第1章-4
そして、その週があけ、翌週の月曜。
昨日まで、遙は薬の副作用によって苦しんでいたが、この日の朝はそれはなかった。
と言うか、なくて当たり前。その薬の副作用は、どんなに長くても二日だけだと証明されているので、それ以上残っていると問題になってしまう。
更に、この副作用が完全に取れたのが、昨日の陽が沈みかけていた頃であった為、遙は今の季節が夏ではないかと思わすくらいに掻いた汗を流すことが出来た。
「く~」
苦しみから解放された遙にとって、この日の朝はまるで天国であるかのような清々しさだった。
遙は、目覚めがすばらしい体質であった為、そのままベッドから出て着替えにかかった。
着ていたパジャマを脱ぎ、中学の指定制服に着替えた。
そして、脱いだパジャマを持って、自室から出て行った。
「おはよう、母さん」
いつも通りの朝。
どこの家庭でも当たり前のようにある朝。
遙は、キッチンで朝食の準備をしていた遙奈に挨拶をした。
「おはよう、遙。もうすぐ出来るから」
「は~い」
言われるまま、遙は食器棚から必要な食器を取り出し、テ―ブルの上に並べていった。
そして、並べ終えるのと同時に、遙奈が作っていたハムエッグをお皿の上に注いで行った。
この日の朝食は、ハムエッグとト―スト。ジャムは、三種類置かれ、自分でつけるようになっていた。そして、飲み物はお約束の牛乳。
「いだきま~す」
「ふぁ~……はよ~」
遙が、大好物のイチゴジャムを大盛りで乗せたト―ストに被りつくのと同時に、彼とは正反対で非常に朝が弱い郷弘がやってきた。
頭は寝癖によって爆発。
着ているパジャマは、寝相によって激しく乱れていた。
どこにでもある、朝。
どこにでもある、朝の家庭の雰囲気。
今だけは――あの日以外は――忘れたかった。
否、彼の両親はそれに触れないでいた。触れてしまったら、その朝が――雰囲気が音を発てて崩れてしまうから。
遙は、満面の笑顔で大好物のイチゴジャムを大盛りで乗せたト―ストを食べた。
本来なら、彼の投薬処置は分割して行わなければならなかった。
だが、彼はそれだけは断固として拒否した。
その結果、最終的に現状の投薬処置に決定した。
毎週土曜だけに投薬処置をするように――
それには、彼の両親も――そして、そう告げた加原医師もあまり言い顔しなかった。
だが、それを請ける遙は、笑顔でその処置方法を引き受けた。
平日は絶対に学校に行かなければならない。
休んだりしてはならない。
遙の意思は、どんな状態であれ折れることがなかった。
「ヨッ!」
「ん?」
遙が歩いていると、突然声をかけられた。
「久樹、おはよう」
遙によって大の親友である『玖珂 久樹』だった。
彼とは、長い親友として付き合っている。容易く言うなら、幼馴染の一歩手前みたいなものだろうか?
そして、遙は彼に『自分のこと』を教えた。
あの時の久河の表情を、遙は今でも覚えている。軽く瞼を閉じれば、そこに映りだすくらいはっきりくっきりと。
「この前も行ったのか?」
「うん……」
「そうか……」
二人の中にいつの間にか出来た暗黙なル―ル。
遙の病気のことを話しに出すときは、周りには聞かれないように小声で話すこと。
遙の病気のことは、どんなときがあっても他の人には話さないこと。
「ま、今日も頑張っていこうぜ!」
と、明るく振舞いながら久樹は遙の背中を叩いた。
「ああ」
頑張っていこう――今の遙を励ます為にこれ以上うれしい言葉がない。
今、生きているこの時間を――この日を――
そして、少しの距離を二人はふざけあって歩いていると――
「んも~、朝からふざけてると怪我するよ」
と、二人に少女が忠告した。
その少女は、肩より少し長い綺麗な黒髪のロング。表情・顔立ち共に可愛く、美少女と言っても何一つとして問題がなかった。
勿論、中学生として恥がない発育。
名前は、『姫薙 こよみ』。
遙、久樹、こよみは幼馴染と言う関係だ。
特に、遙とこよみは中学に入ってから付き合いだし、そんな二人で遊んでいるのが久樹である。その為、傍から見ると付き合っているとは思えないのだ。
「大丈夫だって、いつものことだからな」
遙の首に自分の腕を巻いた、久樹が彼女に言った。
「な、遙」
そして、遙に訊いた。
「確かにそうだね」
遙は、苦笑を浮かべながら答えた。
「んも~、怪我しても知らないよ~」
こよみが頬を膨らませながら呟いた。
「あはは、こよみちゃんも心配性だな~」
そんなこよみを見て、久樹が笑った。
そして、遙もつられる様に――自然と笑みがこぼれた。
「あ~、何で笑うの~」
幸せすぎる――
こんなに幸せなのに――
それが、壊れてしまう。壊されてしまう。壊してしまう。
遙には、この幸せが重かった。
何時かは、この幸せを自分の手で壊さないといけないことを知っているから――
まだ、こよみに――彼女に、病気のことを伝えていないから――