑みを浮かべてオオアマミノミコトに言った。


「ミコト様、この国では真金(まかね)(鉄)も、金(青銅)も取れませぬ。

キビは敵が多く、自分達を守る為にも武装しとうございます。

ミコト様……双神山の石を私たちに下さいませ。

金も石も無ければ槍も作れませぬのです」


オオアマミノミコトは焦点の定まらぬ目で、頷くと「もちろんだ、あの山は私からキビのセキオンに贈ろう」と呟いた。


「まぁ嬉しい、ありがたく頂きます」


女はソレを言うと、静かにうなじから爪を抜き、そしてオオアマミノミコトの頭を抱きかかえるとその頭を愛おしそうに撫でた。


撫でられるオオアマミノミコトは、まるで赤子の様な表情だった。


これにて第一章は終わりです、コレはヤマト編の前章でもあります。

読んで頂きありがとうございます。


気軽に突っ込んで頂いて・・・いいんですよ?

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