第七話 小手調べ
やっと書けました。
明日にはもう一話投稿すると思います。
その日《石竜の咢》にいた冒険者のほとんどは、ギルドの裏手にある決闘場に集まっていた。理由は言うまでもなく、ルークスとリーゼの模擬戦が行われるからだ。
決闘場というのは、名前の通り、冒険者間で話し合いや金銭での問題解決が出来ないとされた時に、決闘で勝負をつけるための場である。ギルド側が提供している公式な問題解決の場であり、血の気の多い冒険者も少なくないためか、利用頻度はそれなりにある。
広さはかなりのもので、ギルドの一階部分の3~4倍程度の大きさがあり、加えて、決闘場の周囲には高価な魔道具により結界が張られていて、派手な戦闘を行っても周囲への危険は無い。
「なんだ、なんだ? 今日はいったい誰の決闘騒ぎだ?」
決闘場に遅れてきた、とある男の冒険者が近くにいた冒険者に現状を尋ねている。
「お前、何も聞いてないのか? あそこ、見てみろよ」
尋ねられた冒険者が決闘場の中央を指差す。そこには既にルークスとリーゼが適度な距離をとったまま、決闘の開始を静かに待っているところだった。
「おいおいおい、ありゃあAランクのリーゼじゃねえか! あいつに喧嘩売ろうなんていう命知らずはいったいどこのどいつだ?」
「さあな。俺も知らん。ここじゃあ見ない顔だが、聞こえてきた話によると、あの黒髪の奴はSランク冒険者らしいぞ?」
「なに!! Sランク!? そりゃホントか?」
「嘘くさいがな。見ろよあれ、黒髪の方は手ぶらだぞ? 獲物も無しで、リーゼに挑もうなんてのは、たとえSランクでも、まず無理じゃねえか? まっ、俺ならあっても無理だがな」
「確かになあ……。Sランクってのが万が一、本当だとしてもありゃあ、リーゼをなめすぎだ。勝負は見えてるな」
「まっ、だけどリーゼの生の戦いを見れることなんざ、俺らのランクじゃ滅多にねえんだ。素直に楽しもうぜ?」
「そうだな……。そうするか……」
そう言って二人のしがない冒険者は、決闘場の2階にある観覧席から、周りの冒険者達と同じく、間もなく始まる上級の冒険者の戦いに期待して、胸を踊らせた。
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「さっきも聞いたけど……本当に武器は要らないの? 自分で言うのもなんだけど、私、結構強いと思うわよ」
「お気遣いどうも。でも、俺は素手でいいよ。あっ、別にこれはあんたを嘗めているとか、そういう問題じゃなくて、素手の方が戦いやすいってだけの話だから」
「そう……、ならいいのだけれど」
そう言ってリーゼはおもむろに背中に担いでいた槍を自身の手に納める。先端がねじれながら蒼く光を反射するその槍を、ルークスは風の噂で少しばかり聞いたことがあった。
霊槍グランサーペント。
1000年以上生きていると言われる、巨大な海蛇の角から作られたその槍は武器となってもなお、海蛇としてあった頃の特殊な力を発揮すると言われる。
ただ、霊槍や霊剣といった、通常の武具とは異なる物は得てして持ち主を選ぶものだ。
霊槍がいかに強力な武器であるとはいえ、それを所持しているという事は、リーゼ自身がその槍に選ばれるほどの強さや他の何か重要な要素を持っているという事に他ならない。
まあ、どっちにしろ彼女は強いという事だ。
「それで、リーゼさん? だっけ? あんた……何が目的だ?」
「……どういうことかしら?」
「俺達を助けてくれようとしてくれた事は分かるよ。それは感謝してる。だけど、あんたほど周囲から一目置かれてそうな奴なら、こんな面倒事までしないで、あのまま俺達に手続きをさせることも可能だったんじゃないか?」
訝しむような様子でルークスが尋ねると、僅かな沈黙を置いて、苦笑しながらリーゼは答えた。
「買いかぶりすぎよ。流石に私にそこまでの力は無いわ。私はただ純粋にSランクの冒険者の実力というのを確かめてみたかっただけ」
しばし、ルークスはそう答えたリーゼの目を見透かすようにじっと見つめるが、途中でふう、と息を吐いてどこかあきらめたような様子で語りだす。
「そっか。悪かったね、疑うようなことを聞いて。じゃあ、周りの奴らもうずうずしてるみたいだし、さっさと始めようか」
「ええ、そうしましょう」
そう言って二人はそれぞれ構えをとる。
黒装束に襲われた時は、ろくに構えも取らなかったルークスだったが、今回は違う。僅かに半身になったまま、どちらかというと攻撃を捌くことを意識するように両手をそっと前に伸ばしている。
対して、リーゼは一転して攻めの構えだ。同じく半身になっていて、槍を斜めに構えたまま、明らかに突き込むことを意識しているのが分かる。
「二人とも準備はいいか? ワシが始めといった瞬間からは何でもありだ。ただ、相手が負けを認めるか、明らかに戦闘不能になった時点でこの模擬戦は終わりだ。まあ、それでも危険な事には変わりない。諦めるなら早い方がいいぞ、坊主」
簡単に模擬戦の説明をした後、にやりと笑うカールを完全にルークスは無視している。その様子にピクピクと青筋を立てるカールであったが、ゆっくりと二人から距離をとってステージから降りた。
「それでは、両者の合意の元、模擬戦を始める。それでは両者、始め!」
――ガッ!
開始の合図の直後、リーゼの足元のタイルが強く踏み込んだ衝撃で勢いよく弾ける。
圧倒的な速度で、間合いを詰めたリーゼはそのままルークスの肩口めがけて一撃を放った。刹那に感じるその瞬間に、ルークスは左手で槍の軌道を僅かに逸らし、逆に懐に潜り込もうとするが、明らかにリーチの差がありすぎる。
リーゼは突き込んだ槍を素早く引き戻すと、懐に潜ろうとするルークスからバックステップで距離をとったかと思うと、肩、足、など致命傷にならない箇所を素早く連続で突く。
「くっ!」
堪らずルークスは懐に戻りこもうとした足に凄まじい制動をかけ、リーゼと同じように後ろへ距離をとった。
リーチの圧倒的な差を予想以上に感じたルークスは、即座に戦法を変え、その距離のまま魔法で空中に六つの水球を作り出したかと思うと、リーゼに向かってそれらを弾き出す。
が、それらはリーゼの類稀なる槍捌きによって、綺麗に両断されたかと思うと、ただの水飛沫となって決闘場のステージを濡らした。
「ね? カールさん、彼、強いでしょう?」
今の一瞬のやり取りの後、リーゼがカールに向かって笑いながら話しかける。
模擬戦を始める前にざわついていた周囲は、今の一瞬の攻防で静まり返り、カールに向けていったはずの言葉は決闘所の中に、いやによく響いていた。
そしてりーぜのその言葉が響いた少し後に、決闘場で二人を観戦していた観客はワッと割れんばかりの声をあげて騒ぎ出した。
「おいおいおい、今の見えたか! お前!」
「馬鹿野郎! 俺に見えるか!」
「リーゼも凄えが、あの坊主もやべえぞ!」
「ああ、いい尻してやがる……」
「「「は?」」」
一部おかしな発言はあったものの、皆一様に二人の戦いに興奮している。二人の戦いは既に、低級の冒険者では目で追えないほどの次元に達していたのだ。
「ぐぬぬぬぬ……確かに思ったよりは、やるようだが、リーゼ! お前は全く本気を出しておらんだろ! それでは奴が本当にSランクかどうかが分からんぞ!」
ルークスの予想以上の動きに一気に余裕がなくなり悔し気な様子のカールだったが、それでもまだルークスに対して不遜な態度は崩さない。というのも――。
「まだ上があんのかよ……はあ……疲れるわ……」
この先のより激しくなる戦闘を予期して、ルークスは一人呟きながら、頭を悩ませたのだった。