第八話 電光石火
……誠に申し訳ない。
急な仕事が入って、投稿が遅れてしまいました。なんとかもう一話、近日中にあげたいと思っています。(希望的観測
「これが冒険者の方達の戦い……」
目の前で依然として激しく行われるルークスとリーゼの戦いに、思わずステージの傍で見ていたクロエからはそんな言葉が漏れる。クロエの目では既に目で追うのも厳しい次元で、ただただ圧倒されるだけだった。
「ふんっ! あんなのが一般の冒険者だとは思わないことだな」
クロエの誰とも向けていない言葉を拾ったのは、いつの間にかクロエの近くへ移動してきていたカールだ。
「……どういう事ですか?」
今までのカールの態度から、若干不機嫌になりつつも、クロエはその言葉の意味を尋ねることにした。
「一般の冒険者が死に物狂いで、努力したとしても辿り着けるのはせいぜいCランクまでだ。それでも、魔物との戦闘経験や手に入れた武器などで、そんじょそこらの国の兵士よりは数倍強い。だがな、Bランクより上、主にあいつらが立っているようなレベルはどう足掻いても才能かそれ以上のもんが必要になってくる」
そう言って、どこか悔しげな様子でカールは言葉を紡ぎ続ける。
「忌々しいが、ワシの目が狂っていたことは認めよう。あの坊主はワシが思っていたよりも強い。恐らくBランクでも上の方に入るだろうな。だが、それでもリーゼには勝てんだろう」
「それは……何故ですか?」
「Bランクが天才だけが行きつける領域だとしたら、Aランクはそのさらに上、一握りの本当の強者のみが行きつける領域だからだ。……。まあ、もう少し見ていればそれも分かるだろう」
そう言って、カールは近くにあった木製の木の椅子を引っ張って、ドカッと腰を下ろした。
クロエは今のカールの言葉を聞きながら、目の前で繰り広げられている戦いを、それでもルークスが勝ってほしいという思いを抱きながら、静かにその行く末を見守っていた。
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「うわあ……あんなのありかよ……」
槍のリーチよりも距離をとったまま、初級、中級、上級と難度によってカテゴリ分けされる魔法の中でも、初級魔法に分類される”水球”を無数に放ちながら、ルークスは悪態をついた。
なぜなら放たれた無数の水球は、どれもその威力を発揮することなく、リーゼの操る霊槍が高速回転することで描かれる円の軌跡によって、ただの水飛沫に代わっていき、そればかりか隙あらば間合いを詰めて、槍のリーチの優位が一番発揮されるであろう距離を保ちながら、突きを放ってくる。
「初級魔法とはいえ、これだけの数を打ってまだ魔力切れしないなんて、あなたの体は一体どうなってるの?」
「あなたも十分おかしいと思うんですが――」
言葉を交わしながらも、薙いだ槍の穂先を屈んで躱し、続く槍の柄の部分での打ち下ろしを後ろに飛びのいて凌いだルークスだったが、代わりに先ほどまでいたステージの地面が、標的を失った槍の打ち下ろしを受けて、盛大に弾けた。
時間が経つにつれて、リーゼの攻撃はより重く、より鋭いものになっていく。
だが、両者ともに有効打のひとつどころか、かすり傷さえ負っていない。
「これでは埒があきませんね。あなたも無理に攻めてくる様子がありませんし」
「いやいや、無理に攻めたら串刺しになっちゃうでしょ」
「はあ……。人前であんまり手の内を晒したくはないんですが、あなたに本気を出させるためなら仕方ありませんね」
そう言うとリーゼの持つ捻れた槍の先端が、まるで花開くかのように解け始め、二又に分かれた。
そしてそれに伴い、澄んだ蒼い光を反射していた槍は、いつしか紫紺の輝きを帯び始め、周囲にパチパチと放電を起こす。
「これまでとは訳が違いますよ。死なないように」
リーゼの纏う雰囲気と霊槍から放たれる明らかに危険な匂いに、対峙するルークスからは冷や汗が流れ始める。
「いやいや……俺を殺す気ですか?」
「あなたが本気を出せば、大丈夫でしょう? では――――いきます」
そして、――彼女は消えた。
「なっ!?」
今までとは次元を画するスピードに思わずルークスは声を漏らした。
否。周囲で見ていた観客には確かにそう見えただろう。だがそれは実際には目で追いきれない程の速度で移動しただけで、彼女は既にルークスの背後に回り込んでいた。
背後に感じた死の気配に、ルークスは間一髪身体を捻る事で、何とか槍の刺突を逃れる。続け様に放たれた彼女の回し蹴りを、咄嗟に片手で受け取めようとする、が。
「ぐっ……」
余りの威力に、ガードなど焼け石に水といったようで、ルークスはそのまま大きく横に吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながらも、片手一本で跳び跳ねて体勢を立て直すが、視線を戻した先には既にリーゼの姿はない。そんな中、ルークスは相手を見失った時の対処法、とりあえず大きく回避する、を選択。
直後。
頭上から降ってきたリーゼが、先程までルークスがいた地点に一撃をいれ、ステージに大きく亀裂が走った。周囲の人間も目で追えないばかりか、ステージを壊さんばかりの二人の戦いに思わず息を呑む。
「驚きましたね……。本気も出さずに私の攻撃を捌き続けるなんて」
「……槍の能力か? 人間の出せる速さじゃないな」
「ええ、これが霊槍の恩恵の一つ、《電光石火》です。この槍は中に込められた魔力を消費して、使用者の身体能力を限界以上に引き出す事ができるんです。今のあなたでは私についてこれないでしょう? さあ、あなたの本気を私に見せてください」
リーゼは悠然と立ちながら、攻撃する素振りも見せず、リーゼの思うようなルークスの本気とやらが出るのを待っているような様子だ。
「悪いけど……これが俺の全力だよ」
「そんなはずないでしょう。それとも私程度には見せるまでもないってことですか?」
「見せるも何もさっき言ったとおりだ」
「どうして……」
「あんた……何でそんな俺の本気にこだわ……って……っええ!?」
リーゼの言葉に答えて、ルークスがおもむろに彼女を見ると、何故か彼女はルークスを見ながらポロポロと涙を流していた。
「えっ! ちょっ! 何で泣いてんの!?」
ルークスの疑問は尤もで周囲の観客も、突然動きを止めて涙を涙を流し始めたリーゼに対し、一体何が起きたのかとざわついている。
「せっかくあなたに会えたのに……。 ここまで必死に頑張ってきたのに……。まだ私じゃあ実力不足ってことでしょうか?」
「うん? あんた何言って――」
「4年前、私はあなたに命を助けられました。……そこから私はあなたに追いつくために、それこそ命懸けで強くなってきたつもりでした。でも、それでも、まだ足りないって事でしょうか……」
静かに涙をこぼしながら、リーゼは俯く。
「4年前って……まさか……いや、どいつの事だ? ……。ああ~クソっ! あんたが誰かはよく分かんないけど、とりあえず! 俺に認められるために4年も頑張ってきたってことでいいのか?」
リーゼの言葉に理解でき無いことが多々有り、いらいらする様子を見せるルークスだったが、しばらく悩んだ上でリーゼに言葉をかける。
「……そういう事ですね」
「はあ……。何で立て続けに厄介事が入ってくるんだか……。分かったよ、そんなに言うんなら見せてやる。どのみちこのままじゃ勝てないからな」
「……え?」
予期していない返答だったのか、りーぜは俯いた顔をあげてルークスの様子を窺う。
「構えな。リーゼさん。見たいんだろ? 俺の本気を。一瞬で終わるからな、見逃すなよ」