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  作者: 多摩川
滅魂編 第一章ヤマト、イズモの女
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一章 第四話訴人の憂鬱

―コムクリがキヌカワノ巫女と話している同時刻



酷く汚れたエミシ装束のウェイ人……

少なくとも顔立ちはそうである。

オオワニヒコはそのような者に、邪魔をされた。

その夕方、黄昏時に宮殿の庭にかがり火が()かれる頃。赤く暗い日差しと炎の明かりに照らされ、オオワニヒコの顔に鬼の形相が浮く。

怒りに燃えた目をかがやかせ、一人の人間が来るのを、宮殿の板の間でオオワニヒコは、一人静かに待っていた。

座る彼の膝、そこに置かれた彼の手、彼の指が、抑えきれない衝動を表す様にわなわなと震える。


間もなく日差しが絶えようかと言う頃に、ジャッ、ジャッと言う音を響かせながら、冠を頭にかぶる男が、この板の間にやってきた。

オオワニヒコはその瞬間静かに頭を下げ、それに応える様に冠をかぶった男は「オオワニヒコ、こんな時間にどうした?」と声をかけた。

冠をかぶるこの男は、ヤマトの国主(きみ)オオアマミノミコトである。

オオワニヒコは、抑揚の抑えた声で「我が()()この様な時刻に参りまして申し訳ございません、ご相談したき事が在りまして参りました」と、言上する。

オオアマミノミコトは「ふむ……モモカヒメの事か?」と、答えた


オオワニヒコは言った。

「ミコト様。最早私は我慢がなりません。どうか私めにあの(おんな)狐を討伐させて下さい」

この言葉にミコトと呼ばれた男は眉を一瞬しかめ「それはならぬな……」と言った。

オオワニヒコは、抑えていた感情を露わにして食らいついた。


「ミコト様!なぜですか?

理由をお聞かせ下さいませ!」

ミコトは苛立たしげに「はぁ」と溜息を吐くと、愚か者を見る様な眼で、オオワニヒコの顔を見、そして言った。


「双神山はアワジのミクリヤノスメラヒメの、治める山である。

キヌカワノ巫女が双神山の神官を務め、そしてオオシバヒコを夫として迎える事で、イズモの生き残りやエミシどもを、その被官にしておる。

あの山はもともとヤマトのモノではないのだ。

その娘であるモモカヒメに手を出せる訳が在るまい、出せばアワジの大王(おおきみ)が出てくるぞ」


オオワニヒコは納得が出来ない。

彼は先程受けた辱めを思い返しながら、食ってかかる様にミコトに言った。


「何故未だにイズモずれが、この地で大きな顔でのさばるのです!

このヤマトはミコトの物、ヤマトにあるあの山もミコトの物であります!

あのようなミコトに(まな)(こころ)(忠誠)を抱かぬ者が、アワジの被官だからと言って大きな顔をする事に、私は我慢がなりません!」


ミコトは怒りに震えるオオワニヒコの様子を見ながら「では、どうする?」と尋ねた。

オオワニヒコは張り詰めた表情で言う。


「明日にもモモカヒメを呼び出しましょう。

私は今日、あの女の手下のエミシめに部下を(なぶ)られました。

哀れにもしばらく歩けぬほど手ひどくやられたのです。

討伐が叶わぬと言うならば、(つぐな)いを求めたく思います」

「償いか……」

「あの女が、あのような装いをやめれば私も許します。

そうでなければ双神山に踏み入れる事を許す事はできません。

双神山が神域であっても、その周囲は紛れも無くヤマトの地。

イコマへの道を塞げばカワチに出る事も出来ず、奴等は山の中で干上がるかと……」


双神山はヤマトとカワチの国境にまたがる、山脈に存在する。

確かにオオワニヒコの言う事は可能であった。


話を聞いたオオアマミノミコトは「しかしオオワニヒコよ、そこまでしたらカワチも、アワジの大王(おおきみ)も黙ってはいないぞ」と、言う。


ヤマトはアワジに居る、天孫直系の大王(おおきみ)に属している国である。

故にアワジからの干渉を受ければ、面倒なことになるのは明らかだった。


悔しさをにじませ、オオワニヒコが叫ぶ。

「ミコト!ミコトは欲しくないのですか?

あの山の石が!アレをヤマトのモノにできれば、カワチの国もキノ国もミコトに逆らう事は出来なくなります!

オオキミだって、我々をオオヤマタイの中心として見なす筈です!」


オオアマミノミコトは「ふーむ」と呻いて、下から睨みつける様にオオワニヒコの目を覗いた

オオワニヒコは、目に涙を浮かべながら「なぜそこまでしてあの女に良くするのです?」と尋ねる。

オオアマミノミコトは眼をそらしながら「分かっておる」と呟いた。

オオアマミノミコトの目の中に、躊躇(ためら)いが色濃く浮かんだ。

オオワニヒコはその様子を見て、自分の主の胸に湧く“未練”の様子に愕然とする。


オオアマミノミコトは同意を求める様に、ニヤリと笑って言った。

「しかしオオワニヒコ、あの女は男のようだが見てくれは良い。

誰のものでもないとするならば、私を迎える気が、まったくないと言う訳では無いのではないのか?」

「まだ、そのような事を……」


ヤマトの覇権よりも、一人の女に固執するこの男が自分の主である。

自分の忠誠心よりも自らの性欲に忠実なのが、目の前のこの男だった。

その事実はオオワニヒコの胸に、失望を広げた。

オオワニヒコはイサゼリの事を幼い頃から知っているが、気性が激しく、とても誰かのいいなりになるとは思えない。

背丈も女と思えないほど大きく、そして見た目は確かに良いが、男を装う彼女がオオアマミノミコトを受け入れる筈が無いと信じていた。

実際それは正しい。

しかしオオアマミノミコトはそのような、奇怪な振る舞いを見せるイサゼリが気になって仕方がない。


……オオアマミノミコトの胸の内に巣くう、倒錯した性癖。彼はイサゼリの持つ異形の美に魅了されていたのだ。


彼はいつかイセザリを自分のモノにしてみせると言ってはばからなかった。

ソレを聞いた配下の豪族たちは、皆イサゼリに手を出さない、自分が仕える主を怒らす者など、このヤマトに居なかった。

しかしソレがイサゼリの怒りを、さらに煽っていた。

オオワニヒコは(いさ)めるように言う。


「あの女の年齢(とし)はもう19です。

もう、(うば)と言っても過言ではないのです。

あの女は誰も夫に迎える気が無いと思いませぬか?」


この時代の結婚は早い、もう13で結婚している人は珍しくは無いのだ。

その中で19と言う年齢は、行き遅れであると言える。巫女を目指す者以外ではこの年まで独身を貫くのは、何か理由が在るとみなされた。

オオアマミノミコトは「オオワニヒコ、お前がソレをどうにかして見せよ……」と、冷たく言った。

オオワニヒコは黙ってうなだれた、不可能だと思った(無駄だ……)言う思いが胸の内を占めて行く。


その時、一人の兵士が部屋の入り口で二人に頭を下げながら「申し上げます、キビからの使者が面会に参っておりますが、追い返しますか?」と告げた。

ソレを聞いたオオワニヒコが「このような時間にか?出直して参れと……」と言いかける。

オオアマミノミコトは「待て!」と言って手で制すると「許す、連れてまいれ」と言った。

驚くオオワニヒコにオオアマミノミコトはニヤリと笑って「キビの使者は女だそうだ」と言った。


間もなくやってきたキビの使者を見て、オオワニヒコはあっと驚いた。

頭の両側にミズラを結わえた、男装の女が現れたからだ。

アヤ人の血を強く感じさせる、すっきりとした容貌に、目を見張るほど赤い唇。肌の色は抜けるほどに白い。

妖艶な雰囲気が、長い彼女の首筋から濃密に漂う。

キビの使者は恭しく頭を下げながら、部屋の入り口で言葉を発する。


「このような夜更けに参上を致し、申し訳ございません」


美しい大和の言葉がこの場で鈴の様に響く。

背筋を伸ばし、威厳のある姿でソレを迎えるオオアマミノミコト。その顔が何処かだらしなくゆるんだ。

オオワニヒコはかぶりを振るって、この様子から目をそらした。

きっとオオアマミノミコトは彼女を気に居るのだろうと、予感する。

……見て居られなかった。

キビの使者は媚惑的な響きを秘めた、綺麗なヤマトの言葉で続ける。


「大和の国主(きみ)に目通りが叶い、嬉しく思います。

キビの冠者(かじゃ)、セキオン様に仕えるツクタラと申します」

「キビの冠者?」


オオアマミノミコトは聞き慣れぬ言葉に、思わず眉をしかめる。

ツクタラは「ハイ、キビは長く統一がなされませんでした。しかしこの度キビの国の集落と言う集落は、我が主の威に服しました」と答える。

オオワニヒコはヤマトの外でそのような大勢力が誕生した事を初めて聞いた。

オオアマミノミコトも同じで、二人は眼を見合わせる。

ツクタラ「ふふふ……」と笑い、そして言葉を続けた。


「イズモの国主(きみ)が多くの国を天孫に譲った後、キビの国は打ち捨てられたのはご存知かと思います。

石材も産出せず、カラ諸国との交易もままならぬ土地故致し方ない事ですが……

アワジのオオキミもキビについては、あまり関心は無かったと聞きます。天孫は降臨せず、自然に任せておいででした。

その為キビは内乱も絶えず、ますます穢れた土地とされていましたが、この度大王(おおきみ)の命を受けて我が主セキオン様がキビを征服。

かの地を大王を奉じる、王教の地へと変える事が出来ました。

今我が主セキオンは、キビで冠を頂く唯一の存在(もの)でございます」


オオアマミノミコトは眼を細めながら「ならばその事は大王(おおきみ)もご存じか?」と尋ねた。

ツクタラは「(しかり)……」と答えて頭を下げる。

オオワニヒコは「なぜ、キビはそなたを使者として派遣した?」と尋ねた。

「セキオン様はオオヤマタイでも格別の力をお持ちの、ヤマトの国、オオアマミノミコト様を非常に尊敬しております。

その為大事を成し遂げた(のち)には、是非にも(よしみ)を通じたいと願っておいでです」

オオワニヒコは「そうではない!」と、強く言う。そして怪訝な表情を浮かべたツクタラに尋ねた。


「何故そなたはそのような装いをしておる!

女であるなら女らしい服装で、参内するのが道理であろう!」

「これは、申し訳ございません……」

「まぁ、待てオオワニヒコ。

良いではないか、セキオンとやらはなかなかわきまえている。

だがまだ位を上げて間もないのであろう、礼儀がおぼつかないのは、致し方が無いではないか……」


ツクタラにそう助け船を出したのはオオアマミノミコトである。ソレを聞いたツクタラはか細い声で「なんとお優しい御方……」と呟いた。


「しかし……」

まだ何か言いたげなオオワニヒコ、しかしオオアマミノミコトはこれ以上の抗弁は聞きたく無く「さがれ、オオワニヒコ。明日そなたの望み通りモモカヒメを宮殿に召す」と申しつけた。

その様子を見てキビの使者ツクタラは、熱気の帯びた目でオオアマミノミコトを見、見られたオオアマミノミコトも、ツクタラに肉欲が籠もった目線で笑みを返す。


「……失礼いたします」

オオワニヒコは消え入る様な声でそう申すと、静かにこの部屋を立ち去った。


入口に立つツクタラの脇を掠め。不機嫌を隠す事も無く立ち去るオオワニヒコ。

その衣に、ツクタラは指先に浮かべておいた血を一滴、つま先で弾いて付着させた。

オオワニヒコはそれに気付く事無く、この場を離れて行った。

ツクタラは「お部屋を騒がせ申し訳ございません、明日また参上したいと思うのですが、よろしいでしょうか?」と、オオアマミノミコトに尋ねた。

オオアマミノミコトはツクタラを我が物にしたいと思い始めていたが、流石に今日では無いと思い始め「明日来るが良い」と言って、来訪の約束を歓迎した。


やがてツクタラは去り、一人この部屋に残ったオオアマミノミコトはにんまりと笑って思った。

(昔のアヤの国でも、女に男の装いをさせる事を望んだ王が居たと言うが……実に良い。

何か“してはならぬ事”を犯す様な気がして、心がくらくらとする。

モモカヒメと違って、ツクタラとやらは私の事を気に入っているようだしな。

モモカヒメの事は放っておき、ツクタラと睦みあうのも悪くは無いか……うふふふ)


オオアマミノミコトは体を揺すり、先程逢ったキビの使者に心を動かされ始める。

その心の中に、真心(まなごころ)を持って自分と向き合っていたオオワニヒコの存在は何処にも居ない。




 ―翌日早朝、オオシバヒコの館


「本当か、コムクリ!そなたが私の家臣になってくれるのか?」

「ええ、ひと月ほどではありますが、貴方にお仕えしようと思います」


朝になり、庭先で棒を振るって居たコムクリは、やってきたイサゼリにそう伝える。

コムクリの言葉にイサゼリは喜んだ。


「そうか、お前ほど勇ましい男が私に仕えてくれれば、オオワニヒコも私に手出しは出来まい。

これで宮殿に上がる時も供の者を連れて行く事になる、面目もたつと言うモノだ!」

「で、ですが一月だけですので……」


コムクリがそう言うと、イサゼリは少し眉をひそめながら尋ねた。

「コムクリ、お前は一体何処に向かう旅をしているのだ?」


コムクリは塊の様な唾を飲みながら答えた。

「西の果て、アヤの国へと向かって旅をしております」

「アヤの国……一体何用で?」

「実は私の育ての親のオンジが、かの地の神像を所持しておりました。

オンジは私にこれをアヤの国に返す様にと望んでおり。私は彼から受けた恩を返す為にも、この神像をアヤの国に返さなければなりません。

なので急ぐ旅では無いのですが、どうしても西に行かねばならないのです」


イサゼリは「お前は律儀者だな」と、妙な感心をし、そしてコムクリに好意を示す。

「ならばイズモの血族である私の名前を出すと良い。

イズモは衰えたと言っても、まだ各地に縁者も多い。

オオイズモの国主(きみ)の子である私の縁者であると判れば、きっとおろそかにはするまいぞ」


コムクリはイサゼリの行為をありがたく感じ、深々と頭を下げた。

やがて彼は懐から一つの細長い、赤い布切れを取り出した。


コムクリは言う。

「昨日渡そうと思って渡せなかった物です。

お納めください……」

「うん?なんだこの布切れは」

怪訝な顔のイサゼリに、コムクリは言った。


「コレはオンジがタケミノ方様に、最後の戦に赴く前に食事の用意をした時、褒美として授かったモノです。

なんでもタケミノ方様は、この布で左のミズラを結っていたそうでございます」

「なんと……」

「他にも手珠(腕輪の一種)を授かったそうです。

残念ながらそちらは(ひさ)いで、残ってませんが」

「そうか……」

(わぁ)が持つよりも、ふさわしい方に持ってもらいたいと思います。

不愉快でなければ、貰ってもらえませぬか?」

イサゼリは「ありがたく頂戴しよう」と言ってその布切れをもらった。

そして大事そうに手の中で、(もてあそ)びながら言った。


「タケミノ方様は、イズモ衆の最後の偉大な戦士だった。

フワの関の向こう、アズミへ向かう途中でスワの海で囲まれ、配下の者と全滅したと聞く。

もし、イズモの最後の意地を示したタケミノ方様が居無ければ、我々残ったイズモの衆は、アワジの大王(おおきみ)に軽んじられ、双神山の(みやつこ)になる事も出来なかったであろう。

……もしかしたら、タケミノ方様も今こうしてお前に連れられ、御霊(みたま)だけでもヤマトにお帰りになられたのやもしれぬな」


やがて「そうは思わぬか?」とイサゼリはコムクリに、同意を求めた。


ソレを聞いたコムクリの脳裏に、哀れにも、スワに倒れた勇士の姿が浮かぶ。

タケミノ方は己が誇りの為、志を共にした勇士と共に、勝てぬ戦で命を散らした。

タケミノ方とその部下の男達は、男らしい男であったと、オンジは事あるごとにコムクリに聞かせた。

そんな故郷を離れ、異国で死んだイズモ人が、今ようやく故郷の縁者に消息が伝わったのだ。

……脳裏に描かれるタケミノ方の姿が、イサゼリの手の中の布切れに宿り、そして微笑んだかのように思える。


(良かった、タケミノ方。オンジ……)


あの日死んだスワの英雄達も、これで少しは救われたのではないだろうか?そして自分はその手助けを少しだけ出来たのではないだろうか。

だとしたら自分は悲しき英雄たちの魂から、穢れを少しだけでも(ぬぐ)えたのかもしれない。

コムクリはそう思った。


そんな彼にイセザリは、笑い声を吹き出しながら言った。

「コムクリ、如何(いかが)した。泣いておるのか?」


イサゼリに言われて驚いたコムクリ、気が付くと涙を(ひと)(しずく)、頬に流している。

コムクリは打ち消すように言う「なんでもございません。タケミノ方もお喜びでしょう」

気恥かしさに思わず涙をぬぐうコムクリ、イサゼリはその様子を嬉しそうに見守りそしてこう言った。


「コムクリ、そなたを他人とは思わぬ。そなたもイズモの縁者だ!

そうだ、コムクリ……

タケミノ方様の最後を、お前の知る限りでよいので教えてくれ」

コムクリは喜んで、タケミノ方の最後を伝えようとした。


その時である。


「かしこみ申す、かしこみ申す!」


この家の入口で、下人の物が大きな声を上げる。

その声に思わず舌打ちしたイサゼリが「なんのようだ!」と、負けじと大声で叫んだ。

下人の者は胸を逸らし、威厳を演じながら声を上げた。


「オオシバヒコが子、イサゼリノモモカヒメ。

ヤマトの国主(きみ)オオアマミノミコトの言葉を授ける!

オオワニヒコより、そなたが粗暴なふるまいを見せたと訴えがこれあり。

急ぎ宮殿に参上し、訴えに対し説明を求める!」


イサゼリは“チッ”と舌打ちすると「やはりあの小人(しょうじん)、私を訴えて来たか」と呟き、次の瞬間足を折ると蹲踞(そんきょ)の姿勢を取り、そのまま両膝を地面につけて叫んだ。


「使者の方にかしこみ申す。

オオワニヒコの訴え、事実と違う所これあり。

急ぎ支度を整え、宮殿に参上し、その事実を改めん。

ミコトにはしばしお待ちいただきたく、伝言を願う所なり」

使者は「(うけたまわ)った、早急に参られよ」と返事をすると、そのまま家の敷地の前から立ち去った。


イサゼリは不愉快そうにその様子を見ると「コムクリ早速ですまないが、宮殿に上がる、お前は私の供をせよ」とコムクリに伝えた。

コムクリは「はっ!」と答えて、急ぎ装束から汚れを払い落とす。

ソレを見たイサゼリは、軽く頷くや急ぎ家の中に入って支度を始めようとした。


イサゼリが居無くなるとコムクリは“ふぅ”と溜息を吐きなら思った。

(まさか(わぁ)が宮殿に上がろうとは……)

昔だったら考えもしなかったことである。

この状況に「(いけ)(ぐち)(奴隷)の者が大した出世だ……」と、コムクリはうそぶいた。


コムクリはそこから何の気も無しに宮殿へと目線を向けた。

立派で、大きな高床、高屋根の宮殿は、遠くからも大きく見える。


しかし、妙な気配を感じた。

宮殿の屋根の一角に、何か黒い気配が靄の様に掛かって見えるのだ。

目を凝らすコムクリ、そこへ声が響いた。


『コムクリ、気をつけよ。あの宮殿に何やら怪しい気配が在る』

見るとコムクリの傍らに黒い人影の影が立っていた。

コムクリは黒い影に言う。

「エツ王、この気配をご存じで?」

エツ王は『知らぬ、だが知っておるやもしれぬ。とにかく用心を重ねよ』とだけ伝えて、朝の光の中に溶けて消えた。


コムクリはこの事で、宮殿の様子がおかしい事を確信する。


後漢書東夷伝によれば当時の倭人の上位の人に敬意を示す姿勢は蹲踞、つまりヤンキー座りでした。

流石にかっこ悪いと思い、あえて蹲踞の後に膝をつかせて見せたのですがいかがでしょうか?

このお話はファンタジー小説なので、あえて史実は無視し、後書きにて言い訳を述べさせていただきます。


魏志倭人伝では倭人の礼儀の払い方も変わり、片膝を立てて屈むスタイルへと変化していますから、今度はヨーロッパの騎士の様であったようです。

160年近く経つと日本はやはり変わったのだなぁと、思う比較例です。

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