第十九話 クリスマスデート?
八月一日との待ち合わせは東京駅の南口付近。
周囲には忙しなく旅行用のカートを引いて歩く出張帰りのサラリーマン、東京駅の外観を撮る観光客、移動中と見られる営業と、さまざまな人達が行き交っていた。
本日はクリスマスイブなので、街は華やかなイルミネーションに彩られ、どこかそわそわと、道行く人達は落ち着かないような雰囲気を見せていた。
その中で、和装の八月一日は目立つだろうと考えながら待つ。
約束の時間五分前に、陽菜子は声を掛けられた。
「陽菜子さん、すみません、遅れました」
人混みに紛れるようにして現れたので、ぎょっとする陽菜子。
スーツ姿だったのも、驚いた理由の一つだ。
「いえ、まだ約束の時間ではないので……っていうか、着物じゃないんですね」
「はい。この辺りでは目立ってしまいますので」
確かに、浅草の下町ならまだしも、東京駅で男性の着物姿は浮いてしまうと陽菜子も思った。
「もしかして、着物だと期待をされていたのでしょうか?」
「八月一日さん、どんだけ自分の着物姿に自信があるんですか」
冷ややかな反応をすると、笑いだす八月一日。「そうでなくては」と呟いている。
今回、店の予約などすべて任せていた。いったい、どこに行くのかと質問する。
八月一日は東京駅の目の前にある丸の内のビルを指差した。
「……あの、居酒屋じゃないんですね」
「はい。せっかくなので、レストランを予約しました」
何がせっかくなんだと陽菜子は心の中でツッコむ。
クリスマスにレストランなんて、デートじゃあるまいしと、考えているうちに到着した。
八月一日が押したエレベーターの階は最上階。
「ちょっ、これ、ドレスコードのある店とかじゃないですよね」
「多分あったと思いますが、その恰好でも問題ないかと」
打ち上げなのにどこに連れて行くんだと、足元が震えそうになった。
エレベーターから降りて、案内板で場所の確認をする八月一日。どうやら初めて行く店のようだった。
廊下を進んだ先にあったのは、二ツ星の看板が掲げられたイタリアン。
「ゲッ!」という言葉を、口から出る寸前で呑み込んだ。
シャンデリアが吊るされたオシャレなエントランスを抜け、支配人に案内されながら店内を進み、東京の街を一望できる大きな窓があるメインダイニングに辿り着いた。
ここでも、陽菜子は心の中で「なんてとこに連れてくるんだ、八月一日!!」と抗議をあげていた。
引かれた椅子に座る陽菜子。金髪碧眼のイケメンであった。母親ならば、普段の不愛想な様子もなんのそので、笑顔になりそうだなと思いつつ、お礼を言って座った。
じっと、目の前から視線を感じる。八月一日だ。
「何か?」
「陽菜子さんはああいう男性がお好みで?」
「いいえ、まったく」
「だったらよかった」
何が良かったのか。聞き返すのも面倒なので、適当に受け流す。
八月一日の営業トークにいちいち付き合っていたら、好かれていると勘違いをしてしまうのだ。褒め言葉などは半分以下に聞いている。
周囲は、やはりカップルばかりだった。なぜならば、今日はクリスマスだから。
よく、こういう店を予約できたものだと、感心してしまう。
その後、始まる怒涛のフルコース。
食前酒のスパーリングワインを舐めるように飲み、芸術的な盛り付けをされた料理を口にする。
前菜の滑らかなムースに、濃厚な野菜のスープ、白トリュフのブリュレ、ライ麦パン添えに、本日のパスタ。メインは肉、間に氷菓を挟み、魚が出てくる。
料理は星の数に恥じることのない味で、一品一品の量もほどよく、店内は落ち付いた雰囲気。夜景も綺麗だった。
食後はワゴンに載ったチーズを勧められ、レモンのムースを食べて終わりと思いきや、メインのデザートと称してティラミスがやって来た。これが星の付いたレストランなのかと心底驚くことになった。
食後の紅茶と共に届けられる、一口大のお菓子が三種類。
これにてコースは終了となった。
陽菜子が化粧室に行っている間に会計は終わっていたようで、完全に敗北となる。
それから、二軒目に移動しようという話になった。
「八月一日さん、次は私が奢ります」
「ありがとうございます」
どこか八月一日をぎゃふんと唸らせるような店に連れて行きたかったが、残念なことに友達と行くのは大衆居酒屋ばかりであった。
ちらりと、本日のスーツを盗み見る。
オーダーで作ったように見えるスリーピーススーツであった。
ならば、敢えて浮いてしまうような、居酒屋に行くのもありだと思った。
誘って嫌がれば、陽菜子の勝ちである。しかし――
「いいですね、行きましょう」
「あ、はい」
あっさりと、八月一日は誘いに応じた。
◇◇◇
東京駅から新宿に移動し、個室のある居酒屋へと移動した。
人混みから解放され、ふうと一息。
陽菜子は酒を頼まず、ウーロン茶を飲むことにした。きちんと、学習能力はあるのだ。
飲み物と料理がひと通り揃ったところで、やっと落ち着くことができた。
「あ、そうだ、陽菜子さんにクリスマスのプレゼントをと思いまして、受け取っていただけると嬉しいのですが」
八月一日は懐から、細長い箱を手に取り、差し出す。お礼の気持ちだと言っていた。
「え、そんな。私、お世話になってばかりで……」
「では、私の好意ということにして、受け取ってください」
「いや、好意って……」
余計にもらいにくくなる。
けれど、遠慮し続けるのも失礼になると思い、陽菜子はありがたく受け取った。
「え、え~っと、開けてみてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
早く開封しろと言わんばかりの圧力のある笑顔を浴びていたので、贈り物を陽菜子は開封することにした。
和柄の包装紙を開くと、木箱が出てくる。なんだかただものではない雰囲気を感じつつ、蓋を開けた。
「うわ……すごい……綺麗」
木箱の中にあったのは、べっ甲の花を模した透かし簪であった。陽菜子の髪色が映えるような、渋い琥珀の色合いで、扇型の上品な意匠である。
「陽菜子さんに似合うと思いまして」
「あ、ありがとうございます」
しばし、美しいべっ甲の細工に見惚れる陽菜子。
途中でハッと我に返り、八月一日にも贈り物を用意していたことを思い出した。
しかしながら、完璧な品をもらったあとでは渡しにくくなる。
けれど、持っていても仕方がない。借りを返すくらいの軽い気持ちで渡すことにした。
鞄の中より、呉服屋で買った信玄ポーチの入った袋を取り出す。
「あの、これ……」
「もしかして、私にですか?」
「はい」
驚いた表情を浮かべる八月一日に差し出した。すぐに、受け取ってくれる。
「まさか、陽菜子さんからも好意の形をいただけるなんて……!」
「好意の形ではなくて、お礼の印です」
「どちらも似たような物です」
「ぜんぜん違います」
八月一日は断りを入れて、開封する。
紙袋から出て来た物を、食い入るように見ていた。
「よかったら、お仕事の時にでも、と思いまして」
陽菜子は言い訳のように商品説明をする。
悪い品ではない。優衣が一押しした物だ。なので大丈夫。と、言い聞かせる。
もう一度、八月一日を見ると――
「陽菜子さん、ありがとうございます。とても嬉しいです!」
嬉しそうな笑顔を浮かべ、お礼を言われる。
ちょうど、仕事道具入れに使っていたポーチが破損し、繕いながら使っているところだったという話を聞いて、ホッと安堵した。
「買おう買おうと思っていたのですが、自分のことなのでつい後回しにしてしまって――」
勇気を出して渡せて良かった。思いの外、喜んでもらえた。深く安堵する。
陽菜子は改めてお礼を言うため、居住まいを正し、感謝の気持ちを伝えた。
「八月一日さん、一年間、大変お世話になりました。また来年もよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします、ってなんだか今年最後に会うみたいな物言いですね」
「あおい出版は明後日から冬休みですが」
「そうなんですか。花色衣は三十日まで営業なんです」
「へえ、大変ですね」
着物のクリーニングなどで、ギリギリまで忙しく過ごしていると言う。
「三十一日、一日はお休みなんですよ」
「年末年始はゆっくりできるんですね」
「そうなんです」
八月一日は真面目な表情となり、じっと陽菜子を見ながら誘う。
「三十一日、お蕎麦でも食べに行きませんか?」
突然の誘いに、陽菜子はポカンとする。
「嫌ですか?」
そう聞かれ、深く考えずに、首を横に振った。




