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スーパームーンとフォーチュンクッキー

月は夜の空にぼんやりと浮かんでいた。欠けることなく輝く金の珠とは程遠いぼんやりした上弦の月だった。


もうすぐ満月になる。

手を伸ばす。

地上からは決して届くことのない輝きは、雲に隠れて見えなくなった。

「なあ」

「何時になれば、届くんだ?」


雲が途切れる。満月へ成ろうとしていた月は、夜の帳に呑み込まれるかの如く霞んで、消えた。








子供の溜まり場、『シルクハット』。


文字通りシルクハットを象った看板が目印で、町でよく見かける褐色の古ぼけたビルの一階にある。


十年前に廃業した小さな雑貨屋で、今はガラクタ屋敷に過ぎない。品物は生もの以外はそっくりそのまま残っているし、アンティーク調のレジスターの中には今だに売上金が入っている。千円札が夏目漱石のものが混じっている。

どれもこれも、十年前から変わらないが、レジスターの中身だけは時々金の量が変わった。十年前の売上金を使ったりバイト代を入れ込んだりで、貯金箱代わりになっている。

レジのカウンターに足を乗せて、椅子にふんぞり返る青年【コトヒコ】は中の金でよくタバコを買っていた。今も古ぼけた天井をぼんやりと眺めて一本吸っている。

「だから、タバコは辞めた方がいいと思うんだけど」

「うん?」

店の机に座って自分の黒縁眼鏡を磨いている年頃の女が疎ましくコトヒコに言い放った。

コトヒコは何の躊躇いもなく煙を吐く。ガラクタ屋敷にニコチンだらけの副流煙が充満した。

「寿命が縮むし、煙だけでも周りに悪影響なんだよ。傍迷惑な気分転換は辞めて欲しいんだけど。」

まだ子供なんだから、最後に付け足して磨き終えた眼鏡をかける。

「18歳にもなって子供扱いか」

「二十歳にならないうちは子供だって海崎さんが言ってた」

「子供」

「うん」

「平安時代なら俺も元服過ぎてるハズなんだけどな」

「何時代に生まれたのよ」

吸っていたタバコを灰皿に押し付ける。その灰色の瞳を【タマキ】に向けた。

タマキは眼鏡の奥からコトヒコを見返す。

「そう責めるなよ。本当に分からないんだ。」

「馬鹿言いなさいよ。」

机から降りると、接続部分が軋む音が聞こえてくる。コトヒコは二本目のタバコに火を付けていた。

「だからやめなって」

煙を上げるタバコを掠め取り、窓の外へ放り投げる。コトヒコは苛立つように頭を掻きむしった。


「あ。良かった二人ともいた〜」

タマキとコトヒコがタバコについて揉めていると、柔らかな声が『シルクハット』に聞こえてきた。それは、雪のような白い肌に鴉の濡れ羽のような黒髪の美少女【アキ】のものだ。

「アキ。ちょうど良かった。このうるせえ毛玉を何とかしてくれ」

「私のどこに毛玉要素があるの?

ねえアキ、お願いだからコトヒコにタバコやめるように言ってくれない?」

アキは両者の意見に苦笑して、「うーん、ワイルドで格好いいと思うけど」と店の奥へと消えていった。

「ほれ見ろ、アキは格好いいってよ。」

「コトヒコ。アキに何か吹き込んだでしょ。あんな可愛いくて純粋な子が法律違反を格好いいだなんて言うハズが無いっ!」

タマキの拳がカウンターを強く叩いて灰皿を揺らした。聞こえないフリをしてコトヒコがそっぽ向く。

「大体お前、海崎さんは高校生の頃から飲酒喫煙大フィーバーだっただろ?」

それについてはどうなんだ。片目だけ向けて問い詰めるコトヒコにぐうの音も出ないタマキだった。

「詳しい事情は知らねえけど」

「全くその通りだぜ、コトヒコ」

アキが行った方とは反対方向の店の奥から現れた学生服姿の青年に、更にタマキの顔が歪む。

その制服を見て、地元民で無くとも気付く人は多い。彼は有名な私立高校、北条高校の制服を着ていたのだ。

「ニキ、余計なこと言わないでよ」

嫌がるタマキに【ニキ】は楽しそうにカウンターに腰掛けた。

「とは言われてもなあ。そのことを話したのはお前からだろ?タマキ」

「いや確かにそうだけど……今言うタイミングじゃないでしょ?」

「なんだ?ニキの前じゃあ化けの皮被って恋する女の子でも気取ってたのか?」

「誰が化け物だって!?」

逆上したタマキが顔を火照らせコトヒコに掴み掛かろうとした時、呑気な歌声が店の奥から聞こえてくる。

「そんなタマちゃんに恋する〜フォーチュンク〜ッキ〜」

三人の間にアキが丸型のクッキーが盛り付けられた皿を置く。店の商品だったボーンチャイナだが、その価値は今はただの皿だ。急いでまた戻ると、四人分のマグカップにカフェオレを淹れて戻ってきた。

「アキ、今日もおやつありがとう。」

突き出たトゲが引っ込むようにタマキは満面の笑みでマグカップを受け取った。



「それにしても、フォーチュンクッキーってのはどんなものなんだ?」

まん丸のクッキーを不思議そうに見てニキが三人に問う。アキが既に三枚食べ終えていた。

「えっとね、普通は一枚一枚小分けにされてて袋に占いが付いてたり、クッキーの中に紙が入ってたりするんだけど、それは当たりで一枚中にラズベリージャムが入ってるの。」

「ロシアンルーレットか」

「何で危険な発想にしかならないのよ、コトヒコは。」

依然としてコトヒコとタマキはにらみ合っている。一方的にタマキが睨んでいるだけにも思えるが。

「それで、当たりを引いた人は運命の出逢いが近いうちにあるんだって!ツグミが言ってたよ。」

「ほらやっぱりロシアンルーレットじゃないか」

「はは。あながち間違いじゃねぇな」

「ラズベリージャムじゃなくて練りワサビでも入ってる気がしてならないわね。」

『ツグミが作った』事が分かると、三人の意見が見事に一致する。

「そんでもって、ツグミが作った割にはシンプルな形してるけど、これにも意味があるの?」

タマキがアキに尋ねると、アキも楽しそうに人差し指を立てて答えた。

「今日はほら、『スーパームーン』じゃない?二中の屋上でイベントがあるからそれで作ったんだって。」

「『スーパームーン』?」

気難しい顔のニキにコトヒコが答えた。

「気圧の影響で、月が普通より何倍も大きく見える現象だ。この地域だと今の時期が一番綺麗に見えるんだと。」

「成る程、自営業の荒稼ぎイベントか。」

「天体観測に、自営業の荒稼ぎ、フォーチュンクッキー、ね。」

クッキーをかじる。

バターの味だけではなく、ラズベリーの酸味がしてタマキは苦笑した。






公立堀之内第二中学校、午後八時半。

卒業をしたのは三年も前になるが、屋上へ向かう足取りは当時のままだった。

「見えないものを見ようとして〜」

「望遠鏡を覗き込んだ〜」

【ツグミ】とアキが『天体観測』を口ずさみながら軽やかに駆け上がっていく。その後ろを天体観測に必要な道具を担いだ三人が続いた。

「ツグミはスタイル良くていいなぁ」

身長も高く、スタイルも整っているツグミを見てタマキは呟く。タマキはツグミよりは小さい身長で、何より胸のボリュームが段違いだった。

「ああ。ありゃ見事なおっぱいとケツだ」

「変態」

すぐさまタマキの裏拳がニキに飛ぶ。

「大体、スーパームーンなら望遠鏡要らないんじゃないのか?」

望遠鏡の本体を担ぐコトヒコが訝しげに呟く。一番に足取りが遅いのがコトヒコだ。灰色の瞳も、やる気が無さそうに鈍く淀んでいた。

「大きな月かあ。圧巻だろうな。

海崎さんも来れば良かったのに。」

「また海崎さんかよ」

「フォーチュンクッキー。運命の出逢い、あるんじゃないのか?」

「運命の出逢い……ね」

アキとツグミが勢い良く屋上への扉を開く。



満面の金色の月が、空一面に浮かんでいた。




言いかけた言葉も失う程、綺麗な欠けることのない月だった。





「ほれ見ろ、やっぱり望遠鏡要らねえじゃねえか」

ため息一つで肩に担いでいた望遠鏡を下ろすと冷たい中学校の屋上に腰を落とす。

コトヒコはポケットの中からケータイを取り出してその見事な月を写真に納めた。

「文句言う割には、楽しそうじゃないかコトヒコ〜」

隣にアキが座って、魔法瓶の水筒から暖かい紅茶を淹れる。

「悪い。薄ら寒くてな」

「こんな美しい月の夜にはまんまる満月のフォーチュンクッキーいかがですかー?今なら八枚で一つ二百五十円!甘酸っぱいラズベリーの味がしたら大当たり……」

ツグミはトランクを開いてフォーチュンクッキーの売り込みを開始。

ツグミの声で何人かが振り向く。すぐに小学生五人組が買っていった。

隣で立ち見をするニキが隙を見てツグミに尋ねた。

「モズはどうした?はぐれロマンチストだから来ると思ってたんだけどなあ」

「ブラザーならテスト近くてお勉強中だよ。北条高校生なら手本になって欲しいんだけどね。」

「はは。確かに何で受験生の俺が観賞会なんかしてるんだろうな。分かった。また今度教えに行くよ」

北条高校生らしくか、苦笑してニキは英単語帳を開いた。

「moonlight、月光ね」

隣から覗き込んできたタマキがページの一番端の単語をなぞる。

「アンタこそロマンチストじゃないの?」

「マグレ、ってこったよ。」

裏拳の仕返しと言わんばかりに単語帳でタマキの顔面を叩く。直後にパンチを飛ばすが今度は右足からのハイキックで弾かれる。

「ねえ」

ニキと張り合うことを諦めて、タマキは座り込む。ニキのほうを見ずに尋ねた。

「運命の出逢いが、本当にあったらさ」

眼鏡を外してニキを見上げる。左目が深海のようなディープブルーだった。

「海崎さんのことも忘れられるかな」



口走った矢先、突然タマキは走り出した。



午後九時。

大きな月の照らす街。街灯が消えた街を青い軌跡が駆け抜けて行く。



月影に、誰かが地上へ落ちていく姿を見たのだ!




「タマキの奴、どこ行きやがった」

「さあ分からんな。」

コトヒコとニキが並ぶ。

コトヒコの灰色の瞳が、鋭く尖り鈍く光る。

「運命の出逢い、当たりかもね!」

アキが楽しそうに手を合わせた。

「特別な満月の夜の運命の出逢い。なかなか素敵な話じゃない。」

トランクを閉じてツグミも瞳に金環を写した。




かくして。

長い永い、満月の夜が始まった。










いや!お見苦しいものをお見せしました!



なにぶん、飽きっぽいものでして。



続けられるかどうかは微妙ですが、頑張ってみます。


それでは、閲覧ありがとうございました!

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