第3章-3
更に時間は流れ、登校する時間帯になった。
いつも通りの時間に久樹は家を出発し、そしていつも通りの時間にあの並木道前にやってきた。
今、遙が入院している状況下なので、久樹は独りで歩いていた。
そして、その事を続けていることによって彼は、独りで登下校をすることに慣れていた。
その為なのか、寂しいなど感じなくなっていた。
久樹は、並木道の木々を見上げた。
今、彼の視界に入るのは裸になった枝。
そして、それらの間から垣間見える冬の青空に、日差し。
「……タイムリミットか……」
久樹はそれらを見上げながら呟いた。
「卒業するまでだね」
そして、それに答えてくる声。
それは、自分のではなく、誰か――いや、どこかで聞き覚えのある声――
久樹は、視線をその声が聞こえた方向に向けた。
そこは、自分の正面だった。
そこにいたのは――
「…こよみちゃん…」
「おはよう、久樹ちゃん」
彼女はいつものあの輝いている笑顔を浮かべ、挨拶をしてきた。
「あぁ。おはよう」
久樹は、それに連れられるように笑顔を浮かべ、答えた。
「ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ」
「…あぁ。そうだね」
これは夢なのだろうか?
久樹は、そう疑い自分の頬を軽く抓った。
だが、痛みを感じたとの共に、今が夢でないことを思いいらされた。
「はや~くぅぅぅ~」
自分のことを急かせるこよみの声を聞き、久樹は一瞬苦笑を浮かべ、彼女の元へ駆け出した。
「ね~…久樹ちゃん」
「ん?」
こよみは軽く俯き、自分が歩くたびに流れていく地面を見据えながら、ポツンと呟いた。
そして、久樹はそれを訊き、視線だけをこよみの方に向けた。
「私たち、卒業するんだよね…」
それは、当たり前のことだった。
だけど、当間のように思えるが、そうでないかもしれない。
そして、久樹は視線を前に戻し、さも当たり前であるかのように答えた。
「後一ヵ月後には、嫌でも卒業だからな」
残り一ヵ月…
自分たちは、卒業し、そして別れ、それぞれの道を進んでいくまで――
だが、それよりも『此方遙』と言う身近にいる人間が生きていられる最大限の残り時間。
「私と久樹ちゃんと――」
ポツリとこよみは呟き、視線を自分の前に向けた。
そして、彼女のそれは真剣なものに変わっていた。
「遙ちゃんの三人で、卒業する…」
「…こよみちゃん…」
この時、久樹は現実を一切知らないという残酷さを改めて思い知られた。
だからと言って、それを教えてしまえば、今まで行ってきたことと今まで抱いてきた夢が粉々に壊れてしまう。
「しようね」
「…え…」
こよみが久樹に向けた表情はあまりにも輝いていた。
それは、曇りが無く、何も知らされていない輝きを持つ笑顔だった。
「みんな、一緒に卒業しようね」
みんな、一緒に。
それが意味することは、嫌でも分かる。
自分と、こよみと――遙の三人。
自分とこよみは、絶対に卒業を迎え、そして卒業することが出来る。
けど…遙は――迎えることはおろかすることさえも予想することが出来ない。
けど…それでも…
久樹が答えることが出来る選択は無かった。
それが出来ないと選ぶことが出来なかった。
むしろ、最初から選択しそのものが存在していなかったのかもしれない。
「あぁ。一緒に卒業しよう。
俺と、こよみちゃんと、遙の三人で」
答えた久樹の胸は悲鳴をあげていた。
嘘を口にすることに――
残酷な嘘を口にすることに――
「うん」
そして、何も知らされていないこよみは、無邪気そうな笑顔を浮かべ、大きく頷いた。
こうして誰かと話しながら登校するのは、久々のものであり懐かしいものだった。
時間の流れが、独りでいるときよりも速く感じた。
だが、二人がそれぞれの下駄箱についた時間は、独りでいた頃より若干ではあるが遅かった。
「こよみちゃん」
「な~に~」
下駄箱越しで、久樹はこよみのことを呼んだ。
そして、呼ばれたこよみも、同じように下駄箱越しで答えた。
「先、教室行ってていいから」
「りょ~か~い」
久樹は、それだけを伝えると即座に靴と上履きを履き替え、目的の場所に向かって廊下を走って行った。
時間には、まだ朝のホームルームまで余裕があった。むしろ、在りすぎていた。
「さて……来て早々ここに来るのは、気分的にいやだな」
久樹は、目的の教室の前に到着するやいなや、そう呟いた。
そして、今、彼は『職員室』の前に来ていた。
「ん?そんなところで何突っ立ってるんだ、玖珂?」
そして、そんな彼に声をかけたのは、丁度やって来たばかりの担任の伊神だった。
「先生…話があるんです」




