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蝙蝠も猫も百舌も月を見る

中村絵【ナカムラ カイ】(ツグミ)


通称ツグミ。弟が『何でも食べる』ことから"モズ"と呼ばれ、彼女もツグミと呼ばれるようになった。"ツグミ"に込められた意味はあまり無い。飄々とした態度で人を煙に巻く、何を考えているのか正直よく分からない人物。神出鬼没で同じ学校の生徒でも見かけることは少ない。

コトヒコの悪ふざけが大好きで同時に大の甘党でもある。『シルクハット』の一番の稼ぎ手。バイト先が自営業なので最早従業員に近い。


ニキがタマキと銀月がいる公園へと走って行ってから、コトヒコとツグミは更に郊外方面へ歩き出した。

「ところでさ」

ツグミが何気無く口を開く。

「何で変電所だったの?」

「お前、今更か」

変電所の中で説明しただろ、と灰色の鈍い瞳を向けるがツグミはヘラヘラと笑って

「ごめん、覚えてないや。」

と、正直に答えてコトヒコの頭を抱えさせた。

「記憶力悪いと、タマキみたいなバカになるぞ。いいか、もっかい説明するからな?」

「街の街灯は、あの変電所が一括管理をしてる。もしパツギンが原因なら変電所の管理はそのままだけど、他に何かあるなら変電所の部分がいじられてるはずだ。」

「結果として、変電所がいじられてたのが原因だったから、彼のせいじゃない、って?」

「そういうことだ」

そこまで言い切って、新しいタバコに火を付けるコトヒコ。ふうと吐き出された煙が夜空を漂った。

「で、今はどこへ向かってるの?」

「見れば分かる」

コトヒコに言われて、視線を元に戻すと目の前にはいつの間にか大きな社殿が君臨していた。

「夜に来ることが無いから、全然気付かなかった。ここか」



郊外には森林が少しだけ広がっている区画がある。その中にひっそりと佇むこの社殿。名を『時詠社殿』【トキヨミシャデン】と言い、見た目は平安時代からそっくりそのまま持ち出したような木造づくりの屋敷だ。

今にも壊れてしまいそうな古い屋敷にも関わらず最近の災害にも何食わぬ顔で耐え抜いてしまう、"生きている社殿"と言っても過言ではない。

時詠社殿に足を運ぶ時の理由は、大抵同じである。

コトヒコが地面にタバコを捨てて、足で火を消しながら社殿に向かって呼びかけた。

「おいロシュ、来てやったんだから出て来い。今日は月見酒で酔ってるなんて理由にならないからな。」

それに続いて、ツグミも楽しそうに叫ぶ。

「ろっしゅっしゅー」

返事はすぐには無く、提灯の光がぼんやりと暗闇に浮かんでいるだけだ。

コトヒコと社殿の睨み合いは続く。

ツグミはすぐに飽きて周辺をふらふらと歩き出していた。

「ロシュ、寝てるんじゃない?」

「こんな月の夜だぜ?あいつがそう簡単に寝るか?自称風流人のあの野郎が」

背後に登る大きな満月に目を遣る。

相変わらず奇妙な程に、狂おしい程に美しい月だった。

時詠社殿が元あるべき時代にあった頃、かの風流人はこの月を見て歌を詠んだのだろうか。

コトヒコは気まぐれにそんなことを考えていた。そしてもう一度、社殿に向かって叫ぶ。

「おいロシュ。こんな月の夜に出てこないなんて勿体無いぞ、酒でも何でもくれてやるから出て来い。」





『我を呼ぶのは、誰ぞ』



鈴がりん、りんと鳴る音が聞こえてきて、人間の声が続く。



『その鼠色の瞳ーーーーーーコトヒコか』



「夜遅くに悪いな。まあお前、本来夜行性だから理に適ってるのか?」

『それもまた然り』

「ねー私は?」

『そなたは(ツグミ)か』

ツグミは嬉しそうに頷く。

りん、りんと鈴の音は近付いてくる。

『コトヒコ。何度も云うた筈ぞ。此処は女子禁制じゃ。鶫であれ、珠であれ秋であれ入れることは許さぬ』

「相変わらずホモっ気たっぷりだね、ロシュは。」

ツグミは拗ねたように口をしかめた。

それを宥めるようにコトヒコが見えない相手、【ロシュ】に言う。

「ロシュ。今は人手が必要なんだ。お前の屋敷の書物を洗いざらい調べなきゃならねぇ。今回だけでいいからツグミも入れろ」

『またいつもの決まり文句か、コトヒコ。そなたも卑しい男のう』

りん。りん。りん。

鈴の音が一段と強く聞こえて、辺りの森がざわめき始める。

清らかな雰囲気を漂わせる社殿とは違う、人の背筋を凍らせるざわつきが聞こえてくる。ツグミは少し驚いて辺りを見渡していたが、コトヒコは社殿を見つめて気にも留めなかった。

瞬間、ツグミのすぐそばを蝙蝠が掠めた。

「ひゃっ」

小さく悲鳴を上げてたじろぐツグミ。また一匹、もう一匹、一度見つけると次々見つかっていく。気が付けば、夥しい数の蝙蝠が社殿の前へ集まっていた。

そして蝙蝠は薄紅色の光を纏いながら人の形を形成していきーーーーーーやがて一人の麗人へと姿を変えた。



鼻筋が高く日本人離れした顔立ちは中性的とはまた違う美しさがある。

しかし、とても奇妙な格好をしていたのだ。

袖が地面にまで着いてしまいそうな水干を身に纏い、五本骨の紙張りの扇子を片手に持つ。そこまでなら、いくら顔立ちが日本人離していたとしてもこの社殿には見合っている。だが、それを一網打尽に否定しているものがあった。それがーーーーーー



「和洋折衷とはこのことだな。」

「相変わらずかっこいいね、その羽根」

「羽根とは何ぞ、小鳥風情が我の翼を貶すではない」

「(褒めてるのに)」

そう、翼だ。

それも鳥のように形の整った翼ではなく、蝙蝠のように、悪魔のようにごつごつとした不揃いな翼なのだ。

そして、ちらりと覗く白銀に輝く牙。

翼をはためかせている訳でもないのに地面に足は着いていない。少しだけ浮遊している。

明らかに人間ではないその容姿。



「まあ、いつもの厄介事だ。世話になるぜ、ロシュ。」

目の前の麗人はほくそ笑む。

「粗方の事は見通しておるぞ、コトヒコ。これ程までに美しい月を消すのは勿体無いが、我も少しばかり朝陽が恋しいものぞ。協力しよう。歴史を『観る』者として、の。」

『歴史を観る』者ーーーーーーそれがひっそりと佇む時詠社殿に伝わる主。



現代の当主は、少し同性愛の強い異国の『吸血鬼』、ロシュだった。








「大体、太陽が苦手なロシュが朝陽が恋しいなんてどういう風の吹き回しなのか、私はそこが知りたいんだけどね」

時詠社殿の中、人の気配が全くない薄気味悪い廊下を進んでいく中でツグミがニヒルな顔で言った。

「そなたには分かるまい」

聞こえていたのか、ロシュが紙張り扇子をツグミの目の前に突き立てる。

「人間は、昼に生きるもの。我らは夜に生きるもの。人間はなぜ夜に眠る?それは夜の闇を恐れているからぞ。だが夜に動かねばならぬ時もあるまじ。では暗闇を恐るる人間がなぜ夜に動くことが出来よう。それは月の光があるからぞ。我らも然り。昼に動かなければならぬ時もあり。光を嫌悪する我らは日陰があるからこそ、動くことが出来るのだ。」

「起きない癖に」

直後、ロシュの紙張り扇子が紙とは思えない程の威力を伴ってツグミに直撃した。

「人間風情に我らの摂理は分かるまい」

扇子を広げて慎ましく言うロシュにツグミら額をさすりながら口を尖らせた。

「変なの」

「ゴタゴタ話してないで、ほらロシュ。」

廊下の突き当たりに到着した時、コトヒコが二人の仲に割って入った。

突き当たりには、今度は横に廊下が伸びていた。その壁には、扉、扉、扉。一寸先も見えない暗闇の中、等間隔に扉が並んでいた。

コトヒコに言われて、ふわりとロシュが前へ躍り出る。

「と、言うより」

ロシュがいくつもある扉を通り過ぎていく中、後ろについているコトヒコが口を開く。

「お前自身も今回の一件が分かってるなら、書物の一冊二冊、目星が付いているんじゃないのか?そしたら俺たちが探す必要も無いじゃないか」

浮遊しているのもあるのか、ロシュはゆったりと振り返り不敵に笑う。

「書物を洗いざらい調べると云うたのはそなたぞ、コトヒコ。」

ロシュの勝ち誇った顔に対して、コトヒコは苛立ったように口を曲げた。珍しくコトヒコが言いくるめられていた。

「意地悪い奴は嫌われるぞ」

「そもそも好き好んで近寄る奴などおらぬだろうよ。」

「私はロシュのこと好きだよ」

「口を挟むなこの鳩が」

「ツグミだよ!」

言い争っている間に、目的の扉の前に辿り着いていた。行き過ぎてロシュが立ち止まる。

「そなたの求めるものはこの部屋にあるぞ。勿論、探し当てるのはそなた自身であるがの。」

ほほほ、と麗人特有の優雅な笑いで締めくくった。

コトヒコはそんなロシュに悪態つきながら扉を開く。

部屋には真ん中に机が一つ、その周囲を囲うように天井まで伸びる本棚がびっちりと詰まっていた。

天井を見上げて、ツグミが絶句する。

「この中から探すの……?」

「当たり前だろ」

コトヒコが椅子に腰掛け、机の上に置いてあったペンとメモ帳を準備してツグミに一言告げた。

「まあ、探すのはお前だけど」





「これも違うな」

もう何冊目になるだろうか。

コトヒコはツグミから手渡された文献を投げ捨てた。

「こんなに多いんだから、見つからないのも当たり前でしょう」

不満そうな顔でコトヒコを睨むツグミ。

ロシュは二人の様子を楽しげに眺めているだけで何も口出ししなかった。

「竹でも割ったら出てくるかな……月だけに、かぐや姫みたいに……。」

力なく呟いて、次の文献に手を掛けるツグミ。しかし、普段なら気にも留めないはずのコトヒコが身を乗り出してきた。

「待て、今なんて?」

「だから、かぐや姫みたいに竹でも割ったら出てこないかなーって」

コトヒコは少しだけ考えると、椅子から立ち上がり本棚を端から端まで見回って何かを探し始めた。

「確かに、その発想は頭になかった」

ぴたり、と机と真向かいの本棚の前で止まる。

ロシュの顔が一瞬不機嫌になった。ツグミは首を傾げてコトヒコを見守った。

「確かに、今回の一件は月に関係してる。そこから連想してかぐや姫、かぐや姫は竹の中から出てきた。」

そう言いながらコトヒコは本棚の素材が、一部だけ不自然な場所を指差す。

木材で出来ているはずの本棚がその一箇所だけ、竹で作られていた。

「全く、面倒な奴だな。本当に嫌われちまえよ、ロシュ」

コトヒコが竹を剥がす。

そこから出てきたのは、一段と古びた文献だった。

「少しばかりひねりがありけるほうが、面白かろう?」














新月が昇る時、

満月は穢土へ堕ちる。


新月は見えざる光。

それゆえ人を惑わす幻影は知らぬ間に消える。



時また流れて

新月は穢土へ堕ち、

満月は昇る。




満月は暗闇を照らし出す光。

太陽の光届かぬ夜の光。




光なくては人は夜には歩けない。




かくて新月は次を待つ。





これゆえ真実は曲げられぬ

永遠不滅の因果であり

是れまた真なり。





穢き世の真理の一つなり













「オーケイ、ブラザー?今文献の一部を送ったから今すぐにでも『シルクハット』に向かってね」

電話先から欠伸まじりの返事が聞こえてツグミが通話ボタンをオフにする。

「これで、ニキが見たとかいう女の子の正体は分かったね。後は、あのパツギン」

コトヒコも頷いて、文献を読み返す。

ロシュはまた楽しげに悩む二人の姿を見ていた。

「どうにもな」


「髪の毛の色が違う男は信用ならねぇ」










「あ、タマちゃんおはよ〜」


しばらく意識の戻らなかったタマキが目を覚ました時、既に『シルクハット』に居た。

店の売り物だったダブルサイズのソファーで眠っていたことがすぐに分かった。目覚めた時の景色もそうだが、何より首が軋むように痛むのだ。

「ああ、アキ、ごめん。ありがとう」

アキは抱いている猫を撫でながら微笑んだ。

「運んだのは私じゃなくて、ニキだよ〜」

タマキがニキのほうを見遣る。二人の間に気まずさが走り、タマキは何拍か間を置いて、「……ごめん」と一言小さな声で言った。

「まあ、それは構わない。あと謝るならちゃんと後でコトヒコにもな」

「うん」

自分の身勝手な行動が脳裏に甦って、罪悪感に塗り潰された。



「それよりも、だにゃ。」



アキでもニキでもない声が聞こえて、タマキは声の主を探す。声は明らかにアキの腕の中から聞こえてきた。

「人間はやっばり観察能力が低いにゃね」


猫。

アキの抱いている猫が、人間の言葉を発していたのだ。

「サペット。」

「にゃ。」

タマキの呼ぶ声にも、しっかりと人間の言葉で返す猫、【サペット】。

夜の闇のような色をした黒猫が、アキの手の中で楽しそうに身じろぎをしていた。

「あんまりにも夜が長いから、散歩も飽きて帰ってきたにゃ。そしたら皆忙しそうだからそれが楽しくてにゃ〜」

そこまで言われて、ようやく銀月が黙りこっている原因が分かった。

「猫が……、喋ってる……猫が……猫が……」

「まあそりゃ驚くよね。大丈夫だよサペットは無害だから」

「害獣呼ばわりされる覚えはないにゃ」

ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くサペット。機嫌直しと言わんばかりにサペットの顎の下をタマキは撫で回す。

「それで、人間を見下しにきたみたいだけど、何か猫様は見つけられたとでも言いたいの?」

「にゃっはっはっは。」

本当に猫なのだろうか。疑問が浮かぶほど感情豊かにサペットは笑う。

「もしかして、気づかなかったにゃ?


今日の満月は、なんと今月入って二回目の"満月"なのにゃ。おかしいにゃねぇ」



「満月と新月は必ず月に一回ずつだ。

俺も俺で気付けなかったのも不覚だけど……」

ニキが、銀月にハサミを向ける。

「そろそろ怪しくなってきたぜ、いくらシロだって言っても本当のことの一つや二つ言ってくれても良いんじゃないか?」

それでも銀月は押し黙る。

『シルクハット』の空気が張り詰める。



タマキは空気の厚みに耐え切れず、おもむろに『シルクハット』の外へ逃げ出していた。



「分かった。話せば、いいんだろ?」



ようやく銀月が口を開いて、ニキはハサミを下ろした。










ツグミが【モズ】に連絡を入れてから十数分。

モズはシルクハットの目の前までやって来たが、自転車の急ブレーキを掛けた。

「お前、どうしたんだ」

ビルの壁にもたれて、空を見上げて思い耽るタマキの姿があったのだ。

タマキはモズのほうを見ずに言い放つ。

「年上には敬語。」

「いいだろ」

返事はなく、ため息だけか返ってくる。

「まあ、とりあえず何があった。

お前が外で一人でいるなんて不吉なことが起きた以外考えられんからな」

そこで初めて、タマキは顔をモズに向けた。

茶髪で少し小柄、ジャージ姿に壊れかけの自転車。これがモズだった。

「モズ、今回のことは知ってるの?」

「いいや。親愛なる姉貴から妙な文献の内容が届いて勉強中断。と、言ったところかな」

それではいきなり話を進めても埒が明かない、タマキはこれまでの経緯をモズに話した。

モズは何度か頷きながら、表情一つ変えずに聞き入っていた。

「私は、銀月くんが今回の黒幕だなんて思えない。思いたくないんだけど、調べれば調べるほど、銀月くんの疑いが濃くなってくばっかりで……」

「成る程な。二回目の"満月"。」


先ほどメールで届いた文献の内容とタマキの話を逡巡して、モズは再び自転車に飛び乗った。

「それなら確かめに行くぞ」



「お前、眼鏡落としただろ。それも拾いにいくついで、【新月姫】とかいう奴に会いに行こうじゃねーか」






『シルクハット』のメンバーはこれで全員です。灰色の瞳のニコチン依存症、金持ち守銭奴、黒縁眼鏡のオッドアイ馬鹿、ゆるふわ大和撫子、神出鬼没の甘党、『何でも』食べる弟、ホモっ気たっぷり神官吸血鬼、喋る黒猫。



可笑しな奴らばっかり揃ってます。

物語も後半戦、これからも頑張ります。閲覧ありがとうごさいました\(^o^)/

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