チュートリアル期間
寝る前にはコップ1杯の牛乳に、蜂蜜を1さじ。溶けきるまでくるくるとスプーンで混ぜながら、魔力を込めていく。
俺に魔力があると発覚した5歳の時からずっと続けている大事な儀式だ。
そのコップを俺のものになった机に置いて、その隣にピアスを外して置き、俺は今日も9時に眠る。
学院で過ごす最初の1週間は、ゲームで言うならチュートリアルだ。
月曜日から金曜日までにどんな授業があるか、その授業で何のステータスが上がるかを教えられて、土日はアルバイトと自由行動。土曜日に中庭に行けば商人から便利アイテムが買えて、平日の間に攻略対象と約束が出来れば日曜日はデートが出来る。
学院の新入生である俺たちも、最初の1週間は学院で何が学べるのか教えるために、順番にいろんな授業を受けさせられた。
5時に起きて、まずピアスを付ける。顔を洗って運動用の綿のシャツとズボンに着替え、ストレッチを十分にしてから学院の敷地をぐるりと走る。筋力よりも体力や持久力を付けたいから、無理はしない。
俺の他にも走っている人はいて、大体は年上の先輩だ。手を挙げて挨拶してくれるのにぺこりと会釈を返して、抜かされても気にしないで自分のペースを乱さず走る。
終わった後のクールダウンを兼ねてまたストレッチをして、部屋に戻って汗を拭いてから制服に着替え、それからカーテンと窓を開けて換気をすると、大体6時半だ。
もぞもぞと起きだす同室者におはようと挨拶をして、朝ご飯を食べに食堂へ。
食堂は6時半から開いている。授業が9時からだから、8時半までが朝食の時間。昼は11時半から13時半まで。昼休みは12時から1時までだけれど、授業の選択によっては前後の時間空いていることもあるらしい。
夕飯は5時半から7時半までで、食堂自体が閉まるのは8時だ。
朝起きて走って、朝食を食べて授業を受けて、昼食を食べて少し昼寝をして、午後の授業を受けて、お嬢と勉強して、夕食を食べて、腹ごなしに運動をして、風呂に入って寝る。
環境が変わっても、俺の生活リズムはそんなに変わらなかった。
お嬢は、悩んでいるみたいだった。
そりゃそうだ、自分が生きている世界がゲームの世界だと気が付いて、そこで自分がどんな役目をしなきゃならないかと言う命題が目の前に立ちふさがっている。
店を出さないことも考えたらしいけれど、それがどんな影響を及ぼすか全くわからないのも怖い。
結構シビアなあのゲームの中で『中庭の商人が売っているアイテム』のお役立ち度はかなりのものだ。
ステータスUPのアイテムから訓練の効果が上がるもの、はては好感度が上がるアイテムまで揃っている。ハーレムエンドを目指すならそれらは絶対に必要だった。
結局、お嬢はアビントンさんに手紙を書いて、商品を送ってもらう事にしたようだ。
「自分でお小遣いを稼ぎたい」と言う意見は、商人のアビントンさんにとって『娘可愛い僕の娘が良い子過ぎて辛い』と言う感想になったみたいで、ついでのように俺の元へ送られてきた小包に入っていた手紙には、娘への愛がダダ漏れに書かれていた。
俺に送られてきた荷物はお嬢に送るには可愛くない商品が主で、前世でとても見覚えのあるものだった。
体力訓練の効果が上がるダンベル、賢さが上がるガラスペン、持久力UPの効果を持つリストバンド、音楽訓練の効果が上がる音叉、画力が上がる絵筆、魔力向上の指輪。
一見なんの変哲もないそれらは、『中庭の商人』さんのお得意様になることで増えるアイテムで、攻略には必要なもの。
10回取引するごとにランダムで増えるはずのそれは、普通だったら最初は所持金が足りなくて買えないはずだったのだが……。
「ルカ」
「うん」
「あの子」
「うん」
「ヒロインちゃん?」
「だろうなぁ」
「……やっぱり?」
「うん」
ゲームの主要人物とは関わり合いにならないでおこう、と決めた時に、一番の難関だったのはヒロインだ。
外見の設定は何もなし、デフォルト名も決まっていない。分かっている設定は平民出身で、隠された才能がある、と言う事だけ。
とりあえず中庭には来るだろうから、それを待とう、と言う事になっていたのだが。
ゲームのヒロインは、最初は全てのステータス値が5しかない。雑魚め、と言われてしまう数値だ。
カンストは999だから、どれだけ鍛えなきゃならないかが分かるだろう。
項目は武力系、知力系、魔力系、美術系に分かれていて、攻略対象によってそれぞれ上げなければいけないものが違う。
クロードなら武力系ステータスを、ラウルなら知力系を。最高難度の王子に至っては全てのステータスを900以上なんていう鬼畜仕様だ。
勿論救済措置はあって、誰か1人のハッピーエンドかトゥルーエンドを見るたびに周回得点ボーナスとして初期値にポイントが割り振れるようになる。
1週ごとに10ポイント。攻略対象者は6人だから、ハーレムエンドを目指すころには120ポイントのボーナスが貰える。
所持金に関しても1度出したアルバイト先は周回しても出たままだから、成功するかはともかく最初から効率がいいアルバイトを出来ることになる。
成功、大成功、失敗があってそれはステータス値の他に、運が大事だった。
授業や特訓であげられるその他ステータスと違って、運の値は厄介なものだ。
上がる時はランダムだし、何をすれば上がる、と言う事が分からない。けれど特訓やアルバイトが大成功するには運の値が必要不可欠なのだ。
だから、『周回ボーナスは全部運に!』が常識だったりする。
一見何の特徴もないように見えたこと。
――――武力や知力、その他のステータスが高くなっているなら外見や所作で分かるはず。
取引10回で商品が増えることを知っていたこと。
――――中庭の出口まで行って引き返したのは確実にそのためだ。
その商品を買える所持金があること。
――――全部買えるだけの金を得るためには、アルバイトで『魔王城探索』を大成功する必要がある。周回ボーナスを全部運につぎ込めば、初期値でもできなくはない。
それを考えれば、彼女は転生者か、チートか、もしくは周回プレイ中だと推測が出来た。