学院生活
あれから、しばらくが過ぎた。
平日には授業を受けて、土曜日にお店を出すのは変わっていない。
10時くらいから品物を並べて、お昼はルカが食堂から貰って来たサンドイッチを食べて、夕方までのんびりと店を開く。
最近では楽しみにしてくれる人たちもいるようで、冷やかしも多かったけれど、売り上げが安定するようになった。
ヒロインちゃんは、何故かあの日以来あまり来ない。クッキーとかプレゼントすれば、少しだけど好感度が上がるのに。
なんでだろうとルカに聞いたら、好感度アイテムを買わないのは何故か分からないけれど、季節が変わればまた来るだろうと言われた。
何でも『お得意様特典』は季節ごとじゃないと出ないらしい。うちの商会のことなのに何で私より詳しいんだろうと思ったら、ゲームだとそうだった、とかなんとか。
つまり春の商品はもう買ってしまったから、夏になったら来るんじゃないかと言うことだった。
心配していたホームシックには、ガッツリなった。と言うか、私よりも同室の子が深刻で、ふさぎ込んで泣くので、私もつられた感じだ。
2人で抱き合ってめそめそ泣いて、家族のことを話しながら寂しい寂しいと言っていたらお互いの体温で寝てしまう、と言う事を何度か繰り返して、そうして少し浮上した。
寂しいのは自分一人だけじゃない、と思えたのが良かったみたいだ。
新しい友達も出来た。授業で、食堂で、女の子同士賑やかに過ごすのはとても楽しい。
日曜日の王都探索も結構進んで、王都内の名所をしらみつぶしに回っている。王都は広いから、制覇するのは時間がかかりそうだ。美味しいお店開拓もまだまだ進んでいない。
ルカと行くとどこも楽しくて、いつも時間を忘れてしまう。
授業は楽ではないけれど、将来家族の役に立つように、と思えば身が入った。
夕食前に談話室で勉強していると他の人もやって来て、教えたり教えられたり。教師の愚痴をこそこそ言い合ったり、課題について相談したりしながら、私は寮生活ならではの生活にだいぶ慣れてきていた。
その日、掲示板にはあるお知らせが掲示された。
『礼儀作法』の特別授業だ。2週間に1回、授業の後に特別講義をしてくれるらしい。ずっと続ければ王城の舞踏会に出ても恥ずかしくない紳士淑女になれるのだとか。
舞踏会には興味がないけれど、この世界の礼儀作法は身につけておいた方が良い気がする。将来、商会の手伝いをするなら必要だろう。
学院の生徒は将来王城で働くことも出来るけれど、やっぱり平民が多いから、言葉遣いや立ち居振る舞い、歩き方などの初歩的なところからやってくれるらしい。
ルカも、元々礼儀作法の講義は受ける気だったようだ。
ルカたちの傭兵団は貴族から依頼を受けることもあって、その時の対応をちゃんとできるようにする、と言うのも彼がこの学院に来た目的だから。
そうして私たちは2人で申し込みをして、その講義を受けることにしたのだ。
礼儀作法の授業を受けるのは、将来貴族の元か王城で働きたいと思っている子たちだ。
当たり前だけれどその中には貴族はいない。彼らはこんなところで学ばなくても生まれてからずっと礼儀作法を叩き込まれているようなものだ。
教科書はなく、教師のはきはきとした声の声を聞いて、ポイントをノートに書き記していく。
万年筆のようなペンは羽ペンよりは発達しているけれど、前世にあったシャーペンが恋しい。せめて鉛筆が欲しかった。製紙技術もまだまだ未熟だから分厚いし、表面がガタガタしているから書きにくい。羊皮紙よりはましなのだろうけれど。
礼儀作法の授業では、発声練習や、訛りの矯正もするらしい。美しい声と発声は人間関係を良くするのだとか。
授業中も背筋をちゃんと伸ばして座っていないとお叱りの声が飛んできた。腹筋と背筋が鍛えられそうだ。
ルカは声量を褒められた。荒野で育ったから、声を大きくしないと話が出来なかったんだと笑うけれど、彼の普段の声は穏やかだ。
腹から声を出すと良いと言われてやってみたけれど、普段から腹式呼吸をしているらしいルカとは、基礎が全く違うみたいで。
普段の生活でも、姿勢を正して暮らしましょうと言われて、淑女への道は遠いな、と私は天井を仰いだのだった。