お上りさんの日曜日
ヒロインだと思われる子は、レティシアちゃんと言うらしい。
設定どおりに平民の出身で、ここへは村の奨学金枠で来たようだ。奨学生だと学費がいらない代わりに、在学時は優秀な成績を収めなければならないし、卒業から数年は国の定める職場で働くことになる。
転生か、チート、もしくは周回プレイ中。
全員分の好きな色のアクセサリーを買っていったから、おそらく目指しているのはハーレムエンド。真、の方かはまだ分からない。
チュートリアルの時点で所持金もかなりあるようだから、ルカの言う通り運の値はかなり高いはずだ。
転生だったら私たちと同じだし、話しかけてみようか?とルカに言ってみたけれど、それは却下された。
ヒロインちゃんと仲良くなったら必然的に攻略対象やライバル令嬢たちとの距離も近づいてしまう、と。
そんな訳で、中庭でお店は出すけれど、『出来るだけ関わらない』というスタンスでこれからも過ごすことになった。
「お嬢、まずはどこ行く?」
学院の制服を着て、わくわくした視線を左右に飛ばしながら、ルカが言う。
ヒロインちゃんに出会った次の日曜日、気分転換も兼ねて私たちは街へ出ることにした。
前の日の消灯までに届け出を出しておけば外出は出来るし、王都やその近郊で暮らしていた人たちは土日は家に帰る、と言う人も多いので外泊許可も簡単に下りる。
私も馬車で4時間の街に家はあるから、帰ろうとすればいつでも帰れたりするのだけど、『中庭の商人さん』である限りそれは出来なさそうだ。
昨日の売り上げで懐は温かい。ルカは本当に護衛として働くつもりがあるらしく、外出すると言うと当たり前のようについてきた。
学院の生徒は休日でも制服着用が推奨されていて、もう馴染みになっているのだろう王都の人たちの視線は柔らかい。
制服を着て、ガイドブックを持った、きょろきょろしている子供。
どこからどう見ても今年学院に入ったばかりのお上りさんだ。実際そうなので、私は目いっぱいこの外出を楽しむことにしていた。
『王立図書館』は蔵書数万冊と言われる巨大図書館で、学院の生徒なら閲覧許可を貰える。
『劇場』では音楽や演劇を楽しめて、昼公演ならお小遣い程度で見る事が出来た。
『中央公園』に行けば出店やストリートパフォーマーを見る事が出来るし、『大通り』では様々な商店が並んでいてウインドウショッピングも楽しいらしい。
郊外には『暁の丘』もあって、ピクニックに最適だ。
「まずは、大通りでお店を冷やかしましょう!その後王立図書館よ!」
「了解!」
私達は浮き立つ心のままに、手に手を取ってうきうきと歩き出したのだった。
流行のドレスに、帽子。レースにアクセサリー。可愛い雑貨にお洒落な小物。
ガラス越しに展示されている商品は、流石王都なだけあって華やかだ。大通りに面したお店は流行の最先端で、見ているだけでもすごく楽しい。
気になるお店にはちょっと入ってみたりして、私でも買えそうな小物を物色していると時間が経つのもあっという間。
気が付くとルカの存在を忘れていて、それでもそんな時、ルカは笑ってそばにいてくれていた。
つまらなくないかと聞いてみたけれど、彼は首を振って否定する。
「でもそろそろお腹は空いたかな」
「……それは確かに」
言われた途端、私のお腹も空腹を思い出したようだった。
通りに面した食事処に、学生さん割引をしているところがあって、制服を着ていると少し安くなるらしい。覗いてみると結構繁盛しているようだったから、ルカと相談してそこに入ることにする。
本日の日替わりセットはクリームパスタか鶏肉のトマト煮込みを選べると言うので、私がパスタ、ルカは鶏肉を選んで、少し交換して食べることにした。
私たちは共通した前世を持っていることからすっかり仲良くなって、性別を超えた友情みたいなものを感じていたので、そのくらいは平気なのだ。
デザートまですっかり食べ終わって、食後の紅茶で一息ついて。
「はー幸せ」
「だなー」
美味しいものを、親しい友人と食べられる。なんて幸せなんだろう。
食休みをしてから、予定通り王立図書館に来た私たちは、その威容に圧倒された。
本、本、本、本、本。床から天井までみっちりと本棚だ。
やばいやばいこれはやばいと小声で囁きあいつつ、閲覧登録を済ませていよいよ本の元へ。
「私、ここでなら何日でも過ごせそう」
「分かる」
ルカも私も、互い前世はオタクだ。つまり、漫画や小説が大好きってことで。
羊の群れの前の狼、ケーキの前の甘党、宝箱の前の盗賊。脇目もふらず突進したくてうずうずする。
「お嬢、こっち空いてるから、まず席確保しよう。本に熱中しだしたら、お互いどこに行くか分かんなくなるだろ?」
どの本棚から読もうか、分類別に分かれた本棚の説明を順番に見ていた私の手を、ルカが引っ張っていく。私の視線は本に固定されていて、足元すら見ていないけれど、引っ張っているのはルカだから大丈夫。
「はい、じゃあお嬢はここな。本は持ってきて、ここで読むこと」
「はーい」
「じゃあ、寮の夕飯までには帰るからな」
「うん、分かった」
その言葉を最後に、私の意識は活字の世界に飛んで行ったのだった。