第二十話 女子会
陽菜子は久々に大学時代の飲み会に呼びだされる。
呉服屋勤務の優衣、旅行代理店勤務の絵美里、最後にやって来たのは、高校教師の直子。
皆、年末年始の休みになってので、集まったのだ。
「まずはかんぱ~い!!」
優衣が音頭を取る。四人共生ビールを手に、ガシャンと派手にグラスをぶつけた。
「……生き返る」
直子はグラスのビールを一気飲みしたあと、若さの欠片もない感想を漏らす。
「久々に飲んだな~」
婚約解消したばかりの優衣は久々のお酒だったようだ。酒浸りの日々ではなかったようで、陽菜子はこっそり安堵する。
「陽菜子はお酒の飲み方覚えたみたいねえ」
絵美里はニヤニヤしながら話しかけてくる。
「あ、うん、まあ」
「一回痛い目に遭えばそうなるよねえ」
「え、陽菜子、痛い目って何?」
優衣が食いついて来る。
「いや、別に……」
「陽菜子はね~、酔っ払って好きな人に介抱してもらったんだって」
「ええ~~」
「陽菜子、前に気を付けろって言っていたのに」
絵美里の話に、優衣は食いつき、直子は苦言を呈する。
「でも、陽菜子にも春が来たんだな~~。なんか、嬉しい」
「いや、だから違うって」
「認めたら楽になるよ」
「クリスマスは?」
直子の質問に、目が点となる陽菜子。まさか、クリスマスについて、探られるとは思わなかったのだ。
「いや、打ち上げには行ったけれど」
「居酒屋?」
首を横に振る。レストランだったと言えば、デートだと決めつけられた。
「それって、予約したレストラン? チェーン店?」
「予約はしたって言っていたけれど」
「ドレスコードは?」
「あったような、なかったような」
事情聴取を聞いた直子が、陽菜子をビシっと指差しながら言う。
「陽菜子、それ、本命にしかしないから」
「いや、ただの打ち上げ……」
「あんた、会社の重役かなんかなの?」
「ヒラ編集だけど」
「だったら、クリスマスにレストランを予約するなんて、好いた女にしか、そんなことしないって」
グサグサと胸に突き刺さる言葉。それは、陽菜子が気付かないようにしていた事実であった。
続けて、絵美里が質問する。
「ねえ、その人、陽菜子が空手してたってこと、知っている?」
「知っているけれど」
「じゃあ、見た目に反して馬鹿真面目なところも?」
「知らなかったら、一緒に仕事はしてくれなかったと思う」
「そう。良かった」
絵美里は「いい男じゃん」と言った。
「陽菜子、そろそろ素直にならないとダメだよ~~。男は狩猟民族だから、どうしても捕まらない獲物は、諦めて逃がしちゃうんだよ」
「優衣、何それ……」
「アドバイス。ま、零士君みたいに、死ぬほど気の長い人もいるけれど」
なぜ、呉服屋の次男の名前を出すのかと聞くと、驚きの事実が発覚する。
「零士君、ずっと私のこと好きだったんだって」
「ええ!?」
「この前告白されたんだ」
優衣と零士は暇があれば、スイーツの食べ歩きをしていた。そんなことを半年続けている中で、つい先日、零士は優衣に告白したのだ。
「で、返事は?」
「え? わっかんな~いって」
「ええ」
「酷いな」
「だって、弟みたいに思っていたし」
しかし、零士は待つと言っていた。
「まあ、お店に女の人が私しかいないから、視野が狭くなっているとも思っているし」
「いや、そんなことないんじゃない?」
陽菜子は思い出す。兄に逆らうような態度に出た零士の姿を。
大人しい印象があったので、あそこまで感情を剥き出しにしたので驚いたのだ。
あれは優衣をないがしろにして、本気で怒っていたのだと、今になって気付いた。
「来年、新卒の女の子が二人入って来るし、そうなれば零士君の意識も変わるんじゃないかな」
「どうだろう」
「陽菜子、言わせておけ」
「この、リア充どもめ」
ここで陽菜子は話題を変える。
「あ、そうだ。優衣にちょっと聞こうと思って」
鞄の中からある物を取り出す。それは、木箱に入ったべっ甲の櫛である。八月一日より、クリスマスプレゼントでもらった品だ。
「この櫛に合う、髪の結い方を教えて欲しいんだけど」
「え!?」
優衣は見せられたべっ甲の簪を食い入るように見て、ぎょっとする。
「どうしたの?」
「陽菜子、これ、どうしたの? ボーナスで買ったの?」
「え?」
優衣は絵美里や直子にも見るように手を招く。
「これは……」
「うわ、凄っ」
「え、何が?」
ポカンとしていたのは、陽菜子だけだった。
貰った物だと聞かれ、頷く。
「陽菜子、べっ甲ってなんか知ってる?」
「亀の甲羅を加工した物でしょ?」
「そう。最近は樹脂とかが混ざった本甲張とかもあるけれど、これは間違いなく本べっ甲!」
べっ甲はウミガメの甲羅を加工した物で、色は半透明で、濃褐色の斑点がある。黄色い部分が多く、透明な物ほど価値は高い。樹脂など混ざっていない物を、本べっ甲と呼ぶ。
「これ、陽菜子の明るい髪色に映えるように斑点部分が多いけれど、飴色の部分は凄く澄んでいるし、高価な物だと思う」
「そ、そうだったんだ」
勉強不足だったと、ぽつりと呟く。
「私も専門家じゃないから、値段はわからないけれど、う~~ん。女将さんだったらわかるかも」
「そういえばこの前、中国人のお客さんが三十万の本べっ甲の櫛を買ったって言っていた」
「その簪はそこまでしないだろうけれど」
「ええ~~……」
思いもよらぬ、高価な贈り物に困惑する。
ここで、陽菜子は釘を刺された。
「陽菜子、その人のこと、好きじゃなかったら、これはお返しすべきだよ」
「それがいい」
「でも、好きだったら、大切にしなきゃね。この簪、陽菜子にとっても似合うと思うから」
陽菜子は今一度、べっ甲の簪を見る。
目にした瞬間から凄く気に入っていた。手放すことなんて、考えていない。
八月一日のことについても、考える。答えなど一つしかないのに、認めるのが怖くて、受け入れた先にある物が恐ろしくて、見ない振りをしていたのだ。
まっさらな心に問いかければ、気持ちはすでに固まっていた。
「……みんな、ありがとう」
陽菜子はお礼を言う。アドバイスのおかげで、どうすべきか道が開けた。
いずれ伝えなければと思う。怖いけれど、勇気を出そうと思った。
しんみりしつつも、飲み会は続く。
「そういえば、うちのばーさんの話なんだけど」
寝たきりになってしまった直子の祖母が、最近意味のわからない要求をしてくるのだと言う。
「なんか、着物の化粧って、繰り返し要求しているみたいで」
「着物を着て、化粧をしたいってこと?」
「違うんだってさ。いったいなんなんだって聞き返しても、着物の化粧しか言わないって」
和装する時のような濃い目の化粧を望んでいるのか、それとも、芸子がするような化粧をしたいのか、さまざまな例を挙げてみたが、どれも頷かないという。
「優衣、わかる?」
「わっかんな~い」
「雑な回答をしてくれる」
「陽菜子の彼氏ならわかるかも。和裁士なんだ」
ここで、絵美里と直子には初めて明かされる八月一日の職業。
「ええ、そうなんだ。やっぱり、普段は着物なの?」
「え、まあ」
「年齢は?」
「三十二」
「陽菜子には、それくらい年上が合っている」
そして、お約束のように会わせろと言われる。
「いや、多分、着物とか勧めてくると思う。私も初対面で着物を着ないかって言われたし」
「じゃ、一着仕立ててもらおうかな。ほら、陽菜子が前に雑誌で書いた、木綿着物? あれ、いいなって思ったの」
「確かに。木綿着物くらいなら、一着あってもいい」
あまり着物を持っていない絵美里と直子には、八月一日の営業攻撃はまったく利かなかった。
焦って顔が熱くなる。陽菜子はウーロン茶を飲んで落ち着こうとしたが――
「そういえば、木綿着物の特集のページにいた眼鏡のお兄さん、凄くかっこよかったけど、あれ、モデルさんだよね」
絵美里の質問を聞いたその瞬間、陽菜子はぶはっとウーロン茶を噴く。
幸い、机の上には何もなかったが――沈黙。
勘のいい直子は、すぐさま気付いた。
「なるほど。雑誌に載っていた着物眼鏡男子が彼氏だと」
顔を真っ赤にして、頭を抱える陽菜子。
「ええ~、嘘嘘、へえ~、いいなあ。イケメンじゃん」
「どんな人だったっけ。覚えてないんだけど」
「真面目そうで、品のある男」
陽菜子は詳しい話を聞かせろと、もみくちゃにされる。
大変な飲み会となってしまった。




