1 未知との遭遇
「賭場に興味ないか? 」
久々に会った友人のカジワラは金髪になっていた。
バンドをしているのは知っていたが、会った時は誰かと思ったぐらい変わっていた。
「賭場ってカジノとかか? 」
「違う。お前も見れば驚くぞ」
カジワラは興奮して目をギラギラ輝かせる。
「ちょっとしたツテで連れてって貰ったんだけどよ、とにかくすげーんだ」
「へ、へぇ」
「クスリなんか目じゃねぇよ。恭には世話んなったしさ」
「お、おう」
勢いに押されるように電車に乗って街へ向かう。
着いたのはごく普通の商店街のアーケードだった。
「こんな所に賭場があるのか? 」
上機嫌なカジワラは細い路地に入ると、STAFF ONLYと書かれた扉を開けた。
「おい、いいのか? 」
「ここは入口のひとつだ。まぁ黙ってついて来いって」
カジワラの後についていく。中に入って更にすぐ脇の扉に入る。少しして、道がわずかに下ってるのに気づいた。
行き止まりにはまた扉だ。カジワラは真っ白いカードを扉の横に差した。金属音と共に扉が横に動いていく。中も薄暗い。僕たちが入ると扉はまた自動的に閉まった。
ガシャンという閉じられた音を聞いて、なぜかもう戻れないのではないか?と思ってしまった。嫌な想像を振り払う。
「ずいぶん厳重だな」
「まぁな。」
50メートルも歩いた頃だろうか。かすかに音が聞こえる。何だろうと思いつつ目の前のカーテンを開けた途端、強烈な光と大音響が僕を襲った。なんだ?
光に目が慣れて見渡すと、周りは円形になっており観客席のようなものがあった。というか完全に観客席だ。ドームを思わせる広さがある。中央には巨大なガラスの立方体がポツンと置かれていた。
気が付くと、執事のような黒いスーツを着た男がそばにいた。
カジワラが男にカードを見せると、携帯ゲーム機サイズの四角い銀色の物体が手渡された。
「とりあえず座れよ。e7とe8が俺らの席だ」
「わかった」
席を探して腰をおろした。少し遅れてカジワラが隣に座る。手にはいつの間に買ったのかラスチックのコップに入ったコーラを俺持っていてに差し出した。
「さんきゅ」
周囲を見渡す。ブランドとかはわからないが、周囲の男女はみな高そうな服を着ていた。若いのから年寄りまで年齢はさまざまだが、共通していたのは皆がカジワラのようにギラギラした熱のこもる興奮した表情をしている事だ。
中央のガラスの箱はかなり巨大なものだった。サッカーのフィールドくらいの広さがあるだろう。高さは数十メートル。無機質なその箱はまだ一度も使われていないように綺麗だった。
「どうやって何を賭けるんだ? 」
「この手元の端末を使う」
カジワラはタッチペンのようなもので入力を始めた。書かれた金額を見てギョッとする。
「お前賭け金100万って……そんな金あんのか? 」
「少ない方だよ。周りの奴らは俺と桁が更に違うさ」
カジワラが笑う。それを見て、なんだか変わってしまったんだなと一瞬寂しく感じた。たかだか菓子一個買うのにも悩んでたカジワラが、まだ学生なのに100万をぽんと払うようになってしまったのか。
と、音楽が変わる。何かを期待させるような音楽だ。周りの人間がそわそわし始めた。
「始まるぞ」
周囲が暗くなり、箱がライトアップされる。サッカーでいうゴールの辺りの両端が沈み、少ししてせり上がってきた。それぞれの場所に1人ずつ。どちらもヴェネツィアカーニバルにつけるような白い仮面をつけていた。どちらも手ぶらだ。
2人の姿は会場の4箇所に設置された大型モニターに映し出される。
向かって右側の男は目の部分に赤い装飾が、向かって左側の男は右頬の辺りに黄色い装飾が施されている仮面だった。
恐らくスポーツか戦闘の勝敗で賭けが行われるんだろう。
すぐに箱の上空にゴンドラが降りてくる。箱まで数メートルの位置でピタッと止まりスポットライトが点灯した。
「皆様お待たせしました。これから試合が開始されます」
中には茶髪の可愛い女の子が乗っていた。
「おい、あれアイドルグループの雪野欠片だよな」
こんな裏賭博みたいな場所にいていいのか?と驚いて、カジワラに言う。欠片だけじゃなくて他にもアイドルが司会をする事があると聞いて更に驚く。ここではどれくらいの金が動いているんだろうか。
「赤の仮面。皆様ご存知、ジンロウのシュウです。機動力を駆使して闘う得意の戦法がどう生かされるか楽しみですねー」
スクリーンに赤の仮面の男がアップされ、角度を変えて様々な方向から映し出される。とても闘う身体には見えない貧弱な身体のあちこちには白い傷跡が残されていた。
「続きまして黄色い仮面。おぉ、こちらは新人さんですね。つけているのは雷の仮面らしいです。名前はアキラ。どんな変化を見せるか楽しみですねー」
スクリーンに黄色い仮面の男がアップされた。この男も貧弱な身体をしている。まだ学生じゃないかと思う幼さがあった。
「それでは試合開始です。Fight!! 」
ガランガランと鐘の音が響くと共にゴンドラが天井へと戻っていく。鐘の音で開始するなんて締まらねえなぁと思っていると、音が鳴る度に2人の身体に変化が生じた。
赤い奴は身体が徐々に大きくなり筋肉が増えて身体が獣のように毛で覆われ始めた。マジかよと思って黄色い奴を見る。こちらも身体が変化して大きくなっていくが足が細くなり手は大きくなって羽根が生えている。巨大な鳥か。
「おいこれ……」
「黙って見てろって」
赤が先に動いた。一瞬で黄色のもとにやってくると顔面を殴る。顔が炎に包まれる。黄色はグエッと鳴くと宙に舞い上がり頭を降って炎を消そうとする。
続けて赤がガラスの壁を足場にして蹴り上がり宙を舞うと、黄色の背中に飛び乗った。そのまま背中を殴りつける。赤が優勢かと思った瞬間、ギャアという奇声と共に黄色が光った。びりびりとした光が全身を覆う。火が消えて赤が背中から落ちそのまま墜落してピクリとも動かない。スクリーンに10カウントが流れると、観客席からブーイングが聞こえた。
残り2カウントで赤がヨロヨロと立ち上がると歓声があがる。しかし完全に立ち上がるのを待たずに黄色から雷が落ちた。だが既に赤はそこにおらず少し後ろへ飛んだ後だった。後を追うように雷撃が落ちる。
気が付くと手を握りしめ、食い入るように目の前の光景を凝視していた。早い。人間の出せるスピードじゃない。
黄色の攻撃は赤に追いつけない。しかし赤は黄色へ近づけない。どちらも決定打にかけているかに見えた。
すると、赤の動くスピードに変化が生じた。ギアを一段上げたかのように目で追えない速さだ。ガラス同士を足場に高速でフィールドを飛び回る。赤い固まりが高速で黄色に接触する度に、身体に炎が増えていく。
たまらず黄色が叫び声を上げると共に放電した。黄色を中心に半径10メートルほどが光り輝いた。光が収まると同時に赤が再び黄色へ攻撃を当てる。炎に包まれた黄色が放電しようとするが、パチッとした静電気のような音が鳴っただけだった。そのまま失速して地面に落ちる。
10カウントが終わった後も、黄色はブスブスと焦げつきを見せながら身動きをしなかった。会場には歓声とブーイングが飛び交った。
ガランガランという鐘の音と共に二人は元の人間に戻る。入場の時に上下していたフィールドの端が下がって上がり、白い服を着た人間が担架を持って黄色に駆け寄る。そのまま担架に黄色を乗せて戻っていった。
勝った赤は両手を上に突き出して吠えた。フィールドの中央が下がって上がり、そこには雪野欠片が立っていた。
「おめでとうございます。皆様、勝者に拍手を」
歓声と拍手が会場に鳴り響いた。
「勝者に祝福のキスを! 」
雪野欠片が赤の頬にキスをすると、赤はチラッとそちらを見る。
「足りないなぁ」
赤はニッコリと笑って雪野の腰を引き寄せると唇を奪った。
「×○△☆」
雪野は声にならない叫びをあげて離れようと抵抗するが、徐々に力を失って床にへたり込んだ。上気した顔がなんとも色っぽい。
「ご馳走さん」
仮面の下に見える口元から真っ赤な舌がぺろりと覗いた。
「おいおい、あれ許されるのか? 」
カジワラに聞くと、勝者はあれぐらいの権利は許されているらしい。しかも、賭け金の総額の0.1パーセントは勝者の物になると教えられた。10億が動くと数百万、下手したら1000万円は超えるのか。
赤い仮面の勝率は割と良いので、カジワラが賭けた100万は120万にしかならなかったとボヤいていた。黄色の新人に賭けて、そいつが勝った場合は100万が300万になっていただろうと興奮気味だった。
でも黄色に賭けない固い所を狙う辺りは、カジワラらしいのかもな。
家に帰っても興奮は覚めなかった。
観戦するよりも自分があの場に立ち、スポットライトをあびる事を想像する。テンションがあがる。
しかし人外たちの試合は、僕の手の届かない遠い場所に見えた。