ニアミス
ヒロインらしきレティシアの身に何が起きているのかは知らない。
興味はあるが、俺は自分の身が可愛かった。こんなところに来る羽目になっただけでも勘弁してほしいのだ。
特殊な背景があるんだろうことだけは確定したので、お嬢は話しかけてみようか、なんて提案をしてきたけれど速攻で却下しておいた。
こっちのメリットが全くない。ハーレムを目指すヒロインと知り合いになるのは良いが、その周りには奴らがいるのだ。関わり合いにならないのは無理だろう。
商人として旨みはあるかもしれないが、アビントンさんちは王都進出は考えてないらしく、堅実な商売、地に足着いた地元に愛される商店なのが誇りだと言っていたから余計なお世話だ。
俺にとっては全くのデメリットしかない。うっかり騎士だの近衛兵だのにされそうになったらどうしてくれる。最悪のシナリオだ。
対して、ヒロイン側から見れば『中庭の商人』と友人になるのは良いことだらけだ。
何せ取り扱う商品は攻略に必要な品ばかり。ランダムでしか手に入らないステータスアップ系のアイテムやら、訓練効果アップ系のアイテムを優先して手に入れられると思われたら最悪だ。友達だからと言う理由で値切られでもしたらどうするんだ。お嬢はお人よしだから、絶対断れないだろう。
お嬢が単純で助かった。俺たちはこれからも、彼らとは距離を置くことになった。
休日になると、学院の生徒には外出許可が下りる。
王子であるシャルルは『王城』か『大神殿』。
騎士を目指すクロードは『闘技場』か『大通り』。
神官見習いのエミールは『大神殿』か『大通り』。
魔法が使えるフレデリクは『王立図書館』か『暁の丘』。
知的なラウルは『王立図書館』か『中央公園』。
芸術家のテオドールは『劇場』か『暁の丘』。
『王城』は4年目でイベントを起こさないと入れないし、『闘技場』は武力系ステータスを鍛えなきゃ行けない。
ゲ―ムでは話しかけるだけでも好感度は上がったから、ヒロインは彼らを探して街中をさまよう事になる。
出現はランダムだったから、いない時もあるのだが。
ウインドウショッピングを楽しむお嬢と手をつないで大通りを歩きつつ、俺はのんびりとした気分でいた。
護衛として来てはいるが、横道を覗いてみてもごみが散乱している様子もなく、浮浪者がいるわけでもなさそうだ。衛兵が見回りをしているようで、さっきから何回も姿を見た。どうやら王都の治安は良いようだ。
学院の制服を着ている俺たちにも衛兵さんたちの視線はしっかりと届いていて、どうやらこの制服はある種観察対象であるらしかった。
この世界の服はどちらかと言うと明るい色が多いのだが、学院の制服は紺色だ。街中にいるとはっきり言ってとても目立つし、すぐに分かる。
おそらく、昔は学院の生徒を狙って誘拐だのなんだのが多かったんじゃないだろうか。
学院の生徒は、貴族か、優秀な人材だ。身代金でもなんでもとれる確率が高く、割のいい稼ぎだっただろう。
『休日でも制服着用』は人の目に留まるように。何かあった時に目撃情報は必要だろうから。そういう意味なんじゃないかと思う。
「次、あっちね」
「はいはい」
リスみたいに大通りをちょろちょろとしながら、お嬢は買い物を楽しんでいるようだ。
入る店は女の子ばかりで、場違いな気はするけれど、妹に付き合っていると考えれば気楽な部類だ。
たまに、彼女に連れられてきたらしき男を見かけて、こっそり苦笑しあったり。
同じ制服を着ている奴はちらほらと見かけるけれど、攻略対象者らしき人影はないのでほっとする。まだ知り合ってもいないのだから、大丈夫だとは思うが。
「美味しい!はい、ルカもどうぞ」
「ありがとう。お嬢も、ほら」
学生割引をやっている店に入り、昼食にする。学院の生徒は将来の道を約束されているようなものだ。贔屓になってもらえば、メリットは大きいのだろう。上手いことやっているなと感心する。
鶏肉は旨かったし、お嬢に1口貰ったパスタも旨かったから、構わないのだけれど。
王立図書館は流石の広さで、日曜日と言う事もあって結構な人がいた。その中に同じ制服が見えて、俺はそいつに視線を流した。
ちらりと後ろ姿しか見えなかったけれど、向かっている先が『図書館の隅の閲覧テーブル』らしいそいつに、もしかして、と思う。
全く気付かずどれから読もうか本に夢中なっているお嬢を連れて、図書館の真ん中にしつらえられているテーブルの、空いている場所を探す。
人目を全く遮らない、間違ってもこっそり、とか隠れて、とか言えないような席が良い。
幾つかのテーブルの隙間を抜けて、見つけた椅子に荷物を置くと、お嬢は早速本棚に突撃していった。
人の事は言えないけれど、お嬢はずいぶん本に飢えていたみたいだった。
活版印刷の発達していないこの世界で本と言えば手書きの写本だ。貴重だからアビントンさんちでも取り扱っていない。欲しい本があればこういう図書館で借りて、自分で写すのだ。
今もテーブルのそこかしこで、ペンの走る音が聞こえてきていた。
お嬢が数冊の本を手に抱えて戻って来て、そのページを開いてから、俺も自分で読む本を探しに行くことにした。
『歴史』とか『魔術』の分野には近寄らないようにして。