舞い降りた春
「暑い…
まだ春なのに暑いな…」
信号待ちの中、風のようにそれは舞い込んだ。
ヒラリ
「おいっ!、お前勝手に…」
「ねぇ、
野田大和だよね?」
何で俺の名前知ってんだ?
「そうだけど…って、
いきなりクルマに飛び乗って第一声がそれかよ!」
「ねぇ、信号変わったよ」
少女に言われ、
俺は慌てて車を発進させる
「私、誉田菜緒
…覚えてる?」
俺こんな可愛い知り合い居たっけ?
小さいくて
…ずいぶん幼いよな
まさか、家出か?
「あのさ、歳いくつだ?
ずいぶん…」
「18歳、高校3年生。
大和と同い年だよ」
何で俺の歳まで…
そう言いかけた俺を遮り、菜緒は話し続ける。
「実はさ、アパート取り壊しになって…住むとこ無いんだよね。
だから、泊めてくれない?」
お願いと頼んでくる菜緒。
こんな無茶苦茶なコト
俺は断るべきだった。
でも、俺は断ることが出来なかった。
もう一人の俺が、もう二度と別れたくない
と言っているような気がして…。
「着いたぞ…ってアレ?」
いつの間にか寝てるし…
…可愛い寝顔だなと
つい見とれていると、
パチリと目が開き
「あんまりジーっと見ないでよ」
「へ?…今、寝てただろ…寝たフリか!」
「うん、だって…同い年の女の子が泊まるワケだし
…大和なら大丈夫だけど…」
最後の方が聞こえなかったな…って
「それは、菜緒が勝手に決めたコトだろ…
まぁ、家行くか暑いし」
「へぇ~意外とキレイだね。」
菜緒が家に入ったときの一言である。
しかし、すぐに問題に気づく。
「ねぇ…一部屋しかないの?」
「ああ、六畳一間の1LDKユニットバス付き。
一人暮らしだとそんなもんだろ?」
「うん…
ねぇ、やっぱり覚えてないの?
私のコト…」
「ごめん…」
ガバッ!
いきなり俺は菜緒に押し倒されキスをされた。
「ぷはッ!
おいっ、いきなり…」
「分からないなら…
カラダで思い出させてあげる」
そう言って服を脱ぎ始める。
「やめろって…そんなコト!」
俺は慌てて菜緒を止めようとその腕を掴んだ。
その腕は細く、そして小さく震えていた。
「ボクじゃダメなの?」
今にも泣きそうな声。
気がついたら俺は、菜緒を強く抱きしめていた。
「…落ち着いたか?」
あれからどれくらい時が経っただろう。
「うん…ごめんね。
やっぱり大和は昔と変わらない、優しいもん。
…マーちゃん」
マー…ちゃん?
「…思い出した…
なーちゃんだ。
でも…女の子?」
「やっと思い出してくれた。
… でもさ『女の子?』ってのは失礼だなぁ。
…確かに元ボクっ子だケド、今はちゃんと女の子なんだから」
「『今は』ってなんだ?」
「そのまんまだよ。
元々、男の子だったってコト」
アレかニューハーフってやつ?
「…じゃあアレ取ったのか?」
「…勘違いしないでよ。
ボクは…あ、私は…」
「いや、別にボクでいいから…無理すんな」
「うん…えっとね。
大和とは小学校前までの付き合いだったよね。
…実はその前から女の子だったの」
聞いたことがあるような…
「…TS病ってやつか?」
TS病とは、
一夜にして性転換してしまうと言う原因不明の病気で、治療法はいまのところ無い。…最悪の場合、精神が崩壊して自ら命を絶ってしまうという恐ろしい病気だ。
「うん。
そのときは大したこと無いって思ってた、家族は大騒ぎだったけどね」
「菜緒…戻りたいって思わなかったのか?」
「そうだね…
男の子とか女の子とかよく分からない時になったから、
戻りたいって思わなかったよ。
ただ…言葉遣いとか女の子っぽくないってよく言われるかな」
菜緒がそう言い終わると俺はあることに気づいた。
「菜緒、その…服着ろよ。
そっぽ向いとくからさ」
えっ…そう言って菜緒は自分の格好にようやく気づき慌てて服を着る。
グゥ~
腹へったな…
「菜緒、メシ食い行くか?」
「うん、お腹減ったしね」
家を出て、ファミレスに向かう。
「ねぇ大和、この車…」
「シティカブリオレって車だよ。
叔父さんが乗ってたヤツ」
「やっぱり、なんか懐かしいなぁ…って思ってたんだ。
でも何で…?」
「コレ、叔父さんに頼み込んで譲ってもらったんだ。
どうしてもコイツがよくてさ」
「そっか…なんか変な感じ、
昔はよく大和と乗せてもらったのに、今は二人っきりでさ」
「そうだな…。
菜緒、もうすぐ着くぞ」
「アレ?ここよく来るよ」
「…えっ?」
ここ隣町だぞ。
意外と近所に住んでたのか…
「いらっしゃいま…って大和!」
「よう、光永。
二人、もちろん禁煙で」
「…誰だよ。その子…まさか彼女か!
…おまえってヤツは…」
「…おい、後ろ…」
「なんだよ?
って…店長…!」
あ~あ、バカだわコイツ。
「適当に空いてるとこ座っとくからな。
…菜緒いくぞ」
うん…そう言って菜緒は俺の後ろをついてくる。
店長に怒られる光永を見ながら…。
窓際の奥の席に座る。
「あいつは光永光一、俺の友達だよ。
ドジだけど悪いヤツじゃないんだ…ちょっとバカ入ってるけどな」
「ボクのこと彼女って…
そう見えるのかな?」
「そりゃ、若い男女が入って来ればアベックだと思うよな…」
「ねぇ…アベックってなに?
なんか、オジサンみたいだよ」
「カップルだよ。
そうか、今やアベックは死語なのか…」
俺、菜緒と同い年なのにオジサンって…
なんかショック。
ピンポーン
「ご注文は?…このリア充」
「ったく…
A定食大盛2つで、あとドリンクバー2つ…」
「あと、ポテト大盛と…イチゴパフェ!」
「かしこまりました。
…激辛ソースでもかけてやろっかな…」
おいっ…おもいっきり聞こえてるぞ。
「後で店長に…」
「ジョウダンダヨ
…まったくイヤだなぁ~」
笑いながらさって行く光永は少しも反省していなかった。
あいつめ…本気だったろ。
「なんか変わった人なんだね」
「ただ僻んでるだけだろ…そんなに食うのか?」
「うん、大和のおごりでしょ?」
…考えてなかった…
まぁ女の子にはらわせるワケにはいかないし…
「ああ、俺の奢りだ。」
(今日は手持ちが多くて助かったぜ…)
しばらくして料理が運ばれてきた、
しかし…
菜緒はよく食うよな…。
女の子って少食なイメージあったんだけど…。
「そんなに変かな?」
「えっ…俺、口に出してた?」
「出してないけど、なんとなく分かるよ。
大和って顔に出るもん、ウソついてもすぐバレちゃうでしょ?」
…そういえばそうだな。
「さっきだって…
ホントに奢ってくれるの?」
「ああ、言われなくてもそのつもりだったし…」
ブッブッ
「ん?メール…誰からだ?」
それは光永からだった
『その娘、前にこの店でしばらくバイトしてたみたいで、かなりの大食いらしい。
奢るなら覚悟しとけよって舘さん言ってたぞ』
…マジかよ。
「ねぇ、誰からなの?」
そう言って後ろから覗き見をする菜緒。
「…ちょっと大袈裟だな。
そこまでは食べなから安心してよ。
もう…お兄ちゃん話盛りすぎだよ」
ん?
「…お兄ちゃんって?」
「この店の店長だよ。
…お兄ちゃん、隠れてないでいい加減出てきたら?」
「バレてたかのか…」と言いながら店長が出てきた。
「ずーっと見てたの知ってるんだからねっ」
プクーっとほおを膨らませて怒る菜緒。
…なんだか子どもみたいだ。
「えっと…どういうコト?」
菜緒に兄貴なんか居たっけ?
「…覚えてないのもムリないよ。
二人が一緒にいた頃って、俺が一人暮らしし始めた時だし
…あの時は大変だったなぁ」
「…お兄ちゃんってば、ボクが女の子になって喜んでたもんね」
「そりゃ、妹欲しかったしな。
まぁそのおかげで俺は結婚出来たし、那奈も生まれたし…良かったじゃんか」
「…店長さん、那奈って?」
浩史でいいよ
と言って質問に答える。
「俺の娘だよ。
…今、ちょうどあの頃の菜緒達ぐらいか、子どもの成長って早いよな…」
そう言うと浩史は少し寂しそうな顔をした。
「また、
お兄ちゃんってば、そんな顔して…
那奈ちゃんまだ5歳だよ。
今からお嫁に行くこと考えてどうするの…お兄ちゃん」
「まぁ、そうなんだけどつい…な。
男親で娘が居たら…」
そう言って俺を見る。
「もしできたら…大和もそうなの?」
やっぱり俺に振られた。
うーん…どうなんだろ?と
答えに困っていると…
「パパ~、お姉ちゃん~」と言って、
小さな女の子が後ろに束ねた髪を揺らしながら走ってくる。
「あの子が那奈ちゃんか。
菜緒にそっくりだな…」
「うん、よく言われるの。
姉妹ですか?って」
そう言いながら那奈ちゃんの頭を撫でる。
可愛いなぁと思いながら二人を見ていると…
「ねぇ、お姉ちゃん、
…このお兄ちゃんだれ?」
「うん?、那奈ちゃんのお兄ちゃんになる人だよ」
…へ?
そのとき俺の思考は停止していた。
「お姉ちゃん結婚するの!」
「ナニぃ‼。
菜緒、ホントなのか?。
那奈のお兄ちゃんってコトは…」
「うん、大和と結婚するんだ~」
そうだよねっ
と菜緒に抱きつかれる。
「…えっ?
菜緒…聞いてないぞ!」
すると菜緒は泣きそうな顔で、もう離さないと言わんばかりに強く抱きつく…
…あの日の記憶がフラッシュバックのように甦る。
「もう行くわよ、ホラ…」
あの日離ればなれになってしまった日…
「やだ…行きたくない!
ずーっと一緒だもん…」
泣き顔で俺の服の袖つかみイヤと駄々をこねる菜緒、
どうしようかと困り顔の母親達。
俺は駄々をこねる菜緒に訪ねた、どうすればいいの?と、すると涙声で
「大和、次に会うときに、ずーっと一緒にいるって約束して
…おねがい」
「わかった…だから泣かないで」
そう言ってワケもわからずに約束を交わし菜緒と俺は別れた。
…あの日、俺は約束してしまった。
『ずーっと一緒にいる』と、それは男女にとって結婚すると同じ意味だと今、知った。
「約束、ずーっと一緒だよな」
そう言って菜緒を強く抱きしめる…。
「もう10年近く前
…コレがパパとママ再会だよ。
こうして、愛菜が生まれたんだよ」
俺たちの愛娘、愛菜。
二人アイの結晶は少しずつ大人になってゆく…