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夏休み

夏休みになった。


この世界は発売された日本に合わせてか、7月半ばから8月いっぱいまでが夏休みだ。

学院に残ることも出来るらしいけれど、私とルカはそれぞれの家に帰る。

来た時と同じように護衛付きの乗合馬車に乗って私の街まで行き、ルカとはそこでお別れになった。

傭兵団に戻って過ごす彼とは、夏休みが終わったらまた一緒に王都まで行く約束をした。






私はと言えば、久しぶりに会った家族に抱きつぶされて、学院での生活を洗いざらい喋らされて。

そうして、アビントン商会の末娘に戻った。


朝起きて、皆と一緒にご飯を食べる。

家では住んでいる使用人の人たちも、大きなテーブルで一緒になって食べるのが習わしだ。

今は大きな館に住んでいるとは言っても成り上がりだし、父さんも母さんも平民出身で人に傅かれるのには慣れていない。


「皆とにぎやかに食べた方がご飯は美味しいでしょう?」


と言う母さんの意見には、私も賛成だ。


午前中に課題をやって、お昼ご飯を通いの人たちも含めて皆で食べ、午後は商会の手伝いをする。

兄たちはもう立派な商会の一員で、3人で父さんの仕事を手伝っているから、私のすることはお客さんに愛想を振りまいたりすることしかないのだけれど。

もう少し学院での授業が進んで、経営学とか学んでからなら、帳簿を見せてもらえると言われたので、今から楽しみにしている。


10歳の子供がにこにこしているのは可愛いらしく、お客さんは微笑ましい目で私を見てくれる。

確かに、ちいさいのがちょろちょろ動いてるのは可愛いから、私も自分のことと言うのは棚に上げて精一杯ニコニコすることにしていた。


アビントン商会は、何でも屋さんで、保存の効かない食品以外の何でも取り扱う。

しかもこの街は交通の便が良く、鉱石が取れる鉱山も近くにあるし、生糸の生産も盛んで、何よりも領主様が良い人で、職人さんが育っている。


領主様が職人を保護して、その職人さんが作った物をうちで買い取り、その売り上げに応じて商会は領主様に税を納める。

その循環は上手く行っていて、それでこの街はどんどん発展していた。


晩御飯を食べたらお風呂に入る。基本的には一人で入るけれど、時たま母さんと一緒だ。恥ずかしいけれど、断り切れない。


薄い布団にしてもらったベッドに入って、おやすみなさい。また明日。






その日は、職人さんが新しいものを作ったから見て来てほしいと言われて、大兄さんと一緒にその人の家へ行くことになっていた。


「フローラ、手を」

「うん」


長男である大兄さんは、学院に6年通って帰って来ていた。

そのくらいで経営学の基本を学び終わるらしく、商店が忙しくなったこともあってあとは実践とばかりに父さんの手伝いに駆り出されていたようだ。

繋いだ手にはペンだこが出来ていて、今商会の帳簿は大兄さんが書いているらしい。指先にインクのにじんだ手で撫でられるのが、私は好きだ。


職人さんたちが多く住んでいる職人通りへ行くと、そこかしこから声がかけられた。アビントン商会は彼らの得意先だし、しょっちゅう顔を出すので覚えられている。

私なんか赤ん坊のころから家族に連れられてここに来ていたらしく、大きくなったねぇと目を細められることが多かった。


「こんにちは、アビントン商会です」


声をかけてから工房に入ると、そこには何に使うのかさっぱり分からない道具たち。確か今日の職人さんは調合師で、ポプリから薬品まで興味の赴くままに作っている人だ。

ぶっちゃけてしまえば変人さんだった。人に害のある物は作らないし、出来た物は物惜しみしないで近所に分けるので、受け入れられているが。


「あぁーこんにちは、もうそんな時間ですかー」


ぼさぼさの髪をかきながら奥から出てきた人が、この工房の主だ。


「ええと、今日見てほしいのはこれですね。すっきりお目覚め、いい夢見れる君です」


出されたのは小瓶に入った液体だ。透明で、さらさらとしている。


「枕に数滴落とすと睡眠誘導の香りがして、すやすや眠れていい夢を見て、大体4時間くらいで目覚めるかな。目覚めはすっきりです」

「本当ならすごいですが。ここでふたを開けても?」

「大丈夫ですよー。枕と言う媒体に落とすことによって継続的な香りの摂取、さらには寝そべると言うリラックスした格好になって初めて効きますからー」


さらっと言われたが物凄いことなんじゃなかろうか。

私も匂いをかがせて貰ったけれど、なんと言うか甘くてすっきりする香りで、なんだか複雑な香りだ。

職人さん曰く、魔法ではないとのことで、個人によって効かないことはあるけれど副作用はないらしい。


この世界の魔法は魔法協会が管理していて、行使に杖がいる。

この人がやっているのは植物を捏ねたり揉んだり刻んだり乾燥させたり煎じたりとかいうことだったから、確かに魔法ではないのだろう。

どうしてこんな効果が出るのかはさっぱり分からないけれど、近所の人もノリノリで試した結果、そういうことがよくあったから、おそらくこういう効果なんだろう、と何とも頼りになるお言葉だ。


「では、こちらでも成分の分析と効果の実証をして、それから取引、となりますがよろしいですか」

「はい、お願いします」


大兄さんはサンプルとして小瓶を懐にしまい、2枚の契約書にさらさらと必要事項を書いて職人さんに手渡した。アビントン商会の懐は深い。こんな物でも真面目に商売にしてしまう。

職人さんはちゃんと目を通して、サインをして、1枚をこちらに戻す。

あとで改ざんできないようにそうするのがアビントン商会の決まりで、その信頼はうちの宝だと父さんは言う。


「ねぇ、大兄さん。それ私もやってみたい」

「分かった。私がやって安全を実証したらな」

「はーい」


帰り道も、大兄さんと手をつないで歩く。大きな雲が真っ青な空に浮かんでいて、きっと夕日も綺麗に見れるんだろうなと思った。

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