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  作者: 多摩川
滅魂編 第一章ヤマト、イズモの女
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一章 第八話我は穢れた鬼になりたい・・・

―オオワニヒコが死んだ日、ワニ氏の館


オオワニヒコは、死体となっても館に帰る事は無かった。

人間が恐ろしい姿に変身したという異常事態に、様々な神官や巫女、古来の事に詳しい語り部や長老等が招集され、現在調査にあたっている。

この日の夜、人目をはばかる様にワニ氏の一族がオオワニヒコの館の中に集まり、今回の事を話しあった。


「オオワニヒコ……なぜこのような事に」

「馬鹿な!オオワニヒコはミコト様を支える重臣である。

鬼になったなど、この目で見るまでは到底信じられるものかっ!」


昼間起きた事件の報告をする家臣に、一族の面々は、嘆き、またある者は怒りに満ちた声を上げた。


「間違いはございません、オオワニヒコ様は異形の姿となりおおせ。

フワノカタルベ様を食い殺し、オオアマミノミコト様にも襲いかかった所を、イサゼリノモモカヒメが家臣、イヌカイタケルに討ち取られました!」

「馬鹿な!」


ワニ氏の大人が信じられないと言う思いで絶叫する。


「何故オオワニヒコは、そのような事をするのだ!

あのイズモ女に利が有るだけではないか!」


確かに普段のオオワニヒコならそのような事はしない。

だがあの時のオオワニヒコは普通では無い、鬼に食い殺されつつある中で裁判に臨み、狂気に心を蝕まれている最中だ。

だが鬼の存在を知らないワニ氏一族は、違和感のみを共有して、この場で議論を重る。

言葉も出尽くした後、ワニ氏諸氏の言葉に、長老であるオノノワレムロは、威厳のある声で言った。


「もうよい!

オオワニヒコが何故乱心したのかは今は後にせよ!

それよりもワニ氏全体の事を考えねばならぬ。

本家総領のオオワニヒコが死んだ今、ワニ氏は、急ぎ次のワニ氏長者(当主)を決めねばならぬ。

そもそもワニ氏がこの機に潰される事も十分にありうるのだ……

無益な話はやめよ!」

「だがオノノワレムロ、貴方は今回の件をおかしいと思わないのか?」

「おかしいとは?」

「簡単なことだ、今回の件で一番得をしたのはモモカヒメだ。

イズモ女が手をまわして……」

「口を慎め!」

「慎めるかっ!慎めるものかっ!

よくあなたはそんなに冷静で居られる。

悔しくは無いのかっ!」

「では聞くが、どうすると言うのだ?」

「はぁ……ハァ……

もしも、ワニ氏全体に咎が及ぶと言うなら、カスガもしくはヤツキの領地に戻り……」

オオアマミノミコトに抗議する為、武装する……そう言いかけた者の言葉を封じてオノノワレムロが言う。

「正気を持たぬかっ!我等が死ねば苦しむのは、タカクラノヤツキヒコ様であるぞ!」


タカクラノヤツキヒコ……オオワニヒコの姉であり、オオアマミノミコトの二番目の妻が生んだ、有力なヤマト国王(きみ)継承候補である。

つまりはオオワニヒコの甥だ。

実はオオアマミノミコトの子供の中で、男子では彼だけが10歳になっていた。

他の兄弟は皆幼くして死んでいる。


「このオノノワレムロの目が黒いうちは、タカクラノヤツキヒコ様にご迷惑をかけることはまかりならん!」


このオノノワレムロの言葉に周囲の人間は眼を伏せ、沈黙をする。

タカクラノヤツキヒコはワニ氏一族に連なるヤマト国主家、唯一の直系の男子である。

彼の存在こそが、ワニ氏のこれからの希望だった。

ワニ氏が引き続き重きを置かれる為にも、是が非でも、オノノワレムロはタカクラノヤツキヒコをヤマトの国主にしたかった。

オオワニヒコが謀反人と言っても良い状況で死んだ今、彼等がその地位を保つ為にはそれしかない。

この若き王子を、浅はかな者の暴走で、立場を苦しくさせる訳には行かないのだ。

……なので長老の彼は領地に籠もり、武装蜂起する案を押しつぶした。

それからも話し合いは続いた。

しかし良案が他の誰からも出る事は無く、やがて一族の者から自然とこんな声が上がった。


「今この場で長老は、オノノワレムロである。

どうやらもっとも賢き者も長老である様だ。

長老、良ければ腹蔵(ふくぞう)している案をさらしてもらえまいか?」


この声に一族の奥から賛同の声が上がり、それに応える様に、オノノワレムロが言った。


「皆よく聴け、決して早まるではない。

今回の件をどう思っているのか、決して予断は許さぬが、オオアマミノミコト様に真意を聞くしかあるまい。

オオアマミノミコト様のお子様で、男子では生き残ったのはタカクラノヤツキヒコ様只一人。他は皆、(やまい)に倒れ、身罷(みまか)られて(死んで)おる。

大姉(おおあね)様(オオワニヒコの姉)は、心を犯され、最早夢(ゆめ)(うつつ)も判らぬ状態。

大姉様ではタカクラノヤツキヒコ様を後見するのは不可能であろう。

この状況下でミコト様が、タカクラ様の有力親族である我々を除くとは思えぬ。

当然我等も、ミコト様に逆らう理由などない。

何事も無ければ、ヤマトの次の国主はタカクラノヤツキヒコ様になるのは明らかなのだ。

早まるではない、早まらなければ(とき)は我々の味方なのだ。

その日までタカクラノヤツキヒコ様の将来を、怪しくさせる様な行いを慎め!

ワニ氏に連なる国主が誕生すれば、今回の件は過去の事に必ず出来よう……」


オノノワレムロの言葉は、此処にいたワニ氏の面々に受け入れられた。

各人幾度も頷き、悔しそうな顔で膝を叩き、そして渋々と言った表情で了承する。


「では長老どの、今後はどうされるおつもりで?」

「方針を私が決めて良いか?」

「今さら何を……

オノノワレムロが、今この場でもっとも賢い。

長老殿が決めるべきだ」

「ふむ、判った。

まずは私がオオアマミノミコト様に働きかけよう、そなたは急ぎカスガの領地に戻り、ワニノハレヒコを連れて太市に戻って来るのだ」

「ワニノハレヒコを?長老、何故だ」

「私がなんとしてでも話をまとめて来る。

オオワニヒコが死んだ今、タカクラノヤツキヒコ様の叔父は、オオワニヒコが弟のワニノハレヒコしか()らぬ」

「咎人の弟として処罰されないか?」

「オオワニヒコは大姉様の事で心を痛めて、ついに狂気に犯されたのだ。

怨霊となってこのヤマトに災いをもたらさない為にも、ワニノハレヒコを召しだし、ワニ氏一族でオオワニヒコの御霊を慰める必要がある。

……ミコト様にはそのように言上する」


怨霊信仰……それはこのウェイの世界に深々と根を下ろす、迷信である。

この時代、人々は(たた)りを恐れ、(けが)れを恐れた。

鬼となり、信じられない凶行に及んでしまった、オオワニヒコはその凄まじさゆえに怨霊となる可能性は、十分にあると見なされる可能性が大きい。

事実ワニ氏諸氏は『なるほど、オオワニヒコならそれは十分にありうる』と、頷いた。


「では、長老である私が皆に命ずる。

ワニ氏一族の者はそれとなくオオワニヒコが怨霊となって、大姉様に(あだ)成す者を(たた)ろうと、ヤマトの国を徘徊(はいかい)していると噂を流せ」

「…………」

「オオワニヒコの名誉を思えば苦しいが、最早(もはや)オオワニヒコに泥をかぶってもらうよりほかにない。

気の進まぬ仕事ではあるが、頼む」


ワニ氏諸氏はこのオノノワレムロの言葉に頷いた。

この時である、この場にヌッと一人の服装を着崩した女が入って来た。


「お、大姉様!」


大姉様と呼ばれたこの女。彼女の名はワニノアトリと言う。年齢は30代半ば。

整った顔立ちだが。だが眼の中に正気は無く、歪な印象だ。

彼女こそオオワニヒコの姉である。


「オノノワレムロ、オオワニヒコはどこ?」


ワニノアトリの言葉に、尋ねられたオノノワレムロは「大姉様、ご当主はミコト様の命により遠くの国へと旅立ちました」と答えた。

ワニノアトリは今にも泣きそうな表情を浮かべる。


「大姉様、ミコト様の命でございます……」


一族の誰かの言葉に、ワニノアトリは首を振って「みな、嘘をつく、オオワニヒコはこの家にいる筈だ……」と言った。

「大姉様、長老の申す通り、ご当主様はすぐには帰れぬ場所に……」

別の者がそう声を上げると、ワニノアトリ箱の部屋の一隅を指差した。


「あそこに居るのは誰だ?」


皆がワニノアトリが指さす方に目を向ける。

そこには誰も居無かった……


「大姉様!」


ゾッとし、オノノワレムロは思わず声を上げた。

ワニノアトリは「お前等は嘘つきじゃ!嘘つきじゃ!」と叫んで、この場を走り去った。


「お、大姉様はもしかして……」

「もしかしてオオワニヒコが魂となってここに……」


生きた心地も無く、今見た事を言葉少なく話しあう、ワニ氏の面々。

やがてその内の一人が「ち、長老。わしは大姉様に詳しい話を聞いて来る」と言って席を立った。

やがて誰かが恐れを隠すように。

「無駄な事を、大姉様に聞いても判る訳がなかろうが……のう?」と誰かに尋ねた。

その言葉に同意の返事はなかった。


「大姉様にはオオワニヒコが見えているのだ」

「オオワニヒコが魂となってここに居ると申すのか!」

「そう聞こえなかったのかっ!

オオワニヒコも無念で仕方が在るまい、戻りて我等を見ても、おかしくは無かろうがっ!」


その様子を見ていたオノノワレムロは、静かに座ったまま体を北東にある、カスガのワニ氏一族の領地の方に向けると、静かに手を合わせて祈りの言葉を発した。


「当主オオワニヒコの御霊、そして()鹿(しか)の御山の岩座(いわくら)にまします我等の神よ……

どうか(とが)(罪)多き我等をお(ゆる)(たま)え。

あらゆる災いより、タカクラノヤツキヒコ様、そしてワニノハレヒコをお守りたまえ。

かしこみ、かしこみ申す……かしこみ、かしこみ申す……」


オノノワレムロは祈りの言葉、すなわち祝詞(のりと)を唱えると平伏し、ソレを見たワニ氏一族の者もそれに(なら)って平伏する。



ワニ氏一族は、今一族存亡の危機に立っている。

彼等は破滅から(まぬが)れんと、静かに動き出さざるを得なかった。

その事が後のヤマト大乱に大きな影響を及ぼしていく。




同時刻双神山造(みやつこ)オオシバヒコの屋敷


裏庭で大地に身を横たえたコムクリが眼を覚ましたのは、イサゼリが此処から立ち去って間もなくのことである。

目が覚めた彼はすぐさま立ち上がり、そして辺りを見回した。

敵の気配がするのだ。

辺りを見るとエツ王と思われる気配が立ち登り、コムクリを守る様に、何かの気配に立ちふさがっていた。


「エツ王、アレは?」

『用心せよ、アレはお前を敵と思うておる』


コムクリはその言葉で警戒心を高めた。

エツ王に阻まれる影は、地の底から響く声で、コムクリに語りかける


『お前さえ……お前さえいなければ』


恨めしげで、コムクリの魂そのものに言葉を伝えた敵の声。

全身に鳥肌が立ち、コムクリは地に落ちていた棒を拾うと、相手に身構える。

影は言う『恨めしいぞ、恨めしいぞエミシめ』と。


「黙れ何奴だっ!」

『恨めしいぞ、エミシ。

お前さえ現れなければ』


コムクリを呪う怪しい影は、やがて時と共に姿を露わにする。

その姿に思わずコムクリは絶句する。

死んだはずのオオワニヒコが、爪を尖らせ、髪をざんばらに振り乱しながら、コムクリを(すさ)まじい形相(ぎょうそう)で睨みつけていたのだ。


『コムクリよ、気をしっかり持て。

奴は亡霊ぞ、奴は生きてはおらぬ』


エツ王の言葉にコムクリは息をのみ、そしてオオワニヒコに尋ねた。


「恨みを残すかオオワニヒコ。

“坂”の向こうにまだ行かぬのか?」


ウェイの信仰では、死者の魂は黄泉地(よもつ)平坂(ひらさか)を越えて死者の国に行く。

だからコムクリはオオワニヒコは、未だ自分が死んでいる事を知らず、それ故黄泉地平坂を越えないのでは?と考えた。

……しかし、オオワニヒコは答えた。


『エミシよ、貴様を()らしめねば我は決して“坂”を越えぬ!』

「何故越えぬ?

確かに(わぁ)は鬼と化したお前様(さま)を倒した。

だがお前様(さま)を鬼へと追いやったのは別の者ぞ。

鬼となりヤマトの国主(きみ)の前で、殺人を犯したお前様は、どちらにせよ()ち手に殺される運命(さだめ)

それならばお前様を鬼に変えた者が、お前様を破滅させたと思わぬか?』


コムクリの言葉を聞きオオワニヒコは、響く様な(うな)り声を一つ発すると『それは誰じゃエミシ……誰が我をこの様な姿に変えた』と尋ねた。


「掩日と言う女の鬼だ。

鬼となった貴様は、自らが使える主の名前を口にした。

覚えは無いのか?」


コムクリがそう言うとオオワニヒコは眼を禍々しい金色の色に輝かせ、そして『ぬオオおおおおおおっ!』と呻くと叫ぶように言った。


『お前が憎い!イサゼリが憎い!身内となった者共も憎い!

我をこの様な姿に変えた、掩日とやらが憎い!

だがそれよりも、そして何よりも……我の真心(まなごころ)に何ら報いを与えなかったオオアマミノミコトが憎いっ!

憎い。全てが……事如くが憎いのだっ!

何故我を此処まで追い込んだ、我が何をした!

……許せぬ、全てを許せぬ。覚えておくが良い。

このオオワニヒコは、必ずやヤマトに破滅と厄災(やくさい)をもたらさん!

多くの血と不幸がこの地を覆い尽くしていくだろう。覚悟せよっ!』


オオワニヒコはソレを言うや否や、天高くに飛び上がった。

やがてオオワニヒコは月に吸い込まれる様に、消え失せる。


『己が魂を、()(どう)に捧げたか。なんと愚かな男なのだ……』


見送ったエツ王はソレを言うと、彼も闇夜に溶ける様に消えた。

ソレを見るコムクリは思った(ああ、なんと人の心は弱く。そして恐ろしいのだ……)と。

やがて、残されたコムクリは手を月に向かって手を合わせた。

そして、怨霊となってしまったオオワニヒコの心が静まる事を祈り、そして神に願う。


「天の世界に居る神々よ、地の岩座(いわくら)にまします神々よ、オオワニヒコの狂える魂を(みちび)(たま)え。

ワダのコムクリ。かしこみ、かしこみ申す。

かしこみ、かしこみ申す……」



死者に導かれてコムクリは故郷に帰った。

それゆえか、彼には死者の影が幾重(いくえ)もちらつく。

とにかくヤマト大乱の発火点が定まった。

きっかけはオオワニヒコが死んだ事。



今回の作品はあくまでもファンタジーです、その証拠となるのがワニ氏です。ヤマトの豪族ワニ氏は天皇の血を受け継ぐ家であると言われます、しかし別の伝承では神武天皇が東征に旅立つ際に使った港を治めていた豪族もまた、ワニと名乗っていたとか。

神武朝の本当の創始者は多分山幸彦です。彼が兄である海幸彦との抗争の中で、ヤマトに飲み込まれようとしている土着の豪族手を結び、息子が居ないこの豪族の婿となる事で現地でヤマトと、部族名が不明なこの現地の人との同君連合国家《同じ王様を拝める別々の国による連合、イギリスの様な国です》を樹立し。そして軍事力でヤマトを制覇し、彼個人の人徳でもって同君連合を束ね切ったのが神武調のそもそもの始まりになります。


……で、ワニ氏なのですが、この豪族から山幸彦の元に嫁いだ娘さんが名前にフカと付くんですね。フカはサメの事。そしてサメはワニと昔の日本で言ってました。

そして神武天皇が旅立ちに選んだ港もワニ氏の港。

となると、ワニ氏はもしかしたら何らかの理由で断絶した、神武天皇の故郷である日向《宮崎県北部》では由緒正しい名門なのかもしれません。だから後の天皇は息子に家を持たせる際に、ワニと言う氏を授けたのかもしれないと考えています。


さて関係話ばかり書いて申し訳ないのですが、このお話は神武天皇が東征する前のヤマトの世界のお話です。となると、この時代に当然ヤマトにワニと言う豪族はいる筈がございません。

此処で登場するワニ氏は本当に存在したワニ氏とまったく接点のない、架空のワニ氏なのです。


嘘ばっかり書いて本当に申し訳ないですね、ほんと。

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