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国落としの勇者様  作者: 新聞紙
プロローグ
1/12

第一話 プロローグ

 

 その年、ウルム大陸にある大国、アルマ王国が途方もない危機に陥っていた。

  

 その危機とは魔の混乱(カルミナ)と呼ばれる、魔物の突発的な大発生によるものだ。


 魔物がどうやって発生するのかは詳しく分かっていない。ただ、たった数体の魔物が発生しただけでも、場合によっては村一つが壊滅する危険もある事から、魔物に対する人々の危機意識は尋常ではない。


 それが当時の魔の混乱で発生した魔物の総数はおよそ1万である。


 アルマの擁する騎士団は総勢合わせて3万。大国なだけあって、その数は恐ろしいまでに上っていたが、期待を込めた騎士団の魔物の殲滅戦に対して第一陣は壊滅。


 魔物は500体程減ったものの、それに対して失われた兵力は3000にも上った。


 魔物は定められたレートによって、その強さが飛躍的に変動するのだが、その魔の混乱ではレートの高い魔物が比較的多いようで、数の有利はほとんど当てにならなかった。

 

 続く第二陣。


 これも結果は芳しくない。


 魔物達は道中にある村々と立ち向かった兵士達を押しつぶしながら、徐々にアルマへ近づいていた。


 

 「どうにかならんのか! あと4日もすれば、アルマまで魔物共が辿り着いてしまうぞ!」


 「他の国への伝令は……」


 「既に飛ばしておる! それでも時間的に間に合わんじゃろう……。救援が着く頃にはこの国は火の海に沈んでおるわ……」


 アルマの王城にある会議室の一角。


 そこで、国王と臣下達とを交えた対策会議が開かれている。


 会議は紛糾しながらも、一向に打開策を打ち出せず、各々の顔からは逃れえぬ絶望から憔悴の色が見え始めていた。


 そんな中、ふと誰かがこんな事を言った。


 「冒険者に頼んでみるのはどうであろうか?」


 「冒険者だと!? 何を世迷言を……。数千の兵を差し向けても、あれほどの結果しか得られなかったのだぞ? それをお前は分かっているのか? 第一、奴らは中立だ。国からの要請で動くことはあるまい」


 「しかし……このままでは我が国は滅びるだけですぞ? それに、いまこの国にはSランクと言われる最高峰の冒険者が立ち寄っているという話を聞きました。これは神のお導きかもしれません。時間稼ぎになれば上等程度の気持ちで、お願いしてはどうでしょう?」


 この提案に誰もが押し黙る。


 冒険者はどの国にも一定数いて、その力がどこかの国に傾き、万が一にも兵力として使われる事がないように、冒険者ギルドが全て国からの依頼は受け付けないという仕組みになっている。だから、緊急時とはいえ、力を借りるのは難しいだろうと、ここにいた多くは感じていた。


 「であれば、ギルドを通してではなく、個人的に依頼するのはどうだろうか? それならば問題ないのでは?」


 なるほど、と周囲は頷く。対策会議である以上、何らかの案を出さなければいけない上、話の流れから自然とそのS級冒険者の手を借りるという案にこの場は纏まりつつあった。


 そして、今代の王が言葉を発する。


 「その者を至急、王城へお招きするのだ」


 召喚は思いの外、スムーズに行われ、一日と待たず、その者は謁見の間に現れた。


 黒い髪にまだ幼いとさえいえる顔立ち。年齢でいえば、12、3といった所であろうか。召喚した相手の思いもかけぬ容貌に臣下の誰もが落胆の色を見せるが、王の手前、言葉までは発しない。


 「そなたがS級冒険者のルークス・ブラッドで間違いないか?」


 「はい。間違いありません」


 重鎮達は驚いた。


 意外にも礼儀を知らないと思っていた冒険者が、王の前で膝をつき、頭を垂れたからだ。


 「そなたには、今この国に向かっている多数の魔物の討伐に出向いてもらいたい。ギルドからの依頼では無いが……受けてもらえるか?」


 「……。王のご命令とあらば。ただし……ギルドからの正式な依頼では無いので、この場で王には僕と聖約をしてもらいたいと思います」


 「なっ!? 聖約だと!? 我等が王に対して無礼であるぞ!」


 それまで沈黙していた臣下達もこれには一斉に声を上げた。


 聖約。


 それは太古の昔から伝わる一種の魔法のようなもので、誓いの内容に関する虚偽は不可能。そして互いに課した聖約を破れば、破った方の魂が破壊されるという危険な代物である。


 ただし、この場合にそれを用いるという事は、王から自分に対して報酬が本当に払われるのかという不信を直接的に言ったといっても過言ではなく、王に対する不敬であるとの想いをこの場にいた臣下達が抱いたとしても何ら不自然ではないだろう。


 そんな臣下達のざわめきを当該の王、本人が制す。


 「よかろう。そなたとの報酬を約束するためにも、ここで聖約を交わそう」


 臣下達から反対の声も上がっていたが、王自身としてはある程度高価な報酬を望まれても仕方ないとは感じていた。


 しかし、この時点では王はこの者が生きて帰ってくるとは思っていなかったのだ。せいぜいで足止め程度にしかならないであろうと。


 「我、アルマ王国第12代国王ドルマ・オブ・カナンは汝、ルークス・ブラッドに対して、そなたの望みに対して我が払える限りの報酬を払う事を誓おう!」


 「私、ルークス・ブラッドはその報酬に対し、身命を持って、この国に迫る魔物共を打ち滅ぼすことを誓います」


 聖約が交わされると同時に、王とルークスの間に淡い光がしばし発生し、その内消えた。


 この時、渋い顔をしていた重鎮達は大勢いたが、まさかあのような事になるとは、この時だれもまだ想像していなかった。



 聖約から一日経った後。



 王都の前の平原には無数の魔物の死骸が並んでいた。


 勿論、それは件の少年、たった一人の手によって行われたものだ。そしてそれは討伐などという物では無かった。


 ただの蹂躙。


 絶対的な強者がただそれらを力で押しつぶしただけ。


 無論、それは外壁から見ていた兵士達も、襲われかけた村の人々もその光景を目の当たりにした。魔を打ち滅ぼすその偉業に誰もが彼を勇者であると褒め称えた。そしてその偉業は瞬く間に広大なアルマの国の全土に広がった。


 当然の如く行われた王都での勝利の凱旋の後、再び少年は国中を挙げたパレードの中で、臣下達、そして国民の前で王と相対した。


 「よくやってくれた! 勇者、ルークス・ブラッドよ! この国を救ってくれた偉業に対して、可能な限りの報酬をそなたに与えよう! さあ、望みを申してみよ!」

 

 その場にいた全ての人間の視線が一人の少年に集まり、沈黙が支配する中、少年はおもむろに口を開いた。


 「――3年分」


 「……何だと? すまないが、聞こえなかった。もう一度申してみよ」


 「この国の予算の3年分を僕にください」


 

 ――。



 少年の言葉にその場にいた誰もが、その意味を理解できず、固まった。


 「ば、馬鹿な! 王は可能な限りと申したはずだ! そなたの功績は素晴らしいが、それは横暴というものだぞ! 自らの偉業を欲で汚すつもりか!」


 しばらくの静寂のうち、やっと言葉通りの意味を理解した臣下の一人が声を荒げて、発言する。それに触発されるように、貴族や臣下、それに一定数の国民までもが一転して少年を非難する。


 「静まれ! 皆の者! 勇者よ、それは無理な願いだ。今一度、考え直してもらえないか?」


 王の覇気ある声にその場はシンと静まり返り、再び少年に視線が注がれた。


 「残念ですが、僕の願いは変わりません。それに……それは可能な願いですよ、殿下。溜め込んでるんでしょう? 国民の税を」


 「なっ!」


 予期せぬ少年の返答に王は狼狽え、今度は国民が王に視線を注いだ。そして臣下達はというと、驚愕の表情のまま固まっている。


 「さあ! アルマの王よ! 聖約の元、僕は誓いを果たした! 返答してもらおうか!」


 「…………。聖約の元、誓いは果たされた。対価として、お前の望む褒美を与えよう……」


 その後、勇者は身に余るほどの財を受け取り、すぐさまその国から姿を消した。


 一方でアルマ王国はというと、魔物の大群から救われたはいいものの、国民の税を過剰に溜め込んでいた事が露見した事で、大規模な国民の暴動が起こった。そして、魔物の大量発生から一年と経たずとして、12代もの間続いたアルマ王国は一瞬で歴史から姿を消した。


 そして、この出来事の発端となった少年を、ある者は傲慢で業突く張りだという侮蔑の念から、またある者は人々を救い不正を暴いたとして感謝の念から人々は後に彼をこう呼んだ。


 

 国落としの勇者と――。








 


 


 


 


 


 

 

 

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