第1章-5
授業と言うものはあっという間に終わってしまうものだ。
遙は、黒板に書かれていているものを自分のノ―トに写し終わったら、窓から外を見て―
こよみは、根から真面目だから教師の言葉を聞きながら、黒板のものをノ―トに写し――
久樹は、授業そっち抜けで寝ていた。
そして、今の時間は一時間目が終了してからまだ一分も経っていない休み時間。
「ん?どっかいくのか?」
席をたった遙に、久樹が訊いた。
ちなみに、久樹の席は遙の隣で、こよみだけが離れている。
が、こよみの席にいなく、意味上都合がよかった。
「呼び出し」
「そっか、がんばれ」
中学内で遙の病気を知っているのは、久樹と教師陣だけ。
クラスメ―トに関しては、久樹だけしか知っている人がいない。
その為、このことを知らない連中は、よく職員室に呼び出される遙を『不良』と認識してしまっているのだ。
特に、今の時期は高校受験シ―ズンの真っ盛りで、余計そう思わさせてしまう。
既に遙は、受験が終了し、それ以降から今のような状況になってしまったもの同じような影響を与えてしまった。
が、それでも遙は頑なに真実を伝えることをしなかった。
遙が職員室に向かっている最中にも、クラスメ―ト数人とすれ違ったが誰もがヒソヒソと彼の陰口を叩いていた。
「あれ?どこ行くの?」
ただ一人、他の人とは違う反応を示すクラスメ―トがいた。
「こよみか……」
彼の彼女である、こよみだった。
「お前は、どこに行ってたんだ?」
遙が反対に訊き返すと――このみの顔がみるみる内に赤くなったので遙は直ぐに理解した。
「ごめん」
「ホントだよ。女の子に訊いちゃいけないよ」
「ホントだな」
遙は、そう言い苦笑を浮かべた。
「それで、遙ちゃんはどこに行くの?」
昔から、こよみは遙のことを『遙ちゃん』と呼んでいた。勿論、人目が多かろうが少なかろうが変わらなかった。
が、遙自身、その呼び方に慣れてしまいそのままになっている。
「ん?」
「?」
「職員室」
「また~」
「そ、呼び出し」
「んも~、あまり悪いことしちゃ駄目って、言ってるのに」
「ごめん。これから気を付けるよ」
そう言い、遙は職員室に向かった。
「ホントだからね~」
こよみは、遠ざかっていく遙の背中に向かって叫んだ。
それが聞こえている遙の心は、重くなっていた。
彼女が言う『悪いこと』――恐らく、その中には『嘘を付く』も含まれている
それが、遙の心に突き刺さっていた。
「失礼します」
職員室という場所だけあって、生徒があまりいなかった。
「此方、来たか」
「呼ばれましたから」
彼のクラスの担任である伊神が彼のことを迎えた。
「全く、これで何回目だ!?」
職員室内に生徒がいる為、彼は演技をした。
勿論、それをするように願いしたのは遙本人だが。
「全く。ここで話すよりも指導室に付いて来い」
「はい」
伊神は、他の生徒がいない場所である指導室に向かった。
そして、その後に付いてく遙。
勿論、これは伊神の心遣いの行動であることを遙はわかっていた。
「ここなら、誰もいないな」
「そりゃ~いないでしょ」
伊神の言葉にツッコミをいれる遙。
「全くだ」
それに、苦笑を浮かべ同感する伊神。
「さて、金曜の結果は?」
「結果?テストありましたっけ?」
何を訊きたいのか理解した上でも、あえてボケる遙。
「お前な~。ここはボケるところじゃないだろ?」
「それもそうですね」
「全く。病院行ったんだろ?」
「はい」
「その結果を訊きたい」
僅かな沈黙が部屋の中を満ちた。
が、それは本当にほんの僅かな時間しか持たなく、遙がそれを打ち破った。
「変らないって」
変らない――
幾ら、遙自身が自分の身を苦しめようとも結果が変ることは決してありえない。
そのことは誰もが理解していた。
それでも、伊神は僅かにでも期待していた。
変ることがありえない結果が少しでも変ってくれることを――
「そうか……」
が、遙の口から出た結果を訊き、その期待は激しい音を発てて砕け散った。
「此方」
「何ですか?」
「お前は、怖くないのか?」
「……」
「死ぬことが怖くないのか?」
「……」
遙の中の何処かに、確かにその感情がある。
自分の死が近づいてくるのも感じる――
だけど―それでも――
「怖くありません」
遙は、笑顔で答えた。
決して、それを言うことが出来ないから――
だから、自分で蓋をした――
「死ぬことなんて怖くありません」
そう言い、遙は軽く会釈をし、その部屋から出て行った。
伊神から見える彼の背中はどこか寂しく――
そして、強いように見せている弱さが感じられた。
が――彼はただ黙って彼を見送るだけだった。
『死ぬことが怖くないのか?』
本当は怖い――
本当は死にたくない――
でも―後戻りが出来なくなってしまったから――
だから――僕は……
まだ授業中であった為、人気スポットの一つである屋上には遙独りしかいなかった。
そして、今の季節だけあって吹く風が、体に染み渡るほど冷たかった。
「……」
遙は、この場に来て、フェンスに背中を預けながら座り、上空に広がる青空を眺めていた。
「……」
『君は、まだ甘えることが出来るんだから、十分に甘えるべきさ』
『お前は、怖くないのか?』
『死ぬことが怖くないのか?』
「……」
今になって自分が間違っていることを知っても遅いし、何一つとして直すことが出来ない。
遙は軽く瞼を閉じた。
頬を膨らませてる、こよみ。
顔を赤く染めた、こよみ。
……こよみ。
僕が一番大好きな、こよみの笑顔。
付き合いだしたときから、絶対に守っていくと誓ったこよみ。
でも……
「あの時が……間違ってたのかな……」
遙は、閉じていた瞼を開け、呟いた。
その瞳は、何処か懐かしい過去を見ていた――