最終章-8
並木道。
初めてこの道を歩いたときは、不思議な感じを覚えた。
そこに植えられている桜は、どこにでもある桜で、小学校にあるのと同じ種類の桜なんだけど、初めて通る道だったからそう感じたのかもしれない。
春には、満開の桜と、舞い落ちた桜の花びらによって彩られたピンク色の絨毯。
夏には、新緑に染め上げられ、その間から漏れている暑い日射を受けながら、聞いた蝉時雨。
秋には、多彩に色褪せた、舞い落ちた葉によって作られた多彩の落ち葉の絨毯。
冬には、新しい命の芽生えの期待を感じさた裸の木々。
僕たちは、そうやってこの道を歩いてきた。
雨の日や、雪の日。雷がなっていた日や、晴れた日。霧が出た日や、台風が来た日。
多種の日々の中で、僕たちはここを歩いてきたんだ。
そして、僕は、その中で一番、僕ら三人と関わりが多かった木の前に来た。
違う。
僕たち三人ではなく、一番関わりが多かったのは僕とこよみだったんだ。
僕とこよみは、この気の前で告白をして、共に先の未来にある幸せに向かって歩きだした、あの日。
だが、僕がこの病気に侵されているのを知り、この先のこよみの未来から光がなくなる前に、僕たちは共に歩いていた未来の幸せへの道から個別に別れだ。
僕が、こよみに別れを言った、あの日。
自分の心に嘘をつき、自分の想いに無理矢理蓋を閉じて、互いの幸せよりもこよみの光ある未来を選んで――
でも、僕は改めて知ったんだ。
自分が、生きようとしていることとものに、大切なものを失ったことによる空虚感を。
ここで、友達――幼馴染から恋人へ階段を登ったあの日。
そして、戻ったあの日。
でも、僕はあの日に僕が選んだものが間違っていたと改めて知った。
だからこそ――例え、その間に多くの時間の空白が在ったとしても、僕はやり直したかった。
1からじゃないかもしれない。場合によっては本当のゼロからかもしれない。
それでも構わなかった。
だから、僕はここで、再びこよみに告白した。
自分の時間が、残り僅かだったけど――
僕は、その桜の木に触れた。
季節は、もうすぐ春がやってきる。
そして、この木に再びあの綺麗な花びらが咲く。
でも、僕にはそれを見ることは出来ない。
「さよなら。そして、ありがとう」
僕は感謝の言葉を残し、その場を去った。
そして、最後の目的地――中学校へ向かった。
あっという間に到着。
不思議な気分。こうやってまだ歩いていられることが。
僕は、校門を抜け、卒業式の会場になっている体育館の脇を通り、昇降口に入って、自分の下駄箱で自分の上履きに履き替えた。
そして、廊下を進んで、階段を登って、教室に到着。
中に入ると、思っていたとおり教室は無人だった。
いや、無人だったのはここの教室だけではなく、この校舎全体が無人だった。
でも、場合によってはどこかにいたかもしれない。が、僕のことに気づいていたかどうかは分からないけどね。
僕は、ゆっくりと教室の中を歩き、自分の席の前に着き、そのまま椅子に座った。
「今日でお別れか~。この景色と」
僕は、あの時と同じように窓から見渡せる景色を見た。
そして、すぐにそこから視線を移し、教室全体を見回した。
すぐ隣には、久樹の席。
そして、その向こう側には、こよみの席。
で――前方にあるのは――
「これ……」
黒板なんだけど、それには白い幕がかけられていた。
まるで、黒板に書かれていることを業と隠しているかのように……
僕は、自分の席からその前に移動した。
そして、それを軽く掴み――
引っ張った。
「……みんな……」
そこに書かれていたのは、すばらしいものだった。
驚きのものだった。
そして、何より悲しく感じられるものだった。
「ありがとう……」
でも、正直言ってそれはとても嬉しかった。
生きていられて嬉しかった。
ここまで、来れて嬉しかった。
だから、僕はみんなに最後の言葉をここでも送るんだ。
送らないといけないんだ。
僕は、白のチョークを掴み、黒板にその言葉を書いた。
そして、チョークを置き……
教室を出発した。
今の僕はあっという間に目的の場所に到着することが出来る。
だから、ついさっき教室から出たはずなのに、既に体育館の前に来ていた。
本来なら、数分かかる距離なのだが、今の僕はほんの一瞬で移動できる。
「この向こうだね」
僕は、その中への道を閉ざしている扉の前で、それを見据え呟いた。
「この向こうが、僕の夢」
僕は、それに触れた。
冷たい。と感じたかった。
暖かい。と感じたかった。
でも――なんにも感じなかった。
むしろ、触れているのかどうか分からない。
どちらかと言うと、翳すといったほうがいいのかな?
「さぁ、行こう。僕の夢へ」
僕は、一歩踏み出し、その中へ溶け込んでいった。
扉を開けることなく――違う。空ける必要がなくって。
『三年二組卒業生代表――――』
何も見えない光の中で、僕はその音を聞いた。
 




