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俺のお嬢

ルカ、と言う名前は爺さんがつけたらしい。綺麗な名前だなと思う。

呼びやすいし、覚えやすい。

俺の目も髪も紺色だから、連想するなら『夜』だろう。『(ルカ)』なんてのは変じゃないかと思った。

けれど、人は暗い所にいる方が光を思うから俺は『ルカ()』なのだと、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして婆さんが言ったから、俺はうん、と頷いておいた。


育った場所は荒野だ。少なくとも、物心ついた時にはいつも荒野かうっそうと森にいた気がする。

心底惚れた女が最後に産んだのが俺なのだと頬に傷のある男が笑う。そいつは傭兵で、百数十人からなる傭兵団の一員で、のちにそれを率いることになった。

子供はその中に数人しかいなくて、俺は5歳年上の子供によく懐いた。

傭兵団と言っても人間相手の戦は少なくて、大抵は湧き出た魔物討伐が多かった。

人間より大きな魔物でも傭兵団の大人たちはサクサク倒していて、俺にはそれが当り前で、長い間その魔物たちが図体がデカいだけの木偶の坊だと思っていた。

実はA~Sランクだったと知った時は何かの間違いだと思ったものだ。


荒野から荒野へ。森から森へ。街によって食料を買って、たまに花街へ行く。

そんな大人たちに囲まれて、俺は少しずつ成長した。






違和感は、最初からあったと思う。

水鏡に映る顔が自分のだとは思えなかったり、この世界では当たり前の魔法や魔物に心底驚いたり。

普段の生活でも、もっと便利なものがあるはずだとふとした瞬間に思ったり。

何かが違うと。でもそれが何かは分からなくて。でも、誰にも言わなかった。

そんな事より、剣を振るのが楽しかった。精霊を友とできることが嬉しかった。

そうしてその違和感は、10歳になるまで俺の心の奥底に沈んだままだったのだ。





「護衛?」

「そうだ」

「誰の?」

「アビントンんとこの、娘だな」

「いつから?」

「来月」

「いつまで?」

「学院を卒業するまでだな」

「俺が?」

「おう」

「マジで?」

「マジで」

「……マジかー…」


久しぶりの宿のベッドで、胡坐をかいて座る親父のその膝の上に座って、分厚くて温かい胸板に背中を預けて脱力する。


昔から、文字を書くことが苦じゃなかった。本を読むのも、四則計算も得意な方だ。

それはこの国の国民全員が出来ることで、親父も俺の年には習ったはずだ。けれど、もう出来ない、やりたくないと言うのはよく聞いていた。

計算とか、暗記物はやらなきゃ忘れるってのはなんとなく知っていたし、傭兵団にはそんな大人ばっかりだったから、俺も将来的にはそうなるんだろうなと思っていた。

いわゆる、脳みそまで筋肉、略して脳筋ってやつだ。


強けりゃそれでいい、と言う暗黙の了解みたいなものがここにはあって、俺もそれに異議はなかったのだけれど、どうやら親父はそうは思わなかったらしかった。


アビントンさんは大商人で、俺たち傭兵団の得意客だ。

その娘が来月から学院に通うと言うので、心配性で愛娘家の商人さんは気が気ではないらしい。

学院には貴族の坊ちゃん嬢ちゃんも集まるのだから安全面では最高のはずなんだが、結局はただの商人だから、いざという時後回しにされるかもしれない、なんて心配をしているらしい。


「つか、俺が護衛とか、出来るわけないじゃん。良いわけ、それでも」


いまだ10歳という年齢の俺は、筋肉をつけるよりも身長を伸ばすことに力を入れているから、腕も足もまだ細いままで。

何かあったって、肉の壁になる位しか役に立ちそうにないのだが。

そう言って真上を見上げるとごわっとした顎鬚が見えて、そこから頬に走る傷をつたっていくと、面白そうに輝く親父の目にたどり着く。


「良いんだってよ。護衛と言うより、娘の学院生活を報告して欲しいんだと」

「あー……。なるほど」


どうやら護衛と言うのは建前で、娘に悪い虫がつかないかが心配らしい。

悪い虫って言ったって、学院にいるのは国内の優秀な人材、もしくは貴族のお坊ちゃん、嬢ちゃんたちだ。悪い虫どころか喰われたいってやつの方が多いだろうに。


「で、俺は。アビントンさんちのお嬢の護衛しながら学院で大人しくオベンキョーしてくれば良いのか」


俺たちの傭兵団の実力は折り紙付きで、竜を確実に倒せる傭兵団なんて片手で足りるほどしかいない。けれど、契約交渉では実力を疑われたり、不利な契約を結ばされることが少なくなかった。

それは契約書に書かれている小難しい文面を理解する事が出来なかったり、態度や言葉遣いで粗野で野蛮だと思われるせいでもあった。

交渉役として、頭が良くて、言葉遣いや態度でこれはないがしろにできないと思われるような奴が1人でもいれば、それは目に見えて改善することなのだろう。


「拗ねんな」

「拗ねてねーよ」


ぐりぐりと頭を撫でられながら、返した言葉はともかく、声は拗ねていると言っているようなものだった。

だって、学院でそのお嬢さんがどれだけ学ぶつもりがあるのかは知らないが、商人の娘なのだから、ある程度の単位は取るつもりなんだろう。貴族相手に相応しい教養を身に着けようとすれば、すべての単位を取得する必要があって、その平均取得年数は10年。

10年なのだ。俺がこの世界で生きて来たのと同じだけの時間。

全寮制でなくても、短いと数日で場所を移動する傭兵団にいたまま学院へ通う事なんかできやしないのは分かっているけれど。


「寂しいか」

「当たり前だろ」


撫でられてぐらぐらする首を何とか固定しながら、俺はもう不機嫌を隠そうともしなかった。

けれど、拒否権はないことは承知している。傭兵団では、総団長の決定は絶対だ。

逆に言えば、その命令に従っている間は、俺はこの傭兵団の一員なのだ。


「明日、顔見せに行くからな」

「ん、分かった」


膝の上でくるりと回って、背中に腕を回す。

ぐいと頭を胸に押し付ければ、素直に倒れてくれるその上で、俺は息をゆっくりと吐いた。


「おやすみ、ルカ」

「うん、おやすみ」


呼ばれた名前は、やっぱり俺には似合わないと沈む意識の片隅で思った。






翌日訪れたアビントン商会の会長の家は、成功した者に相応しく館と呼べるデカさだった。

その一室でふかふかなソファに腰かけながら、親父とアビントンさんの話す声を聞く。

時々される質問に端的に答えながら、俺の意識は隣の部屋にあった。

まさか壁越しの独り言が聞かれているとは思っていないんだろう、小さな子供の声だ。

護衛に納得していないらしいその内容に、まぁ仕方がないかなと思う。引き受けた俺ですら、おかしな話だと思うからだ。

素直に不満をこぼすこの声にむしろ好感を抱きながらも、こっそりと耳を澄ませたときに聞こえてきたそれ。


『レーヴ・デ・エコール、恋する君と10年間……かぁ』


あぁ、そうだ、そういえばそんなゲームがあったな、と俺は思い出した。妹が、『シミュレーション得意でしょ!これやって!』と押し付けてきたのだ。

タイトルとパッケージを見てげんなりして、妹に文句を言って。

それでも隣に座った妹に急かされるままにPCの電源を入れたのだ。


やってみれば面白かった。音声を我慢して、時たま入るイベントだけ妹に代わってもらえれば、結構優秀な戦略ゲームだったのだ。

主人公を鍛えて計画を練って、期限内にクリアする。その連続。結構シビアで、運も必要で、何度もセーブ&ロードを繰り返した。

ネットで情報を集めながら、ライバル嬢たちに癒されつつ、やっていることは男を落とすゲームだったのだが。


真・ハーレムエンドを見た時には、布団を転がる妹をつっついてアイスを買わせてやった。


1つ思い出せば次から次へと記憶が浮かんできて、違和感の正体はこれだったのかと、俺には『ルカ』でない時があったのだと納得できた。

なるほど、そういう事だったのか。

なら、この世界では、俺は正真正銘親父の息子なのだ。その思いは、『ルカ』の存在を強くした気がして、何だか嬉しかった。






「護衛兼、学友兼、前世の話が出来る友人ってことで、どうかな?」


にっこり笑ってそう言えば、目の前の女の子はそのヘーゼルの目をまん丸にしてこっちを見ていた。

栗色の髪と相まって、何だか美味しそうな子だなと思う。味覚の秋の暖かで柔らかい色だ。


「ちょちょちょちょちょ」

「うん、何かな」

「ああああああなた」

「ルカだよ、今はね」

「ええええええ」

「はいはい落ち着いて、水貰ってこようか?」


どうどう、と肩をポンポン叩けば、彼女はすうはあと深呼吸をしてちゃんと俺に向き合った。


「ルカ、って言ったわよね」

「うん、そうだよフローラお嬢さん」

「前世の話って、どういうこと」


視線はちらちらと部屋の中を気にしている。

まぁ確かに、人目をはばかる話だ。ちょいちょいと手招きして、一緒にテラスの柵に掴まって庭を見る姿勢になる。これで口元を読まれる心配もないだろう。


「僕、耳良いんだよね。さっき、隣の部屋での独り言が聞こえた。で、思い出した。僕もそれ、やったことあるって」


君も、そうなんでしょう、と視線で問いかける。

そうなんだろう、フローラお嬢さん。君にも、『フローラ』じゃない記憶があるんだろう?そして君は、あの学院へ行く運命を背負っているんだろう。


ねぇ。『中庭の商人』フローラ。君はヒロインを手助けする役割を担っているんだろう?




彼女に向かって伸ばした手のひらは、少しの躊躇を経て、ゆっくりと握られた。

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