3 日常
あの場所から街に戻ったら、まだ世界は日がさんさんと照りつけ、アーケード内は買い物客で賑わっていた。少し離れた公園では子ども達が走り回り、近くのベンチでは母親であろう女たちがおしゃべりに興じていた。
白昼夢から戻ってきたかのように足元がふわふわする。
隣を歩くカジワラも無言で歩いていた。
最寄りの駅の前まで着くと、カジワラが大きく息を吐いた。そして道路脇のガードレールに持たれると胸元から煙草を取り出した。ひとつくわえると、僕に向かって差し出した。
「吸うか? 」
「いや、やめとく」
僕が首を振ると、黙って煙草の箱を内ポケットにしまう。ジーンズのポケットをごそごそしていたのでライターを出して火をつけてやる。
「お、サンキュ」
カジワラが両手で炎を囲むようにして火をつける。煙草を口元から離すと、フウッと大きく煙を吐いた。
視界が一瞬白くけむる。ライターを上着にしまうと、僕もガードレールに持たれかかり、見るとも無しに改札口へ吸い込まれる人の波をぼんやり眺めた。
「どうだった? 」
煙草の長さが半分も減った頃だろうか、カジワラがポツリと言った。
「凄いだろ」
そして行くまでの興奮が嘘のように、感情のこもらない声で話し始めた。
「俺が初めて連れて行かれた時はスライム対オーガでさ」
「うん」
「最初は良くできた特撮なんかを見せられたかと思ったさ。だって人間じゃなくなるんだぜ」
「あぁ」
僕は黄色が鳥に変わった時の事を思い出した。
「試合が終わったら人間に戻るんだよ、どうなってんだ? てスゲー興奮してよ」
煙草の灰を道路に落とす。
「でもよ、会場を出るとごく普通の日常で……夢でも見た気分になった」
「うん。……そうだな」
カジワラがこっちを見て笑った。
「誰かに見せたかった。一緒にスゲーよなって話したかった。また行こうぜ」
「おぅ。また誘ってな」
お互いの握りこぶしを当てて、その場で別れる。
痩せたカジワラの姿は振り返る事なく改札口に向い、周囲より頭ひとつぶん高い位置に見える金色の髪はそのまま人混みに紛れて消えた。
◇
夏期講習の帰り道で同級生と歩きながら、僕はあの会場の事を考えていた。
考えてみれば、あの白いカードの入手方法を聞くのを忘れていた事にも気づいた。いつもならそういった事は忘れないのに、僕も動揺していたんだろうな。
周りにいた人達の様子からして、富裕層やセレブしか行けない場所だろう。要はコネか金が無きゃ行けない所だ。僕が入手出来る可能性は限りなく低いだろう。
そういえば、選手として出る為には何か特別な能力が必要なんだろうかと考えていたら急に背中に衝撃がきた。
「で、~がよぉ……て聞いてんのか? 」
背中をどつかれて我に返る。
「ワリイ、暑さでちょっとぼうっとしてたわ」
ヘラヘラ笑って答える。
「お前がぼうっとしてんのはいつもだろ」
「それな」
ドッと周囲が笑いでわいた。
電気店の前を通るとあのアイドルグループがテレビに映っていた。雪野欠片の顔が映し出されてドキッとする。
「相変わらず雪野ちゃんは清楚で可愛いなー」
「そうそう。お嬢様っぽいっていうか」
「何にも知らなそうなところが良いよな」
僕の視線に気づいた同級生が口々に言った。そんな雪野欠片は見知らぬ男のベロチューで腰砕けになってたぞ、と心の中で呟いた。
「でも俺は秋野穂先ちゃんが好きだけどな」
「むっ! てめえオッパイ星人か」
「無いよりあった方が良いだろ」
「無いのを恥じらうのが良いんだ。わかっちゃいないな。だから春野緑ちゃんが一番だ」
口々にオッパイについて言い合う同級生のテンションが上がるにつれて周囲の目が気になる。止めようとした所で柔道部の奴がポツリと言う。
「……女のオッパイはサイズに関係なく尊い」
「「「!真理だ」」」
「師匠と呼ばせてくれ」
もう好きに言ってくれ……。乾いた笑いを顔に浮かべていると矛先がこっちにきた。
「お前はどうなのよ? 」
「やっぱりデカいのが好きか? 」
「いや、ヒンヌーだよな? 」
「ひとりで俺は関係ないって顔をするのは許されない」
うわぁ、どっちでもいいわ……。
「あー。まぁそれ以前に彼女もいないしな」
苦し紛れに答えると皆が固まった。
「「「それ言っちゃダメだろ」」」
「今年の夏も野郎ばっかり」
「潤いが欲しい」
「世界よ滅亡せよ」
話がうまい具合にそれたので、こっそり笑う。
それに、女より今は……。
あの日見た光景をまた見る。その為にどうすれば良いか。それだけだ。
あれ?何か考えてたような気がしたけれど、何だったろう。
しばらく考えてみたが思い出せない。
……そのうち思い出すだろうと頭を振って、同級生たちのうしろを歩きだした。