中庭の商店
乙女ゲームには、ひたすら攻略対象の好感度を上げればいいものと、プレイヤーの分身であるヒロインを育てなければいけないものがある。
『レーヴ・デ・エコール ~恋する君と10年間~』は後者で、それも結構真面目に育成しないと好感度が上がらないことで有名なゲームだった。
ヒロインは、最初は雑魚も良いところのステータスしかない。
授業を受けたり、アルバイトをしたり、冒険に出たりしてそれを少しずつ上げていき、攻略対象とのイベントを起こして、そうやって好感度を上げていく。
真面目な騎士のクロード。
癒しの神官のエミール。
無気力魔法使いのフレデリク。
未来の腹黒宰相ラウル。
麗しの画家テオドール。
そして、第一王子シャルル。
それぞれに上げなければならないステータスが決まっていて、一定以上にしないと恋愛エンディングにはならない。だから、ヒロインはとっても忙しいのだ。
私達が学院に来て、1週間が経った。やっと寮に慣れたくらいで、ホームシックになる余裕もない。
同室の子とは仲良くやれているし、一通り受けた授業も何とかついて行けそうだ。
朝起きて身支度をしてご飯を食べ、午前の授業を受ける。お昼を食べて少し休んで、そして午後の授業。
談話室でルカと喋りながら復習と予習を少しして、夕ご飯を食べてお風呂に入り、そして寝る。
少しずつ1日のルーチンが整ってきて、明日を不安に感じる事がなくなってきたように思う。
そうして迎えた土曜日。私はルカと一緒に学院の中庭へ向かった。
「いらっしゃいませー。アビントン商会出張所ですー」
中庭の噴水のそばにあるベンチに座って、その前にシートを広げ、小物を並べる。
勝手に商売なんかしていいのかと思って一応確認してみたら、『生徒の自主性を重んじる』とかで犯罪っぽいことをしなければ良いとあっさり許可が下りた。
売り物は父さんに送ってもらったもので、子供のお小遣いでも買える髪留めとか、ちょっとした日持ちするおやつとか。
偶然かもしれないけれど、ゲーム内で売ってたものとそう大差なくなった。
ルカは適当に過ごすと言って、離れた場所にいる。
花壇の花に水を上げていた管理人さんらしき人に早速話しかけて、一緒に水やりや草取りをしていた。本当に、あの人見知りしないところはすごいと思う。
『毎週土曜日、中庭にいた商人』としてはここにいなくてはいけないのだろうが、結構暇だ。
さっきからチラチラと視線は感じるけれど、授業がない土日は外出許可が出るのだから、街へ出かけた方が品揃えも良いのだ。
「ヒロインちゃん来るのかなぁ…」
結局、私のこれは何と言うか、確認だ。本当にこの世界があのゲームの世界なのか。私は『便利なアイテムを売っている商人』としての役割を背負っているのか、その確認。
誰も買いに来なければ、私はのんびりとフローラの人生を歩んでいける。
だけど、ここがゲームの世界ならば。私は、どうしたら良いのだろう。
「あの、この髪留めください」
どれくらい時間が経っただろうか。ぼんやりとしていると、目の前に人が立った。
「あ、はい。この赤いものでよろしいですか?」
ハッと意識をはっきりさせながらも愛想笑いを浮かべれば、そこには何の特徴もない女の子がいた。
「またどうぞー」
お金と髪留めを交換して、お礼を言ってその女の子を見送る私の視界に、こっちを見ているルカの姿が入ってくる。
視線を交わして、頷いて、商品の穴を埋めて、そして姿勢を正す。
彼女に触発されたのか、中庭にいた何人かの子が商品を見てくれた。
これは父さんの商会で扱っているものだから、王都にはまだないもののはず。可愛い小物はいつでも、女の子の気持ちを甘くするのだろう。
アクセサリーは色によって好きなヒーローが違う。
おやつも好き嫌いがあるからプレゼントするなら考えなくちゃいけない。
主人公はアルバイトをすることによってお金を貯められて、それを使ってアイテムを買っていく。
アルバイトにもランクがあって、ステータスが高ければ高いほど報酬が良いアルバイトが出来る。
ゲームのシステムとしてはそんな感じだ。
「あれ?」
そろそろ日が陰り、中庭に人影が少なくなってきたころ、最初に髪留めを買ってくれた女の子がまた来てくれた。
「髪留めください」
「はい、青いものでよろしいですか?」
「はい、それで」
「ありがとうございます。ほかにはよろしいですか?」
「はい」
「ありがとうございました、またどうぞ」
今度は、青い髪留めを買っていった。さっき買った赤はテオドールの好きな色、青はエミールの好きな色だ。
女の子を見送っていると、中庭の出口でくるりと反転して、またこちらへやってくる。
「髪留めください」
「はい、黄色いものでよろしいですか?」
「はい」
「ありがとうございます。ほかにはよろしいですか?」
「はい」
「ありがとうございました、またどうぞ」
出口まで行って、また反転。
「髪留めください」
「はい、白いものでよろしいですか?」
「はい」
「ありがとうございます。ほかにはよろしいですか?」
「はい」
「ありがとうございました、またどうぞ」
出口まで……以下省略で6色コンプリート。マジか。
呆然としていると、今度はおやつを買いだした。こちらは4種類買って女の子が離れたところでおもむろにルカが近づいて来て、何だか重そうな袋をドスンと置く。
「お嬢、追加商品だ」
「追加商品?」
「あの子、今10回目の取引だったからな。『お得意様』になったんだよ。お得意様になれば、商品が増える」
「え」
私がぽかんとしている間に、ルカは勝手にシートに丈夫そうな袋から出したものを並べていく。
ダンベル、ガラスペン、リストバンド、音叉、絵筆、指輪。
一通り並べ終わってそそくさと離れていくルカと入れ違いにその子は戻って来て、追加されたさっきとは違って高額と言えるアイテムを、すべて購入していった。
最初から、それが目当てだと言うように。