第1章-3
翌日。
「う~」
目覚めた彼を待っていたのは、激しい吐き気と頭痛だった。
既に、昨夜のうちからその症状が出だしており、彼の腹の中にはからっぽな状態だった。
その為、腹の虫がなるが、彼自身何も口にする気がなかった。
今の段階で、腹の中に何か入れたとしても、即戻してしまうので完全に無意味なことだった。
それでも、吐き気は治まらず、胃液ばかりが戻ってくるので、口の中は何とも言えがたいすっぱさが充満していた。
「遙、大丈夫?」
そして、そんな彼を看病しているのがあの日以来専業主婦になった彼の母親だった。
いまさら出すのも遅いが、彼女の名前は『此方 遙奈』。
容姿端麗であり、家事なら何でもこなす完全無欠の主婦だ。
そして、遙に名前を挙げたのも彼女だ。
「なんとか~」
遙は、そんな遙奈に枯れてしまい声変わりしてしまった声で答えた。
この症状も、副作用の一つだ。
「はい。新しいバケツね」
遙奈は、遙の顔の隣に置かれているバケツを取り替えた。
「ありがと~……ゲュハっ」
と、感謝した直後、遙は新しいバケツに胃液を戻した。
「もし、何か食べたくなったら呼びなさいね」
「は~い」
それだけを伝え、遙奈はバケツを持って部屋を出て行った。
そして、遙は再び戻した。
誰もいなくなった、遙の自室。そこの主である、彼だけしかいなかった。
「……」
だが、その部屋にはいろんな意味でも明るさがなかった。
部屋の電気は、遙奈が消していった。
更には、その部屋にいると言うのに、それの気配が感じられなかった。
「グッフ」
ただ響くのは――
ただ聞こえてくるのは――遙の声だけだった……
場所は変わり、彼の家の一階にあるリビング。
「遙は?」
部屋に入ってきた遙奈に、彼の父親『此方 郷弘』が訊いた。
勿論、遙奈は何を訊かれたのか理解した上で、答えた。
「薬の副作用で苦しんでるけど、まだ平気みたい」
「そうか……」
平気――それは、まだ遙が生きていることを示していることを二人は知っている。
郷弘は安堵の溜め息を吐き、飲みかけのコ―ヒ―を口にした。
「ほんと……」
「ん?」
彼の隣に座り、肩によりよりかかりながら遙奈が呟いた。
「何で、あんなに残酷な日を過ごさないといけないの?」
「……」
「どうして……あの子なの」
郷弘は黙り込んだまま、自分によりかかっている遙奈の頭に手を置き、優しく彼女の髪を撫でた。
「なんでなの……なんで……」
限界。
彼女は、よりかかっていた彼の腕に自分の顔を押し当て、泣いた。
涙を流し――
今と言う世界を恨み――
愛しい息子に悪夢を与えてしまった自分に悔やみ――
「誰も悪くない……誰もな」
そして、彼も呟いた。
信じたくない今と言う現実を、無理にでも認めるかのように――