第六話 面倒事
ふう……。
忙しさから逃げていつの間にかこれを書いていた自分がいる。
後悔してるか? だって? ハハッ!!
してるに決まってるさ(絶望
続いてルークス達が向かったのは、冒険者ギルドだ。
「クロエは……外で待ってる? 冒険者の中には気性が荒い人もいるから」
「いえ、私は以前から冒険者という方たちに興味があったので、良ければ一緒に入らせてください」
「そっか、だったらなるべく絡まれないように近くにいてね」
それだけ言って、二人は2階建てのギルドの中に入っていく。中はかなり広い作りで、軽食やお酒が注文できるスペース、それに様々な紙が乱雑に貼り付けられている依頼板と呼ばれるものや、横に広く並んだ五つの受付がある。
お昼時だからか、中にはそれなりに人がいるようで、見慣れない二人に対して視線を送ってくる者もいる。
そんな中でルークスはそれらの視線を全く感じていないような足取りで、スタスタと受付まで歩いていった。
ルークスの受付にいたのは、まだ年若く眼鏡をかけた金髪の女性だ。
「ギルド《石竜の咢》へ、ようこそ。本日はどういったご用件ですか?」
受付の女性は落ち着いた様子で、見慣れぬであろうルークスにも柔らかく対応する。
「ずいぶん前にギルドカードが凍結されてしまったんですが、違約期間が終わったと思うので、更新お願いします」
「ギルドカードの凍結ですか……。それはまた……凄い事をやらかしてしまったみたいですね。ギルドカードを拝見しても?」
受付の女性に促されるままに、ルークスはカードを取りだして手渡す。取り出されたカードは黒塗りで、白色の文字が色々と浮かび上がっている。
「では拝見させていただき……ま……ス……エ、エ、エエ、エ、エスランク!?」
それまで落ち着いた様子だった女性が、ルークスのカードを見た瞬間に、これでもかという程、目を見開いて、ルークスに視線を移したかと思うと、もう一度確かめるようにカードに目を落とす。
「コ、コ、ココ、コ、ココで! 少々お待ち頂けますか!!」
「えっ!? なん――」
ダッ!!
ルークスが問い返す前に、受付の女性は光の速さで二階に駆け上がっていった。後に残されたのは、呆然としたままのルークスと、同じく何が何だか分からない様子のクロエだけだった。
「あの? ルークスさん」
呆然としたままのルークスに、肩をちょんちょんと叩いて、クロエが尋ねる。
「……何?」
「あの方……鶏のマネ、お上手でしたね」
大真面目な顔でルークスに話しかけたクロエだったが、それに対してルークスはぽかーんとした様子のまま、しばらく固まってしまう。
「いや、違うでしょ……。 多分あの人は鶏のマネをしてた訳じゃないと思うよ……」
クロエの見当違いの質問に、何故かルークスはどっと疲れを感じ、彼らはしばらく立ち尽くす羽目になった。
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二人が待つこと、およそ10分。
先程の受付の女性が、小太りで身なりのいい男を引き連れて戻ってきた。
「ルークスさん、お待たせしました。こちら、このギルドのマスターを務めているカールさんです」
受付嬢が紹介した男は、尊大な感じが漂っていて、ふん、と鼻を鳴らしながら、ルークス達に向かって話しかけてくる。
「お前がSランクカードを持ってきたルークスってやつか?」
「そうですが」
「はっ! お前のような若造がSランクだと! 正直に言え、これは何処のSランク冒険者から、くすねてきたもんだ?」
「……はい?」
思いもかけない存外な対応に、思わずルークスは聞き返す。
「何処の間抜けなSランクからパクってきたか知らんが、これはお前のようなひよっこが持っていていいほど、軽いもんじゃないわ! 分かったら、さっさと白状せい。今なら罪には問わんでやる」
カールがどでかい声で言うだけ言った後には、ルークス達だけでなく、先程から何事かと様子を窺っていた周囲の冒険者も思わず静まり返っていた。
ルークスとクロエはというと、開いた口が塞がらないといった様子だ。
「な、なんて言いがかりですか! あのですね! ルークスさんは――」
「ああっ? なんだお前……女か? ったく、こんな貧相な装備の女を連れて、挙句自分は獲物も持たずにSランクのギルドカードを出すとは、ホントにとんだ間抜けなようだな? せめて格好だけでも装っていれば、バレなかったかもしれんものを」
クロエの抗議も聞く耳持たずといった様子のカールは、早く白状しろ、といったような目線でルークス達を睨み付けた。
それに対しクロエは抗議の声を途中で遮られて、ぐぬぬぬと唸っている。
「もういいや、クロエ、行こう? ここじゃ埒が明かなそうだ。更新はいいんで、カードだけ返してもらえます?」
ルークスはカールの不躾な言葉なぞなんのその、柳に風といった様子で、怒った様子もない。むしろその言葉でカールの方が怒りのボルテージを上げているように見える。
「き、貴様! ワシの言葉を聞いておったのか! ワシはお前が過ちを認め、カードの元の持ち主を教えろと言っとるんだぞ!」
「聞こえてますって。話の分かんない人だなあ。そのカードは紛れもなく、俺のモンです。はあ……ここのギルド……《石竜の咢》でしたっけ? そんな大層な名前より《ゴブリンの脳味噌》とかの方がよっぽど的を得てるんじゃないですかねえ」
「き・さ・まぁ~! 言わせておけば、盗人の分際で――」
「カールさん、そこまでにしたらどうですか?」
カールの言葉を遮り、仲裁に入ったのは翡翠色の目をした、金髪の美女だった。女性らしい体つきをしているが、それに反して彼女の背丈ほどの美しい蒼の大槍を背中に担いでおり、ただの美女という訳では無い事が見ただけで分かる。
「リーゼか……。だがな、こいつは――」
「カールさんの話をちらりと聞いていましたけど、怪しいかもしれませんが、彼の物では無いという証拠はどこにもないんでしょう? 初めから盗んだと決めてかかるのは失礼だと思いますよ」
「ぐっ、しかし……」
リーゼと呼ばれた女性の言葉で、それまで熱くなっていた様子のカールが、みるみる落ち着いていくのが傍目にもわかる。相当な実力者なのか、周囲の冒険者はざわつき、カールもどこか言葉遣いを改めているようにも見える。
苦笑しながらも、親切そうな人が間に入ってくれて、助かったと思って安心したルークスだったが、その認識は甘かった。
「ですけど、客観的に見れば、彼がSランクというのは怪しいですからね。なので、どうでしょう? 私と一戦模擬戦をしてみるというのは?」
「……はい?」
本日二度目となる、はい? を繰り出したルークスを尻目に、リーゼは話を続ける。
「彼が本当にSランクなら、私程度は簡単にあしらわれてしまうでしょう。それが、彼が無実だという証明になりませんか? それに何より、私も一介の冒険者としてSランクの方の実力を見てみたいのです」
「なるほど……。よし! それで行こう。がっはっはっは! まさか、こんな所で霊槍使いの戦いが拝めるとは! これならば、むしろお前には感謝しなければならんかもな!」
そう言って、ちらりとルークスの方を一瞥したかと思うと、カールはどんどんと話を進めていく。
「なっ! 俺の返事は――」
「臆したか盗人め。まあ、それも仕方なかろうな。怪我をしないうちに白状するか? リーゼの戦いを見られないのは残念だが、そっちはそっちで手早く面倒が終わって楽だからな」
そう言い終わると、カールはまた大きな声で笑い始める。ルークスが勝つ事など微塵も想定していないのであろう。
「ルークスさん、どうしましょう?」
「……はあ。受けるしかないんだろうな……。悪いクロエ、今日はまだ出発できないかも……」
そう答えるルークスがちらりとリーゼと目線が合うと、彼女がパチリとウインクをしている。その表情はいかにもこの状況を楽しんでいるようで――。
それを見たルークスは、単なる親切だと思ったのは間違いだったな、と思いながら、この日、何度目か分からない程の深い溜息をつく事になるのであった。