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第3章-4

こよみは独りで教室にやってきた。

勿論、同じクラスメートたちはこよみが久樹と共にやってきたことを知らなく、最初から彼女は独りできていたと確信しきっていた為、誰もがそれに触れることなく、そして気にすることはなかった。

こよみは、教室に入り、クラスメートたちとすれ違いながらも挨拶を一言交わして、自分の積に着いた。

そして、鞄の中身を全て机の中に写し、弁当だけが残っているそれを靴の脇にかけた。

「……」

いつも通りの朝の教室。

そこは、ざわついていて――まるで、小さな祭りのような騒がしさ。

そして、その中から不気味なくらいに浮き上がるこよみ。

それは、そこに溶け込むのを拒むように。

それは、そこに誘われるのを拒むように。


こよみは軽く自分の視線だけを右斜め後ろに向けた。

そこにあるのは、外を見渡すことが出来る窓。

だが、こよみが視線を向けたのはそれを見るためではなかった。


遙ちゃん……


彼女が視線向けていたもの――


それは、本来なら此方遙が座っている空席。


時間は異常なまでに早く流れた。

いや、ただそう感じたのはこよみだけなのかもしれない。

あれから朝のホームルームの時間になっても久樹が教室に戻ってこなかった。

むしろ、久樹はおろか担任の伊神までもが来なかった。

そして、彼の代わりとしてやってきたのは滅多に顔を見ることがない副担任だった。

彼は、必要なことだけを伝えて、即座に教室から出ていった。

遙と久樹の席が空席になっている理由に触れることなく…


そして、時間は今に至る。

その時間、既に一時間目の半ば。むしろ、後半のほうなのかもしれない。

だが、こよみは授業に集中することが出来なかった。

いや、本来なら集中しているのだが、違うほうに自分の意思が連れられてしまっている状態だった。

こよみは、今日で何度目なのか、自分の視線をあの場所に向けた。

最初の頃は、頭ごと動かさないとうまく見れなかったが、今となっては頭を動かすことなく視線だけで見ることが出来るようになっていた。

要は、それだけこの行為を繰り返していることになる訳で。


遙が休みがちになったのはいつの頃からだろうか?


こよみは、視線を戻し考え、悩み、自分の記憶の中を探りまわった。

小学生だったころは、今とは違っていて、普通に登校してきて、誰とも変わらない普通の生活を送っていた。

なら、中学校に入学してからはどうだろうか?

普通だった?

誰とも変わることがない普通の生活を送っていた?

今まで同じクラスだったから覚えてるよ。

一年生のときも滅多に休むことはなかった。だって、一緒に登下校した思い出があるから。

二年生のときもそうだった。

だけど…体育の時間、見学している姿を見る回数が多くなってきたように思えた。

でも…休みがちじゃなった。

今年は?

最後の三年生になってからはどうなんだろう…


こよみは深く考え、そして悩みながらもその様子を思い出すように、自分の記憶と思い出の中を探りまわった。

そして…


久樹は、その部屋に掲げられている円形の壁時計が示している時間を確認した。

既に、それは一時間目の開始の時間を裕に越し、更には残り十分後には終了の鐘が鳴る時間だった。

そして、今、彼がいるところは指導室。

しかも、そこにいるのは彼だけではなく、彼のクラスの担任の伊神がいた。

「確かに、そうすれば此方を卒業式に出させる理由も付くし、そこまで生きようと思うかもしれないな」

そして、ついさっきまで、久樹は自分の中にある決意を話したところだった。

それは、あの遙を絶対に卒業式に出される方法。そして、クラス全員が卒業する為の手段。

だが、それにはとんでもない問題が多くあった。

それは――

「けど、それで本当に此方が卒業したくなるのか?」

「……」

一つ目。遙自身がそれで卒業する気になるか否か。

更には、それを決めるのは遙自身であり、他人が決められるようなものじゃなかった。

「そして…そこまで、生きられるか…」

「それは……」

それこそが、最大の問題だった。

遙の寿命。

もし、遙の卒業に対する心意気が変わったとしても、彼の寿命が変わるわけがなかった。

卒業式まで残り一ヶ月少々。

そして、遙に残された寿命は、最長で卒業式当日。

だが…最短では今すぐ。

いや、明日かもしれないし明後日なのかもしれない。

とにかく、遙の最短寿命は、既に目に見えて、手を伸ばさなくても届く――はっきりと触ることが出来る位置にあるのだ。

それなのに、あれをさせることは酷ではないのか?

と、久樹は改めて考えた。

が、それは一瞬のことであり、即座にそれに対する回答が浮かび上がった。

そして、それを口にした。

「未来が用意されている俺たちが、彼らに出来る最大なことは彼らに夢や思い出といった記憶を与えること」

それは、あの時加原が自分に言った言葉だった。

だが、そのことを伊神は知りもしなかった。

「そして…出来ないと思っていたことが出来たときの嬉しさを知って欲しいんです」

「……」

伊神はただ沈黙を保ったまま、久樹の言葉を耳にしていた。

そして、それを破り――久樹に云った。

彼の言葉を訊いた上で、自らが出した答えを――


こよみが考え、そして見つけ出した変化点。

それは、遙に対してのことだった。

そして、授業が終わるや否や、こよみは自分が導き出した答えが正当なのかを確かめるためにあるものを確認することにした。

それは、クラス名簿だった。

「あっ、先生」

「ん?」

教室を出ようとした教師にこよみは声をかけ、呼び止めた。

「その…クラス名簿、持って行きたいんですけど…」

自分でもなんて子供っぽい理由を口にしたのか恥ずかしく思った。

だが、それしか思いつかなかったのも事実であり真実。

それは、ある一種の賭けと言うか、こよみからしてみれば最大限の勝負場だった。


コクン…


緊張からか、こよみは真剣な眼差しを向け、音を鳴らさないように湧き上がってきた唾を飲んだ。

「あぁ、いいぞ」

それは難なく叶われた。

彼はただ一言だけの答えを口にし、脇に挟んで抱えていたクラス名簿をこよみに差し出した。

だが、こよみはそれをすぐに受け取ろうとはしなった。

むしろ、受け取るどころか、驚きの表情を浮かべ止まっていた。

「ん?どうした?」

そして、それに気づいた彼は、こよみに声をかけた。

「…え?」

それによって、自我を取り戻したこよみは、慌てて彼から差し出されたクラス名簿を受け取った。

そして、こよみが受け取ったことを改めて確認し、彼はその場を後にした。

更に、こよみはその彼の背中が消えたことを確認し、改めて自分が受け取ったものに視線を巡らした。

正直言って自分でも驚いてるし、そのことを実感として感じる。

まさか、こんなに意図も簡単というかあっさりとお目当てのものが手に入るとは全く持って思いもしなかったし考えすらしなかった。

だが、それを実行に移してみると難なく出来てしまった。


ドクン……


高く跳ね上がる心臓。

こよみはそれを感じ、精一杯の力でそれを抑え込もうとした。

だが、それが出来るほど甘くなかった。

今の自分の興奮は、それだけではとても無駄に近いものだった。


ドキドキ……


そして、今度は何とも云い難い感覚を感じた。

「……開けていいんだよね……?」

いったい、それは誰に対しての問いかけだったのか?

こよみの問いかけは、誰一人として気にすることなく、そして誰一人の耳に入る前に周りの騒がしさに消されるのみだった。

更に、今こよみが立っている場所――教室の前後に設けられている前側のドアには不思議なことに誰一人として出入りをする人がいなかった。


そして、こよみはそれを開けた……

ゆっくり…ゆっくりと…


「!!」


だが…それが僅かに開いたところで阻止された。

そして、こよみはそれを行った者の姿を目にして、驚愕した……

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