第1章-6
中学に入学してきた頃。
あの時の制服は、新鮮で自分の体よりも僅かに大きかったのを覚えている。
「やった~」
遙の隣で、こよみが嬉しそうに声を上げてはしゃいだ。
「遙ちゃんと、久樹ちゃんと同じクラスだよ」
「へ?」
その言葉を訊き、遙は改めて自分の名前が載っているクラス表に目を通した。
「ホントだ……」
遙は、自分だけしか見ていなかった為、こよみと同じクラスであることをこの時になって
初めて知った。
「お前な~、普通俺ら三人だけは見るようにしろよ」
「そうだね。ごめん」
「全く。こよみちゃんがはしゃいで無かったら、クラス内で知ることになるんだぞ」
「それは、それでヤダな」
遙は、苦笑を浮かべた。
「全く、こよみちゃんも大変だな」
そんな遙を見て、久樹がため息を吐いた。
新しい学校での生活が始まる教室に入っても賑やかな雰囲気が変ることなかった。
そして、クラスの担任がやって来てから数分後に、体育館に誘導されて行った。
入学式は、組み立てられたプログラム通り順調に進行されていった。
校長の話。
上級生代表として生徒会会長の話。
等など――
その時は、誰も思っていなかった。
そして、本人も――
『悪魔』がすくすくと成長していることを――
日にちという時間が過ぎるのはあっという間だった。
己の美しさを咲き誇らしていた桜の花が枯れ、緑一色に染まる緑葉の色が褪せ、本来の色を取り戻した秋半ば――そして、中学に入って初めての秋。
冬服の制服を着ていても僅かに肌寒さを感じさせる風が弱く吹いていたが、その寒さでその存在感を強めていた。
「にして、もう秋も終わりなのか?」
春は桜の雨を降らしていた桜並木道であった道でも、今の時期で紅葉した葉を降らす桜並木道になった道を歩きながら、久樹がポツリと呟いた。
「そうだね」
そして、彼の隣を歩いてる遙が、相槌を打った。
「それにしても……」
久樹が遙のことを脇見しながら、呟いた。
「ん?どうした、久樹?」
「は~やっぱ欲しいよな」
「ん?欲しいって?」
「か~、彼女だよ!彼女!」
『彼女』という部分だけを強調する、久樹。
「そうかな~?」
熱い久樹に対して、それと正反対に冷静な遙。
「あ~あ、お前はいいよな~」
「ん?良いって?」
久樹が頭の後ろに腕を組みながら呟き、横目で遙のことを見ながら答えた。
「だって、お前にはこよみちゃんがいるんだろ」
「?」
理解しがたいと言うか――頭に?マ―クを浮かべている表情をする遙。
しかも、歩くのを止め立ち止まっていた。
久樹は、そんな遙を見て――
「ま……まさか……お前……」
衝撃的な驚愕感を感じさせる表情を浮かべた。
勿論、立ち止まって、組んでいた腕を崩した。
「こよみちゃんのことなんとも思っていないのか!?」
遙の両肩を掴んで、熱く訊く久樹。
「幼馴染でしょ?」
それに、冷静で息一つ乱すことなく答える遙。
「だ~ぁぁぁぁぁぁぁ」
遙の答えを訊き、雄叫びと言うかもがき声と言うか―兎に角、奇声らしい声を上げた久樹。
「久樹、どうした?」
そして、何も分かっていない遙。
「ここに、天然記念物級究極鈍感男がいたとは~!!」
「誰だよ、それ!!」
久樹の言葉に、冷静にツコッミを入れる遙。
「お前のことだよ!此方遙!!」
遙に指を刺しながら、彼の名前の部分を強調させて言った、久樹。
「は?僕が?」
そして、未だに何のことだが理解できない遙。
まさに、久樹が言うとおり天然記念物級究極鈍感男だった。
「お前、本当にこよみちゃんのこと『幼馴染』としか思っていないのか!?」
「う……うん」
久樹の問いに、少し退きながらも真剣な表情で答える遙。
「好きとも思っていないのか!?」
「と……友達として好きだよ。久樹よりも」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
遙の口から出た、訊いてはならぬ答えを訊いてしまった久樹は、さっきよりも高い雄たけびを上げた。
「ひ……久樹、大丈夫か?」
何一つ理解できない遙でも、1つだけ分かったことがあった。
久樹が狂っていることのみ――
その原因が、自分であることは知る由もなかった。
その後、こよみと合流すると、さっきまでの狂いが嘘であったように、普通の久樹に戻っていた。
同日の昼休み。
遙は、いつものように幼馴染三人組みでお弁当を食べ終えてから、屋上にやってきた。
そして、冬が近い季節だけあって吹く風が、体に染み渡るほど冷たかった。
『だって、お前にはこよみちゃんがいるんだろ』
未だに、エコ―として響く久樹の言葉。
こよみか……
『こよみちゃんのことなんとも思っていないのか!?』
なんともか……
僕は……こよみのことどう思っているのだろうか?
『好きとも思っていないのか!?』
好きか……
一体、何に対して好きだと云うんだろうか?
こよみのことは、確かに好きだ。
でも、それは幼馴染として好き。
けど……久樹が云ってた『好き』って違うような気がする。
「好きか……」
遙は、冬が近い季節だけあって霞がかかっていない青空を眺めながら呟いた。