第九話 決着
少し短いんですが、勘弁してください
「……え?」
「構えな。リーゼさん。見たいんだろ? 俺の本気を。一瞬で終わるからな。見逃すなよ」
リーゼはしばらく呆然としていたが、言葉の意味を理解すると、涙をぐいっと拭い、悔しげな表情から一転して花が咲くような心地よい笑みを浮かべた。
それに加え、二人の放つ気配の変化に周囲の観客も自ずと決着が近いことを感じ取る。
「準備はいいか? リーゼさん」
「ええ、どこからでもどうぞ」
そして、リーゼが槍を半身で中段に構える。対するルークスに構えはない。ただ、ルークスの発する気迫が彼の周囲を輝くように見せているようだ。
いや、実際に淡く光輝いている。
柔らかい光。
見ている者に勇気や活力といった物を沸き上がらせる様なそんな温かみを感じられる光が彼の周囲で強まっている。
「瞬き、するなよ」
彼の言葉が終わるか終わらないかの刹那。
――光が瞬いた。
速いとか遅いとか、そういうレベルではなかった。
この場において、誰一人として彼を捉えられた者はいなかった。
全ての音をとうの昔に置いてきぼりにして、それは彼女の目の前にある。
まるで最初からそこにあったかのように、いつの間にかリーゼの眼前に広がっていた彼の拳は、彼女の髪を風圧で強く揺らし、リーゼは全く反応する事も出来なかった。
ただ、それは決して彼女には当たることは無い。只の寸止めだ。
それにも関わらず、思わず彼女は腰を抜かした様にその場でペタンと尻餅をついてしまう。
「どうかな? ご期待には添えた?」
リーゼが顔を上げると、最初に見たルークスの纏う光は治まっていて、腰に手をつきながら彼女を見下ろす彼がいた。
「い、今の技は一体なんでしょう?」
理解できない現象に、思わずリーゼはそう尋ねてしまう。
「ん? 今の? ああ……あれはね、ただ貴方に向かって真っ直ぐ走って拳を繰り出しただけ」
「……それだけですか?」
「そう、それだけ」
ポカーンとした様子のリーゼは、それから急に吹き出した様に笑い始めた。それはルークスの目から見ても本当に楽しそうで、喜びに満ちた笑いだった。
「ああ、良かった。やっぱりあなただった」
「うん?」
ルークスの疑問顔に、リーゼは何でもありませんといった様に首を横に振った。
「私の負けです。あなたの攻撃に何の反応も出来なかったんですから、実践じゃあ死んでます」
「だ、そうだよ! カールさん! 判定はまだ?」
決着間際にぬるりとステージに近づいてたカールは、顔を真っ赤にしながらプルプルとしている。ただ、それでも自分の仕事は忘れていないようで。
「言われんでも分かっとる! 勝者、ルークス・ブラッド! この模擬戦を以てお前がSランク冒険者であることを認めよう!」
判定が言い終わられた後、周囲の観客が今まで以上にワッという歓声を決闘場に響かせた。ここに居る人数はどう合わせても100人どころかその半数を少し超えた程度だというのに、冒険者の有り余るエネルギーからか、決闘場が揺れているような錯覚まで起こす程だ。
「ほら、手を貸すよ」
「ありがとうございます」
尻餅を付いたリーゼにルークスは手を差し伸べる。それを取ったリーゼは本当に満足気な様子だ。
「あなたが本物だと確かめられて良かったです。結局今に至っても、あなたの技の一端を感じ取ることさえできませんでしたけど」
「いやいや、リーゼさん相当強いからね? ”纏いの二番”なんて使ったの何年振りか……。というか、リーゼさんはどこで俺を知ったの? 悪いけど、あんまり覚えて無いというか……」
リーゼはルークスの言葉に困ったように微笑みかけた。
「それは……少し残念ですね。でもしょうがないと思います。あの時は色々と大変でしたから。でも、これを言えば少し思い出してもらえるんじゃないでしょうか? ……勇者様?」
「……ッ! 後で少し話を聞いても?」
「ええ、喜んで」
二人はそれきりで会話を終わらせると、ルークスはカールとクロエのいる場所へ近づいていく。
「終わったよ、クロエ」
「お疲れ様です、ルークスさん。誰かさんのせいで余計に手間がかかっちゃいましたね」
そう言ってクロエはカールの方に意味ありげな視線を送る。カールはというと、その視線にぐっ、という呻き声を漏らすが、一つ咳払いをするとふんと鼻を鳴らして話し出す。
「確かに疑ったのは悪かったが、お前らもお前らだぞ! Sランクなんていう最高位のランクに位置しているんなら、外見もそれなりに整えておくべきだ! だから余計な疑いを生むんだぞ」
「なっ!? ルークスさんを盗人扱いして、それは無いんじゃないですか? 謝るならちゃんと――」
「いいっていいってクロエ。それで? カードは更新してもらえるんですよね?」
「ふん! もうやっとるわ。あと少しで終わるから、後は受付で受け取れる。ワシは忙しいんでな、もう行くぞ!」
それだけ言い残すと、カールは肩をいからせながら決闘場を後にした。周囲の観客達も模擬戦の終了と共に方々に散っていったので、後に残されたのは、リーゼとルークス、それに肩をプルプルと震わせているクロエだけだ。
「何なんですかあの人! ルークスさんの事をさんざん疑っておいてあの態度! 許せません!」
「まあ、あの人の言うとおり、武器無しじゃあ疑われても仕方がないとこはあるからなあ。俺のミスでもある」
「そんな事言ったって、あの態度は失礼すぎます!」
何故かルークスよりも憤慨している様子のクロエに、苦笑いしながらもどこか気だるげな様子を見せるルークスはふらりとその場を離れる。
「ルークスさん? いったい何処へ?」
「ああ、ちょっと便所にね。すぐ戻るから、リーゼさんと話でもして待っててよ」
「あっ……失礼しました。そうですね、せっかく凄い女性の冒険者の方と会えたのですから、お話を聞いてきます」
そう言って、小走りでリーゼのもとへ小走りで駆けていくクロエをそっと視界の端に収めながら、ルークスは静かに決闘場を離れた。
彼が向かったのは、決闘場を出てすぐ近くにある人気のない路地裏。誰の目にも止まらず、ふらりとそこに入っていったルークスは堪え切れない様子でゴホッ、ゴホッと軽く咳をした。彼が口に当てた手をそっと離してみると、その手にはいくらかの赤い液体が付着しており、彼はそれを見ると心底嫌な顔をしながら、ずるずると壁に背を預けて座り込む。
「全く、嫌になるなあ……ホント――」
彼の心持ちを嘲笑うかのように、見上げる空は青々と晴れ渡っている。その空を見る度に、彼はかつての日々を思い出す。まだ彼が純粋に友と笑いあえたあの日々を。幸せそうにルークスに向かって笑いかける、大切な親友のあの顔を。
「またお前に会えたら……今度はちゃんと……」
そう呟いて、彼はポケットにしまわれた小さな青く輝く石をそっと取り出すと、それをじっと眺めたまま、誰もいない路地裏で静かに一筋の涙を零した。