第2章-8
時間は遡り、二人が別れた翌日。
「よ、元気か?」
いつもの場所で――いつのも時間に、遙と久樹は合流した。
「おはよう、久樹」
そして――いつものように何気ない挨拶を交わし、何気ない会話をしながら二人は中学へと歩いていった。
だが、その途中で大きな変化があった。
いつもなら、あの桜並木道の少し前でこよみが待っていて合流するはずだった。
が、この日は彼女がそこにいなかった。
「……当たり前だよね……」
いつもならそこに彼女がいる場所で二人は立ち止まった。
そして……遙は自分の中にある悔やみを言葉にし、呟いた。
「昨日、あんなことしたのに……ここにいるかもしれないって期待するのはズルイよな……」
昨日、遙がこよみにしたこと。
それは、こよみに地獄のような体験をさせたのと同じ意味だった。
まだ繋がっていた二人の想いを、遙は自ら無理して切り立った。
しかも……彼女の目の前で……
「遙……」
そして、久樹には遙が行ったことが間違いとは思えなかった。寧ろ、正解とも思えなかった。まさに、解答欄があるのにそこに書き込む回答が存在しない問題。
そして、長く彼とは親友として付き合ってきた分、彼の痛みが嫌と言うほど分かってしまう。
「……行こうか……久樹」
「あ……あぁ」
二人は、重い空気を背負い、その場を後にした。
そして……その空気は教室に入ってもとれる事がなかった。
二人は、黙って自分たちの席に向かった。
「……久樹……」
「ん?」
席に着いた遙は、軽く後に振り向き呟いた。それは、彼の中にある全てを言葉にしたもの。
「僕……間違ってたのかな?」
「……」
その問い掛けを訊いた久樹は、視線を遙の方ではなく、こよみの席に向けた。
そして、それにつられるように遙も、自分のそれをそこに向けた。
「……どっちでもないさ」
「……」
「お前は間違いを犯してないが、犯してるんだ……」
その問いかけになる答えは矛盾。
何が正しく、何が間違っているのか?
それを知るものは誰もいなかった。
そして、時間が経つに連れ、クラス内の席が埋まっていった。
「珍しいな、姫薙が休みとは」
朝のホームルーム。
担任の伊神が、物珍しそうに呟き、クラス名簿に記されている『姫薙こよみ』の列内の今日の日付の欄に休みを意味するマークを書き記した。
そして、『此方遙』の欄には病欠を意味するマークを書き記した。
本人がいるのにも関わらず……
授業が始まる。
しかも、ご丁寧なまでに一分の遅れなく時間通りだった。
そして、こよみは来ることがなかった。
更には、その直前に遙もいなくなった。
「……」
授業は正確に進んでいる。
教師が黒板に何かしら書き記していることを教えるチョーク音が響く。
だが、久樹はそれを自分のノートに写すことなく、窓から外を眺めていた。
『僕……間違ってたのかな?』
今でも、自分の頭の中に響き渡る遙の答えが存在しない質問。
『お前は間違いを犯してないが、犯してるんだ……』
そして、その問いかけに自分が答えた矛盾の答え。
一体、何をしれば正しいと言えるのか?
一体、何をしたら間違っていると言うのか?
あれから何度自問を繰り返したことだろうか?
そして、それに返ってくる自答は、毎回同じものだった。
答えにならない沈黙。そして、なんとも云い難い溜め息。
久樹は音を発てずに、溜め息を吐き、空を見上げた。
そこには、憎たらしいほどに輝く青空が広がっていた。




