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学院へ到着

学院へ行く日は、あっという間にやってきた。

玄関には家族と使用人の皆が集まって、私のお見送りをしてくれる。


「お手紙を書いてね」

「体調に気を付けて」

「勉強、がんばれよ」


次々に言われる言葉に、一つ一つ頷きを返して、そうしてハグをした。


「夏休みには、帰ってくるから」

「勿論よ。でも寂しいわ。あなたはまだこんなにも小さいのに」


ふくよかな母さんの柔らかい胸に閉じ込められるとたまに窒息しそうになるけれど、それでも今は嬉しさが勝つ。

なんだかんだ言いつつ、私は今の家族がとても好きだ。


「お嬢、そろそろ時間だよ」


荷物の最終確認をしていたルカが、開け放した扉の向こうで私を呼んだ。

逆光の中にいる彼は、影そのもののように見える。


「フローラ」

「はい、父さん」


柔らかい声に視線を向けると、父さんが真面目な顔で私を見ていた。


「君はこれから、いろんな人に会うだろう。いろんな出来事があるだろう。その中には、良い事も、悪い事もあると思う。けれど、これだけは覚えておいて」


両手を取られて、屈まれて、視線を合わせて。


「僕たちは、家族だ。いつだって、君の味方だからね」


そうして父さんは、心底愛おしいものを見るように、顔をほころばせたから。


「うん、知ってる」


私はそれに負けないように、満面の笑顔を私の大切な人達に向けたのだった。






ガタガタと乗合馬車が揺れる。

ルカが持ってきてくれたクッションを敷いているから、今のところお尻は痛くなっていない。

この街から王都へ行く定期便にはランクがあって、私たちが乗っているのはその中でも上級な方だ。4頭立ての幌付で、王都まで4時間程度。

護衛がちゃんとついていて、休憩時間には軽食と飲み物が出る。子供だけで乗るのは流石に珍しいけれど、この時期には全くないと言う事もないみたい。

学院のある王都に向かうのに乗合馬車を使うのは、よくあることだから。


「貴方も、学院に行くのかしら?」


窓の外を流れる景色を見ていると、向かいの席に座った老夫婦のお婆さんの方に話しかけられた。


「はい、そうです」


光沢のない生地は普段使いのドレスによくある洗濯がしやすいもので、けれどその仕立ては丁寧だ。たぶん、どこかの裕福なお家の、隠居したご夫婦なんだろう。


「まぁやっぱり。きっと将来は素敵なレディになるわねって主人と話していたのよ」

「ありがとうございます、そうなれるよう頑張ります」

「家族と離れ離れになって寂しいでしょうけど、その代りに一生の付き合いになる出会いがあるわ。だから、前を向いてね」


主人とも学院で出会ったのよ、と隣を見てほほ笑む老婦人。

そして、膝の上で彼女の手と自分の手を重ねている老紳士は、きっと長い間2人で幸せな関係を続けてきたんだろう。ごちそう様、と言いたくなるくらいに。


「そちらの彼は?兄妹……ではないのでしょう?」


老婦人の視線が私の隣に向かう。そこには私とは全く違う容姿のルカが座っていた。確かにどこも似ていないから、血縁関係に見えることはないだろう。


「僕は彼女の護衛なんです」

「護衛?あなたが?」


ルカの言葉に、老婦人はぽかんとした顔になった。それはそうだろう、だって、私もルカも10歳だ。それにふさわしい背格好をしている彼は、護衛にするにはどうにも頼りない。


「はい、外の護衛の人には負けませんよ!」


そう言ってルカは袖をまくってむん、と腕を曲げて見せる。力こぶを作るような動作だけれど、何もできていない。彼の細い二の腕がお目見えしただけだ。

老婦人も冗談だと思ったんだろう、


「まぁ、素敵な騎士様ね!」


と、コロコロ笑いだして。それを見たルカもニコニコと笑っていた。


途中で何人かの乗り降りがあって、乗合馬車は王都へ近づいていく。その道中、私とルカは、老婦人の思い出を楽しく聞くことになった。






学院につくと、まずは寮に案内された。1階の中心部には食堂と談話室。東側が男子寮で、西側が女子寮らしい。

寮の管理人だと言う人に案内されて、私は自分に割り当てられた部屋へ荷物を置きに行くことになった。

今日到着した新入学生は何人かをまとめて寮の案内をしてもらえると言うので、男子寮の管理人についていくルカとは1時間後位に談話室で会おうと約束をした。


案内された部屋は2人部屋らしく、左右に家具が1揃えずつ置いてあった。机とクロゼットとベッド。ちょうど鏡のように対象だ。

左側にはもう荷物が置いてあったから、私は遠慮なく右の家具を使わせてもらう事にする。


荷物を整理していると同室の子が帰って来て、挨拶と自己紹介を済ませた。とは言ってもこの学院にいる間は『学問の元の平等』が謳われているから、名乗るのは名前だけだ。部屋割りも貴族平民関係なく、くじ引きとかで決めているらしい。

制服は貸与されて、学生の間はそれを着なければならないからパッと見は分からないことになる。

つまり一緒に授業を受けたり、ご飯を食べたり、世間話をした人がうっかり王族だったり貴族だったりすることがあるということで。


けれど、私とルカにはゲームの記憶がある。

いくら身分も家名も名乗らないと言っても、主要人物については瞳の色と髪の色、それに名前が一致していれば分かるだろう。

攻略対象もライバル令嬢たちも、エンディングを迎えると国の中心人物になる未来が用意されている。

私は将来両親を助けて商人になりたいし、ルカも傭兵団に戻るつもりだ。下手に関わって国政に巻き込まれたら困ったことになる。

だから、ルカと相談してゲームの主要人物とは距離を置こう、と言う事になった。


貴族と優秀な人材しか通えない学院とは言っても、国中から集まれば結構な人数になる。

最初の数年は一般教養のような科目が多いから、積極的に関わろうとしなければそれは簡単なことのはずだった。


談話室で落ち合ったルカが、


「お嬢、こいつ、シャルルって言うんだって。俺の同室。一緒に寮案内聞きたいんだってさ」


なんて物凄く嫌そうな顔で、金髪碧眼の男の子を連れてくるまでは!

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