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金色の時間~Tea Time~

作者: みつ

「凄いと思わないか?」

「……な、何がです?」

少女の言葉には応えず、彼はごろんとその場に仰向けになった。

コンクリートの冷たさが、シャツを通り越してじわりと背中に伝わる。

日付は既に変わっており、月のない夜の空は、星々がお祭りをしているかのように輝いていた。

満点に輝く幾多の星々。

少し手を伸ばしさえすれば届きそうな近くにあるように見えて、人の一生を幾度積んだとしても届かない距離にある。

その途方もない距離と時間を超えて、今彼が受け取る星々のメッセージ。

それらは何を伝えたいのか、何を言いたいのか。

それとも、その瞬きに、意味など何も存在しないのか。

彼は寝っ転がったまま、両手の人差し指と親指で檻を作る。

「いち、に、さんし、ご……」

50くらいまで数えて彼は星々を解放する。

「いつか、会ってみたいな……もしいるのなら、他の星の住人に……」



金色の時間~Tea Time~



「……先輩って……ロマンチストなんですね」

終始無言だった少女が、考えながら言葉を発した。

「そうか?」

彼の言葉に彼女は応えず、彼女はその視線を彼と同じ方向に向けた。

そして、まともに星を見たことなんて数えるくらいしかなかった事に気付く。

淀み行く水、濁り行く空。

削られていく夜、そう言えば昔何かで読んだ記憶があった。

生き物が夜眠るのは夜の闇が怖いから、闇を直視するのが怖いから、意識を落とし、楽しいことを思い浮かべようとするのだと。

そして見るのが『夢』なのだと。

けれど人は知恵を手に入れ知識を蓄積することを覚えた。

そして小さな火を操ることが出来るようになった。

次第に、本当に少しずつ夜を削って昼へと変えていったのだ、と。

そうして豊かさを得た。他の何かを犠牲にして。




「うちの学校が高台でよかったよ……町だと灯りが邪魔で全然見えなくてな……」

「先輩……何度もこうして……星を見に来てるんですか?」

少女の言葉に、彼はうなずいた。

かといっても、明かりと言ったら星明かりくらいしかなかったから、彼女からは彼がほんの少し動いたようにしか見えなかったけれども。

「1カ月月に2回か3回くらいかな……屋上の鍵拾ったから使わせて貰ってる」

「……い、良いんですか?それって」

良いんだよ、誰も迷惑する訳じゃないし。とあっさりと彼は言い放った。

「……鍵落とした人は困ってると思いますけど……」

「それ言われると苦しいが……」

彼は誤魔化すように視線を空へ。

それを追うように、少女も視線を空へと向ける。

「綺麗………」

天の川を最後に見たのはいつの時だっただろうか……。

小学校低学年の、キャンプ?

「見たからってどうって事ないけどな……俺は見てると落ち着くから、こうしてる……精神集中って奴だな」

「……先輩、ひょっとして大会の前日は必ず星見てます?」

彼女のその言葉に、彼はむくりと体を起こして、顔を彼女へ向ける。

「あぁ……毎回って訳じゃないけど、大抵はな」

「やっぱり……先輩の強さの秘密ってコレだったんですね」

何か納得した風な彼女の言葉を「いや」二文字で彼は否定した。

そして傍らに置いてあったペットボトルの蓋をきゅっと開けてぐいっとあおる。

「家がそう言う家系でね、その道の世界ではかなり有名。それと……」

ペットボトルの蓋を閉めながら彼は急に言葉を止めた。

「それと……なんですか?」

「……男としては出来る限り力は持っておきたいからね……」

力を持っておきたいと言うことと、大会で勝つと言うことは関係ないんじゃ……。

彼女はそう思ったが、言葉には出さなかった。

彼が言った言葉と、言おうとした言葉が違うと言うことを、言葉のつなぎ目の沈黙で何となく察したからだ。

彼女はそれ以上追究することもなく、ゆっくりと視線を天の川へと向けた。






「そう言えば、どうしてこんな夜中に学校に?」

「えっ?」

「あんなのは普通にいるぞ?ガラス割ったり、校舎に落書きしようとした奴もいるし」

こんな高台まで来て、ご苦労なことだ。と溜息混じりで彼は言った。

「忘れ物か?」

こくんとうなずくと、彼はふぅむと唸った。

「こんな夜中に取りに来るほど大切なモノって何だ? 想像も付かんが……」

「それは……」

「まぁ、俺には関係の無いことかな……」

「…………」

彼女は、自分の教室から持ち出した忘れ物、一冊の本をぎゅっと握りしめ俯いてしまった。

無言で俯く彼女をちらりと一瞥するも、彼は再び視線を天の川へと向ける。

「銀河の中心……あそこの方向か……そこにたどり着く頃、この星はどれ程の文明を持っているのかな……」

想像して楽しくなって、思わずクスリと笑みを零した。


とんとんと肩を叩かれて、はっと彼女は顔を上げた。

「もう一時回るぞ、そろそろ俺は帰って寝るが、そっちは?」

彼にそう言われて、慌てて彼女は立ち上がる。

その時忘れ物、友達から借りた本がバサリと落ちて、慌てて拾った。

表紙のタイトルを見て彼女はきゅっと何かを決意したかのように、出入り口に向かう彼の背中を睨み付けた。

「……せんぱい」

「ん~?」

彼は立ち止まらず、振り返らず、ドアノブに手をかけて。

「先輩は好きなコっているんですか」

止まった。

どれ程時は止まっていただろうか、彼が「いるよ、一応ね」との言葉に時は動きだし、変わりに彼女が数秒固まった。

比較的早めに膠着は解け、彼女はゆっくりと問いかけた。

「どんなコですか?」と。

「……なぜそんな事を訊く?」

彼は質問に答えず、逆に質問を返し、彼女は答えに窮した。

ずっと好きでした、とは……言えない。

私にはそんな勇気はない、学校での元気は、いつも空元気だったから……。

家柄の所為で敬遠されて、独りぼっちは嫌だから、気の強い女のコを、一生懸命振る舞ってて。

彼の顔を凝視したまま彼女は固まり、彼は嘆息して言った。

「学校でね、見かけた女の子なんだけど。見るといつも清楚な感じがして、でもどこか寂しげにしてるコ」

「……その子のこと、好きなんですか……?」

「……好きと言うよりは、ただちょっと気になるかな……一度話してみたいと思ってた」

時折見せる寂しそうな表情の理由を、訊いてみたかった。

友達は多そうに見えたのに、どこか寂しげにしてる、あのコと、話を。

「その……その女の子の……その……学年とクラスと……名前は……あの……すみません、やっぱり……」

「2のB、4番だったかな」

『やっぱり良いです』と言おうとした矢先、彼から発せられた言葉に、彼女は絶句し唖然として目を見開いた。

そんな彼女の顔を見て、苦笑に表情をゆがめ、そして彼は言った。

「もしその子がフリーだったら、謹んでお付き合いを申し込みたいと思うんだけどね……君はどう思う……?」

意地悪な笑みをしていることが、微かな星明かりの下でもよくわかった。

「どう……って……言われても……わたし……は……」

「ひょっとしてもう付き合ってる奴とかいるのかな……?」

「いませんっ!」

彼の言葉に、思わず彼女は大声で否定した。

彼女の顔が紅潮している事を知りながら、彼は安堵する演技を大げさな身振り手振りでなおも言った。


「それじゃあその子は、好きな奴とかはいるのかな?君知らない?」


彼の言葉に、再び沈黙が産み出される。

時計の長針が10度程傾きを変えた頃、彼女は小さな声で「います」と応えた。

そしてまた沈黙が発生する。

彼も、出入り口のドアノブにかけた手を引っ込め、ただ屋上に吹くさわやかな風のみを感じ。彼女の言葉を待った。

「せんぱい……わたし……」

言葉に詰まった。

言わなければ……今言わなければ、二度とチャンスは来ないかもしれない……。

先輩の遠回しの気持ちも、自分の気持ちも、わかっている。

ずっと、ずっと……。ずっと……。

「ずっと……せんぱいが……好きでした……」

どくんと、心臓の鼓動が脳の奥まで響いた。

そして、優しい口調で、言葉が返ってくる。

「俺もだよ」

「せんぱ……」

不意に嗚咽で言葉が途切れてしまう。

そして、両頬を暖かい物が流れた。

「ずっと……ずっとっ、せんぱいは強くてっ、かっこよくて、わたしもっせんぱいみたいに強くなれたらってっ」

ぷつんと、何かが切れたかのように彼女は泣きじゃくる。

そして彼は、無言で彼女に歩み寄り、ぎゅっと抱きしめた。

「無理はするな、肩こるぞ」

彼の腕の温もりに抱かれながら、その心地よさに彼女は瞳を閉じて。

嗚咽混じりに、小さく一つ「はい」と答えた。





いい加減眠いな、と彼が思い始めた頃、腕の中の彼女が泣きやんだ。

そして彼もその両腕をそっと解放した。

涙で赤くなった目がまるでウサギのようで、可愛かった。

彼の視線がじっと目を凝視しているのに否応なく気付き、彼女は頬を赤らめてそっぽを向いた。

しかし、視線が外される気配が全くなく、彼女は仕方なしに顔を彼の方へと向けた。

「俺と……付き合ってくれないか……?」

待ち望んでいた彼の言葉に、目頭が熱くなるのを覚え、必死に涙を堪えた。

そして返事の代わりに、彼女は彼の顔を見上げたまま、瞳だけをそっと閉じた。戸惑う彼の気配を感じた。

彼女の両肩に彼の手が置かれ、じんわりと温もりが体に伝わっていった。



星明かりの下、二つの影は一つになった。

初めてのくちづけは、彼が口にしていたレモンティーの香りがした。

遠く星々の煌めきは、永遠の虚空の旅を終え、今、2人を祝福しているかのように見えた。

光年という名の途方もない尺度の前では、人の一生など刹那の瞬きに過ぎないのかもしれない。

幾億もの時を行く光の旅人達は、悠久に等しき虚無の空間にて何を望むだろうか。

人は触れざる瞬きに腕を伸ばし想いを馳せながらも、それでもいつか、すぐ傍らの小さな輝きに気付くだだろう。

億千万の星の瞬きに劣る、ほんの微かな煌めきでも。

それが歪な硝子玉であったとしても。その傍らに光が有ればその幸福は永遠になれるだろう。

どこの世界でも、どこの宇宙でも。

星々の瞬きの一瞬の中に、人を愛し、また愛され、生きていくのだろう。

夜を削り、昼を手に入れ、失った物には気付かない。

けれど、何かを愛することが出来る、その心だけは、決して失われることは……。




「くしゅんっ」


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