最終章-3
短い時間。だけど、それは長い時間。
早かった日々。だけど、それは長かった日々。
三月十日。
ついにやってきた、少年少女たちの旅たちの日が。
卒業式当日が――
玖珂久樹は、中学の制服を前にして、立っていた。
「……」
そして、久樹はそれの上着の内ポケットから白い封筒を取り出した。
それは、本来なら遙が持っているべきものだった。
だが、昨日の夕方、遙の病室に見舞いに行ったときに、彼の父親から渡された。
「これは?」
その日、加原の診察室に呼ばれた久樹が、その場に行くと、既にそこには郷弘と加原の二人がいた。
そして、顔を合わせた直後、郷弘が久樹にそれを渡した。
受け取った久樹には、それがなんなのか理解不能であった為、渡してきた郷弘に聞いた。
郷弘、加原は共に顔を渋め、代行に加原が答えた。
「卒業式の答辞だ」
「え……」
「確か、本来なら遙君が言うべきだと思うんだが……現状を直視してみると、そんなこと言っていられない状態なんだ」
「で……ですが」
さすがは医師だった。
言ってることに間違いがなく、その全てが事実であり、的確だった。
だからといって、久樹はそれに『はい』と返事するわけにはいかなかった。
むしろ、彼は自分の本能から拒否したかった。
だが――
「久樹君の……いや、アイツのクラスの気持ちは嬉しいよ。けど、遙が万全の状態で出られると保障できないんだ」
「……おじさん」
彼の父親である郷弘からも同じことを言われてしまった。
「久樹君。頼む」
「……」
結局、久樹は断ることが出来なかった。
だが、ただで引き受けたわけではなかった。
遙が出られなかった場合の保険役であり、出てきた場合は無用な役割。
そう約束した。
「遙……」
久樹は、知り合いの名前を呟き、取り出したそれを元の場所に戻した。
だが、彼は知らなかった。
今朝未明に起きた、最悪な事態を――
姫薙こよみは、パジャマから制服に着替え終え、自室に置いてある等身大の姿見で身だしなみの確認をした。
寝癖は先ほど直してきた。
いつ通りに、リップクリームを塗ってきた。
そして、髪型も問題なし。お気に入りのヘアピンで整えた。
制服のシワチェックも問題なし。
「うん。問題なし」
こよみは、自身に納得させるかのように大きく頷き、部屋を出ようとした。
が、そのとき、自室の勉強机の上に置かれている写真立てが眼に入った。
そして、彼女は無意識のうちにそれを自分の顔元に近づけていた。
いや、無意識だったかどうかはわからない。
ただ、それを覗き込むように、その写真立てを近づけていた。
「学校で待ってるよ、遙ちゃん」
このみは微笑を浮かべ、写真に写る、自分の大切な存在の人に優しく言った。
期待を胸に……
そして、こよみはもっていたそれを元の場所に戻して、自室を出て行った。
 




