これまでとこれから
学院での生活は、順調だ。
朝早く寮を出て、寝る前にしか部屋に帰らない生活を続けているおかげで、同室者であるシャルルとはあまり仲が良くならなくてすんでいる。
土曜日には中庭で店を開くお嬢を視界に入れながら、仲良くなった用務員のおっさんの仕事を手伝ったり、古くなったパンの欠片を撒いて鳥を餌付けしたりして時間をつぶす。
売れ残りのおやつをお嬢はたまに分けてくれるので、そういうものは授業の合間の休憩時間に食べるのだが、隣に座ったやつに奪われたりもする。頭を使うのも、腹が減るのだ。
毎食食器を返す時に美味しかったですと伝えていた食堂のおばちゃんは、こっそり俺の食事を大盛りにしてくれたりする。育ち盛りにはありがたい話だ。
俺の親父は2m超えの偉丈夫で、母親も割と高めの160くらいはあるから、俺も180は余裕で育つよな、と希望を持っている。
この世界の平均身長は大体男は175くらいのようだ。勿論、俺の傭兵団の平均はもう少し高いのだが180あればまぁデカい面が出来るだろうと思う。
ヒロインであるレティシアは、何故か攻略対象者に近づいてはいないようだ。どちらかと言うとライバル令嬢達とばかり一緒にいるのをよく見る気がする。
ハーレムエンドを目指すならちょこちょこ話しかけて好感度の『塵も積もれば山となる』を狙った方が良いはずなのだが、何か考えがあるんだろうか。
もしかしたら、今は手に入れた特訓効果UPのアイテムを使って、能力値上げに力を入れているのかもしれない。
朝に走っているのと、裏庭で歌を歌っているのを、見かけたことがある。
彼女が今持っているのは体力と音楽訓練効果UPのアイテムだから、それを伸ばしているのだろうか。
お嬢には新しい友達が出来たようで、女の子同士できゃっきゃしている時は年相応だ。子供が仲良くしているのは微笑ましくて、そういう時は俺は少し離れて見守ることにしている。
そうするとよく分かるのは、貴族と平民の間にはやはり違いがあるな、と言う事だ。
いくら『学問の元の平等』を謳って、家名を名乗らないようにするとは言ってもそれまで育ってきた環境の違いは所作や態度にはっきり出る。
制服で見た目は統一されていても、小一時間観察すればその違いは分かりやすいくらいだ。
談話室で過ごしていても、あちらのテーブルにいるのは貴族ばかりの集団だし、出口近くにいるのは平民ばかりの集団だ。
とはいえ、それは今年入ったばかりの新入生に限った話で、もっと年上の集団は身分が入り混じっているように見える。
それはその頃になると専門性の高い授業が始まって実力主義になるからかもしれないし、平民でも所作が洗練されて、行動でも見分けがつかなくなってきているおかげかもしれない。
ついに『礼儀作法』の授業が始まった。俺の目的の一つでもある。
俺には前世の記憶がある分、荒っぽい所作とは無縁でいられるが、ちゃんとしたマナーとなると話は別だ。
最終目的は立ち居振る舞いで貴族と遜色なく見える程度だから、道のりはだいぶ遠い。
授業のある教室へ行くと、見覚えのある色彩を見かけた。
やはりと言うべきか、平民の出身のヒロインと、同じく平民でとある村出身の神官見習いであるエミールが最前列に座っている。
礼儀作法はシャルルとテオドール、ラウルを落とすのに必要で、エミールも自身が大神殿で務めるのに必要なのだろう。真剣な顔で筆記用具を準備していた。
俺とお嬢は、そこから少し離れた場所の、でも教師の様子が分かる席につく。
講義は、なかなか面白かった。礼儀作法なんてものを体系立てて話すのは難しいだろうに、学院の教師は王立に相応しく、優秀で分かりやすい授業をする人が多い。
最後に当てられて、敬語で書かれた文章を読まされた時には、はっきりとした声でよく通ると褒められた。
騒がしい傭兵団での生活では、声を張り上げないと会話が出来ない。俺が10年育ってきた場所で培ってきたことでも、役に立っているのだと思うと嬉しい。
俺は、結構単純な性格をしているのだ。